141 / 201
第8章 乙女ゲームが始まる
外界が面白いことになってるよ!(サイコな暗部隊長side)
しおりを挟む(サイコな暗部隊長side)
お腹が空いた生徒で賑わう、食堂の中。
目の前の湯気立つオムレツに、すいっとナイフを刺し込む。銀色の刃が黄色く滑らかな肌に一線を引き、途端にトロリとした黄身が、蕩けたチーズと一緒に流れ出ていく。ケチャップの赤と混ざる様子を、ボクはうっとりと眺めていた。
この柔肌を裂くような感覚は、視覚でも触覚でもボクを満たしてくれる。思わずしなやかなナイフと、赤に染まった黄身が滴るフォークを眺めて、熱い溜息を漏らした。
ああ、いいなあ……。
何か切るようなモノ、他にないかなぁ?
ボクの表情があまりにも刺激的だったのか、正面に座っていた男子学生が顔を赤らめて咳払いをした。視線だけはチラッとこちらに寄越すあたり、何とも青二才で可愛いね?
君たちと同じ制服を着て、同じような体格に合わせて偽装しているけど、中身は経験豊富なだいぶ年上のお兄さんだ。
ちょっとお子様には、刺激が強かったかなぁ?
「こんなにも美味しいものを、毎日食べられるなんて学園は贅沢だなぁ」
程好く熱で蕩けたチーズをフォークに絡め取り、半熟卵とケチャップも一緒に掬い上げて口に頬張る。口一杯に広がるバターの香りと、トマトの酸味を堪能して思わず呟いた。
普段は味も見た目も無愛想な携帯食料を食べることがほとんどだ。こんなに美味しいものを学生に紛れて毎日食べられるのだから、王太子殿下の護衛兼、影の何でも屋も悪くない。
それに、たまに来る刺客がそこそこ楽しいしねぇ?
学園の厳戒態勢警備を掻い潜った者たちは、中々腕が立つから良い運動になる。今月はまだ来ていないんだ。早くナイフに血を吸わせたいな……。
チーズオムレツ朝食をペロリっと食べ終えて、ボクはデザートを頬張りつつ、周囲の話に耳を傾ける。王太子殿下と第二王子殿下は王族専用の堅牢な寮で朝食を食す。ボクがいなくても、部下だけで数時間は大丈夫だ。
そういう空いた時間に、情報収集がてら学生に紛れて、美味しいごはんにありつくのが最近のお気に入りだ。
そして、お気に入りといえば、もう一つ……。
大勢のざわめきが響く食堂内で、学生たちの視線が途端に動き出す。視線の先を辿れば、2人の男子学生が食堂から足早に出る後ろ姿を捉えた。茶褐色のツンツン髪の生徒と、気弱そうに見える生徒の2名。
完全にその生徒らが姿を消すと、近くにいた生徒たちが口々に話し始めた。
「今日は、宵闇の君の姿が見えないな……」
「ここ2週間、騎士様がいないと寂しそうですわ……。物憂げな顔も儚くて美しいけれど、少し心配ですわね」
「最近は必ず3人で朝食をお召し上がりになっていたのに……。今日は何かあったのかしら……」
噂は面白いほどに、1人の男子生徒の話題で持ちきりだ。思わず内心でニヤリっと口角を上げる。
もう1つの、ボクのお気に入り。
暗部隊長のボクの気配を察知し、攻撃を防いで反撃までしてきた1人の生徒。『宵闇の君』という2つ名を持つ、ヒズミという男子生徒だ。
あの子との戦闘を思い出すと胸が高鳴って、性的にも心的にも興奮してぞくっとする……。ヒズミの闇は、類を見ないほど透き通って美しい。ぜひとも我が手で、美しい死を司る闇の使徒に育てたい。
そう思っているのに……。緑風騎士団の奴らが、先手を打っていてかなり邪魔なんだよなぁ……。
そんなお気に入りのヒズミが、今の時間になっても朝食を食べに来ないのは確かに珍しい。それにヒズミの友人2人の不安げな顔と、焦って足早に去る様子。
「……ふぅん。覗いてみようかな?」
幸い、まだ王太子殿下が来るまでには時間があるしね。
ボクは食堂を出て物陰に隠れると、隠し通路に身を滑り込ませ天井裏へと登った。天井裏にある道を進み、先ほど食堂を出て行った男子生徒2名の姿を追う。そんなに時間もかからずに、対象を見つけて上から観察した。
茶褐色のツンツン髪の男子生徒が、廊下を足早に進みながら顔を顰める。確か、こいつはガゼットベルトという名前だったか?
「『絶望の倒錯』の状態異常が起こったか……。あまり酷くないといいけど……」
ガゼットベルトの言葉に、そういえばヒズミの情報が記された書類にそんなことが書かれていたと、思い出した。3ヶ月に一度、何かしらの状態異常がヒズミを襲うという。
「昨日、ヒズミが言っていた予想が当たったね……。今日状態異常になるかもって。……早く助けないと……」
気弱な青年は、リュイシルという名前だったはず。リュイシルは心配げに眉をハの字にして呟いた。この2人は事前にヒズミから、今日状態異常が起こりうると聞いていたようだ。
彼らは程なくして、ヒズミの寮室へと辿り着いた。試しにガゼットベルトがドアをノックしても、中から返答はない。
「ヒズミ……、開けるぞ」
カチャリっとガゼットベルトが扉を開け中に入り、リュイシルがそれに続く。整頓されたリビングに人の気配はなく、2人の物音だけが部屋に響いた。
ボクは2人よりも先に、リビングと続きになっている左右の部屋へ移動した。部屋に入って左がソレイユ、右がヒズミの部屋だ。一度、王太子殿下に覗きを頼まれたから覚えている。
左右の部屋を確認し終えたところで、ボクはふと首を傾げた。
……おかしいな?……本当にヒズミの気配がしない?
ソレイユの部屋はもちろんのこと、ヒズミの部屋にも人の姿が見当たらない。再びヒズミの部屋の天井裏に戻り、板の隙間から様子を伺う。
「ヒズミ?そこにいるの?」
リュイシルがヒズミの部屋に向かって、心配げに話しかけている。
「もしかして、返事ができないほど弱っているとか……?」
リュイシルの言葉にはっとして、ガゼットベルトは突撃とばかりに勢いよくドアを開けた。
「ヒズミ!!大丈夫か?!!」
ドアを開け放ったと同時に、カゼットベルトは叫びだす。綺麗に掃除された静まり返っていた部屋に、彼の焦った声だけが響いた。
「……誰もいない……?」
ヒズミの質素な部屋を見回したリュイシルが、困惑げに呟いた。机やベッド、クローゼットの必要最低限な生活必需品しかない部屋は、人が隠れられそうな場所も少ない。
ガゼットベルトは、クローゼットを開けてまでヒズミを探したが、左右に首を振る。リュイシルがベッド下を覗き込んで、「いないね……」と呟いた、その時だ。
カサリっと、小さな物音が耳に届いた。
「「っ?!」」
2人も物音に気がついたのだろう。音のしたベッドへと近づいていく。再びカサリっと布が擦れるような音が、ベッドヘッド辺りから聞こえた。ベッドヘッドに重ねられたクッションたちが、僅かに動いて崩れていく。
何かいるようだけど、一体いつからそこにいた?
全く気配なんてなかったのに……。
念のため、袖口に隠していた毒針を取り出す。クッションたちは小さく動くと、僅かな隙間から小さな人間の手がにょきっと出てきた。
「っ?!なんだ??」
ガゼットベルトの驚く声に、謎の生き物が身体をビクッと跳ねさせたのだろう。重なり合ったクッションが大きく崩れて、隠れていた正体が現れる。
恐る恐る外を伺うように、黒色の小さな頭が出てきた。
……わぁーお。
「……はっ?」
「……えっ?」
2人のぽかんとした間の抜けた声が重なって放たれる。
クッションの瓦礫からちょこんと顔を覗かせたのは、紫色の目。よっぽど大きな声でびっくりしたのか、大きくクリッとした目を潤ませて、ガゼットベルトとリュイシルを見上げている。
見るからにふくふくなほっぺは、怖くて泣きそうになり、ほんのりと赤く染まっている。
そして、艶めく黒壇の髪から生えた、ピクピクと動かす可愛らしい三角耳と、ズボンを履いたお尻から伸びる黒色の長い尻尾。
唖然としている2人に、黒猫獣人と思われる子供は極めつけとばかりにか細く鳴いた。
「……にぃゃー」
お行儀よくベッドに座って、潤んだ瞳で2人を見つめ返している。黒色の尻尾がゆらりと1回揺れた。
「……えっ?猫獣人の子供?……だれ??」
リュイシルが唖然としたまま、目の前にちょこんと座る猫獣人の子供に話しかける。子供はピンク色の小さな口を一生懸命動かして、舌っ足らずな口調で名乗った。
「…………ひにゅみ……」
ひにゅみ……?と2人は首を傾げる。数秒の沈黙のあと、リュイシルがはっとして顔を上げる。猫獣人の子供を怖がらせないように、身体を屈めてベッドに近づいた。
目線を子供に合わせると、実に緊張した様子で問いかける。
「……もしかして、ヒズミ……??」
リュイシルの問いかけに、黒猫獣人の子供は小さな頭をコクンっと縦に動かして頷いた。
「うそだろっ?!!」
ガゼットベルトの心からの叫びが、部屋に木霊する。
……なにこれ……。
なんか、めちゃくちゃ面白いことになってんだけど!!!
141
お気に入りに追加
6,044
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。
にゃーつ
BL
真っ白な病室。
まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。
4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。
国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。
看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。
だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。
研修医×病弱な大病院の息子
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
僕はただの妖精だから執着しないで
ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜
役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。
お願いそっとしてて下さい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
多分短編予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる