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第8章 乙女ゲームが始まる
英傑じゃない者たちの戦い方、俺たちは同志
しおりを挟む訓練場を後にするソルの背中が見えなくなるまで、俺はずっと見守り続けていた。
「……ありがとう、ジェイド」
部外者を騎士団本部に入れることは、好ましくない。ましてや、騎士団関係者ではない、ただの学生である俺は門前払いされるのが落ちだろう。ジェイドは人気のない休日をわざわざ選び、俺をこの場所に連れてきてくれたのだ。
「どういたしまして」
翡翠色の髪をふるりと震わせ、ジェイドは満足気に笑った。窓際のカウンターテーブルに、俺たち2人はお行儀悪く軽く腰かける。
黄昏時を過ぎつつある夕日は、雲に隠れながら下へと沈んでいっている。窓ガラスの下まで、太陽が落ちているのだろう。夜に近づく薄暗さで、室内のランプがぼんやりと青白く灯り、美貌の青年の横顔を照らす。
淡い翡翠色の瞳が、淡い光に一層美しく輝く。横に座るジェイドは、夕日が沈むのを見送るように窓へと視線を戻し、誰に語るでもなく静かに話始めた。
「……うちの団長って、英傑だろ?魔王を封印できる唯一の存在で、規格外の強さを持つ国の英雄。……そんな国の命運を背負った奴らがさ、弱い姿や不安な気持ちを、安易に見せられないだろ?」
……騎士団長という肩書もあれば、なおさらな。
ジェイドは懐かしそうに目を細め、どこか遠くを眺めながら話しを続けた。
緑風騎士団長ヴィンセント・ゼフィロス。一つの騎士団をまとめる騎士団長でありながら、英傑という使命を背負う彼の重圧は、誰にも計り知ることは出来ない。
騎士団長が弱みを見せれば、全体の士気が下がり騎士団が弱体化する。英傑が弱みを見せれば、それこそ国民が不安に駆られる。
生業も人生も、どちらも人を守ることを強いられる運命の彼は、とても孤独な戦士だった。
俺は、隣に腰かけるジェイドをじっと見て、次の言葉を待った。
「ソレイユや他の英傑たちも同じだ。……魔王を討伐する前から一番辛い思いをして、一番の激闘を強いられる。強靭な身体と精神を求められ、決して弱さを見せてはならない。でも…… 」
そこでジェイドは言葉を切ると、翡翠色の瞳をまっすぐと俺へ向けた。表面だけの甘さを被せていた瞳はなりを潜め、澄んだ光が俺を射貫いた。
「……英傑だって、俺たちと同じ人の心を持った、ただの人間だ……。生身の身体に傷を負い、心には痛みを感じる……」
ただ、ほんの少しだけ強くて、少しだけ魔力を多く持つだけの。
何ら俺たちとは変わらない『人』なんだよ、と。
「___だからさ、彼らの傍に居る俺達は、彼らの心が帰れる場所になれば良いんじゃないかって、思うんだ」
夕日の橙色の光に照らされ、翡翠色の美青年は穏やかに微笑んだ。今までの人が懐っこい外向けの笑顔とは違う、他者を想う優しい微笑みだ。
「弱音を吐いても良いんだ、甘えても良いんだって……。彼らがどこかに痛みを感じたときに、辛いって吐き出せる___ただの『人』に戻れる場所に、俺たちがなってあげれば良い……」
優しく紡がれた言葉は、ジェイドの強い覚悟が含まれていた。今までに一番近くで英傑を支えてきた彼の、全ての思いが言葉から溢れている。
「……俺は、団長に返し切れない恩がある。……それこそ、この命を差し出しても守ってやるくらいには、忠誠を誓っている」
緑風騎士団長ヴィンセント・ゼフィロスと、副団長ジェイド・ドゥンケルハイト。
一つの騎士団を束ねている2人は、お互いを唯一無二の相棒として信頼し合っている。その絆は深く強いのを、俺は日々感じ取っていた。
「だから団長の帰る場所として、俺は緑風騎士団を守っているんだ。この騎士団にいるときだけは、団長がただの人で過ごせるようにな…… 」
ジェイドは自らの手で実力者を集め、国でも最強の騎士団を育てた。団長が守る必要のない、強き者だけの騎士団を。
まだまだ、本人の騎士団長という重みは軽く出来ないけれど……。英傑という人生のしがらみは、緑風騎士団では忘れてほしい。
そう語ったジェイドの眼差しには、強い意志の光が宿っていた。
「……ヒズミは、ソレイユや他の英傑たちの、心が帰る場所だろ?……焦ることはないさ。彼らが安心して帰れる場所に、なってあげなよ」
俺たちは、魔王を直接手にかけられないけれど……。
何もできないわけじゃない。
俺は心のどこかで、つっかえていたんだ。
もちろん、共に戦地に行くことに迷いはない。自分の命を差し出しても、ソルや英傑たちを守る覚悟はある。
でも、戦いまでの道のりは想像よりも長かった。
常人では耐えられない訓練と、運命から逃れられないという精神の束縛が、彼らを待っていた。
その運命へと進む辛さの過程を、自分にはどうしてやることもできなかった。
「……とりあえず、ソルが帰ってきたらご褒美でもくれてやれよ。泣いて喜ぶかもよ?」
先ほどまでの覚悟を持った青年の姿を隠して、ジェイドは冗談交じりに俺に告げる。照れくさくなったのか右頬を指先で掻いている姿に、思わずクスッと笑みが零れた。
軟派な態度は、彼の優しい性格をひっそりと隠すベールだ。
「……ありがとう、ジェイド。なんだか、心が軽くなった気がする」
英傑の隣で、長年連れ添って戦ってきた優しい騎士は、俺よりも遥かに悩み自問自答してきたのだろう。そして、同じ悩みを抱えている俺の背中を、そっと押してくれた。
まっすぐと翡翠色を見つめて、俺はジェイドに心からの感謝を告げる。心の中は爽やかな風が吹いて、空気が入れ替わったように清々しい。自然と笑みが零れる。
俺の顔をじっと見つめたジェイドは、「まいったな……」と言って上を見上げた。コツンッと後ろ頭をガラス窓に軽く預けている。
「人の寂しさに付け入るのが、普段の俺なんだけど……。寂しそうな顔が見てらんなくってさ。ほんと自分でも、柄でもないことしてんなぁて思うよ。ズルい大人のはずなのに、なんでかな……?」
顔を上に向けたまま、誰に問いかけるでもなくジェイドは呟いた。なんだか小難しげなことを述べているが、そんなの答えは簡単じゃないか。
「……ジェイドが、すこぶる優しい人だからだろう?」
「……へっ……?」
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