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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す
アトリの器の大きさ、飴玉と口付け
しおりを挟む「……アトリ。すまないが、俺とソルを少しだけ2人きりにしてくれるか?」
訝しんだ顔をこちらへと向けたアトリに、俺はまっすぐとした視線を向けた。アトリは俺の意図を掴みあぐねているのだろう。アトリが俺の次の言葉を待っているのが、何となく分かった。
「……俺の持っている魔道具なら、ソルを助けられるかもしれない」
俺がその言葉を言った直後、アトリの空色の瞳が俺を射貫いた。俺の表情の変化を一つも逃さないとばかりに、じっと見据える。
「……もしも、ヒズミが自分自身の何かを対価にしてソレイユを助けようとしているのなら……。私は無理矢理に眠らせてでも、あなたを止めます」
アトリは低く真剣な声音で俺へと問いかける。穏やかな眼差しに鋭い光を宿して、真偽を確かめようとしている目が単なる脅しではないことを物語っていた。
澄み切った空色の瞳を、俺は尚もまっすぐと見つめ返す。
「……アトリに約束するよ。そんなことはしないって。……ただ魔道具を使うときは、2人きりじゃないと使えないから……」
アトリは俺の左手へと、チラリと視線を向けた。薬指を見られているのは、気の所為ではないだろう。きっとアトリは、カンパーニュでの『絶望の倒錯』の件を思い出しているのだろう。
「……私や他の誰かが、その役目を代われませんか?」
俺は、はっと気が付いて一瞬目を見張った。思いもよらない問いかけに、僅かに息が詰まる。アトリの問いに答えるのが、ほんの数秒遅くなった。
「……誰かに代わってもらうことは、出来ない」
俺とアトリはしばらく何も言わずに、お互いに視線を反らさなかった。簡素な病室に、数秒の静寂が訪れる。
先に静寂を破ったのはアトリだ。ふうっとため息を一つ零すと、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
「……分かりました。ほんの少し席を外します。隣の給湯室で待機しているので、何かあったら呼んでください。……無茶だけはしないでくださいね」
アトリは俺の頭を優しく一撫ですると、椅子を軋ませて立ち上がる。背中を向けて病室を後にしようとするアトリに、俺は素直な気持ちを伝えた。
「……信じてくれて、ありがとう。アトリ」
何をするのか言わない俺を、アトリは頭ごなしに注意したり、細かく詮索したりしなかった。
ただ、一心に俺を信じてくれた。
その包み込む温かな優しさが、俺の胸をじんわりと解してくれる。
立ち止まったアトリは、振り返って静かに微笑んだ。空色の目が、穏やかに細められる。
「……美味しいお茶でも淹れて、少しだけ息抜きしましょうかね?」
くすっと笑みを零したアトリは、ドアから静かに出ていった。小さな音を立ててドアが閉まったのを確認してから、俺はソルの眠るベッドへと向き直る。
眉根を寄せて浅い息を繰り返す、苦しげなソルを見下ろす。早く俺のやるべきことをやろう。
「……ソル……」
ソルの右手に浮かぶ紋章を、そっと触った。
アトリが巻いたハンカチは、治療の際にこっそりと外された。今頃は保健師の先生が、ソルが勇者であることを学園側に報告しているだろう。
俺は布袋から飴大の透明な球体を取り出すと、指先でそっと持ち上げた。球体に結ばれた金色のチェーンが、窓からの陽の光で輝く。
「……俺でごめんな……?」
本当は、これからソルが愛する存在である、聖女がこの役割を担うのが一番良いのだろう。でも、今この場に聖女はいない。ソルにとっては不本意かもしれないが、緊急事態だから大目にみてほしい。
あれだ、カウントに入らない的な……。
球に巻かれた金色のチェーンの両端を、指先で引っ張った。蝶々結びが解けて、シャランっと細やかで美しい音がなる。
「んっ……」
ただの透明な飴玉にも見える球を、俺は唇で啄んだ。寝ているソルの耳元に、俺は努めて静かに右手を置く。ギシリっと小さな音を立てて、冷たく硬いベッドが軋んだ。
そのまま、俺はソルへと顔を近づける。
黄金の睫毛が陽の光を浴びて透明に見えた。今は見ることのできない、瞼の下に隠された蜜色の宝石を恋しく思いながら、俺も静かに目を閉じる。
「ふっ……、ンっ……」
俺の唇に、柔らかなものが優しくふわりと触れた。俺はソルの唇にそっと口付けた。
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