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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す

新学期が始まる、新任の先生?

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『予言の書』は、エストに預かってもらうことになった。モモンガと遊ぶ前に、ひっそりと耳打ちをされたのだ。


「……私も魔王について調べる予定だったんだ……。も心配しないでくれ。私から両方の領主に急ぎ報告しておく。……この件は、私に委ねてくれないか?」

俺よりもエストのほうが『予言の書』を上手く扱えるし、政に成通している。成すべきことを滞りなく進めてくれるだろう。俺は『予言の書』に関する一式を、エストにお願いすることにした。


図書棟を訪れ、モモンガたちと遊んだ日から数日後、長いようであっという間だった夏休みが終わった。

学園に戻ってきたリュイとガゼットは、領地で魔王復活時の防衛準備が始まったと教えてくれた。これで、被害が少なくなれば良いんだが……。


ほんの少し肌寒い始業式の日、俺とソルは揃って呆けた顔をしていた。視線は講堂の演台に釘付けである。


「……初めまして。今学期から補助教諭として勤務する、アイトリアです。魔法術式、魔力操作学を担当します。気軽に声をかけてくれると嬉しいです」

ミルクティーを思わせる優し気なベージュの髪をサラリと耳に掛け、優雅に挨拶をする新任教諭。水色の瞳が俺たちを捕らえると、悪戯が成功したというようにウィンクして微笑んだ。


「……アトリ??」

新任の教諭が学園に赴任すると聞いて紹介されたのは、なんとカンパーニュの冒険者ギルド、副ギルド長アトリその人である。

始業式後の休み時間、俺とソルはさっそくアトリのいる部屋へと会いに行った。各先生たちに与えられた研究室の役割を担う、教科準備室だ。


「ヒズミ、ソル。久しぶりですね。……と言っても、一か月ぶりくらいでしょうか?さあ、入って、入って」

嬉しそうに穏やかな目を細め、アトリが俺たちを歓迎する。足を踏み入れた準備室は明るい木目調で、ほっこりとした温かみを感じる部屋だった。

アトリの教える教科は、魔法術式学と、魔力操作学。魔法術式は魔道具に魔法陣を組み込む学問で、魔力操作学はその名の通り魔力の操作を正確にするもの。 

室内を見渡しても魔道具がないことを疑問に思っていると、作業部屋が別にあるそうだ。


湯気立つマグカップを3つお盆に乗せて、アトリは部屋の奥にあるミニキッチンから出てきた。先生へ支給される、濃紺色のローブが翻る。静かな威厳を放つ濃紺が、アトリの知的な雰囲気をさらに引き立てていた。

アトリが淹れてくれたカフェオレを、木目が美しい椅子に座りながら飲む。仕事机の前にある椅子をくるりと回転させると、アトリは俺たちと向かい合った。


「もう。新学期早々、びっくりしたじゃないか。アトリ」

「オレたちに隠していたなんて、ひどいですよ。アイトリアさん」

俺とソルがぶすくれて文句を言うと、アトリは眉をハの字にして苦笑いをする。


「隠すつもりはなかったのです。急遽のことで、私自身準備に追われてしまって……」

なんでも、俺たちがカンパーニュを出発して数日後に、新学期に学園で先生をするよう、高貴な方から命じられたらしい。

1か月もない期間に、引越しやら職場に必要なものを準備するのは大変だっただろう。


アトリを労わりつつ、俺はふとカンパーニュの冒険者ギルドを思い出していた。田舎町とは言え、癖のある冒険者の相手をするギルドの仕事。アトリの抜けた穴は大きいのではないのだろうか。

それとなくアトリに冒険者ギルドの状況を聞くと、意外な言葉が返ってくる。


「今も本業は、冒険者ギルドの副ギルド長です。学園の先生はあくまで兼任です。……あの場所は、私の帰る場所であり、守りたい場所でもありますから」

春の朗らかで澄み切った空のように優しい瞳が、俺とソルを見て和らいだ。どこか誇らしさも感じるその言葉に、俺も嬉しくなって微笑んだ。

カンパーニュの冒険者たちには、『もしも問題を起こしたら、帰ってきた時に私が直々に戦闘訓練をしますね?』と釘を刺したらしい。

冒険者たちの青ざめた顔が、容易に想像できる。


思わずぶるっと身体に寒気が走ったのを、カフェオレを飲んで温める。ほのかに香る蜂蜜の甘さが心地よい。


「……これからは、2人のより近くに居ることが出来ます。何かあったら、気兼ねなくこの部屋に来てくださいね?」

俺とソルにとって、最初の先生でもあるアトリ。学園でも一緒というのは、何かと心強い。


「ありがとう。……えっと……、アイトリア先生……?」

さすがに学園内で先生を愛称で呼ぶのは良くないだろう。慣れないなあと戸惑いながら、アトリのフルネームを呼ぶ。


「ふふっ。ヒズミに先生と言われると、どうにもくすぐったいですね。……それに、距離が出来たようで寂しいです……」

向かい側に座っていたアトリが、おもむろに椅子から腰を浮かせ俺へと顔を近づける。ひじ掛けに片手をついて、俺の右耳に顔を寄せた。


「2人きりの時は、いつもと同じように。……どうか、アトリと呼んで……?」

アトリの少し低く甘い囁きが、俺の鼓膜を震わせた。

愛称で呼んで欲しいと甘く強請る声音には、焦がれて切にこいねがう熱が、密やかに混ざっていた。

親しみを込めてお願いされたのとは、また少し違うようで。とろりと甘く、誘うようなお願いは俺の全身を伝って、思わず身体がビクッと跳ねた。その直後に、身体が左側に傾く。


「……?……ソル?」

グイっと右肩に手を回されて、俺はソルのほうへと引き寄せられていた。突然のことに目をぱちっと瞬いて、ソルを見上げる。


「……抜け駆け禁止ですよ?」

「……おや?寮室も一緒なんですから、これくらいは大目に見てほしいものですね?」

大人の色香を纏ったアトリの微笑みに、ソルは警戒する猫みたいに目を細めた。




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