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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す

予言の書の入手、モモンガたちのイタズラは芸術

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「『……さて、そろそろ帰らないと、彼が大変なことになりそうだ』」

そう言って、大賢者は先ほどソルを映し出した地球儀を指差す。


「『うわっ……。ソルが飾られてる……』」

映し出された隠し部屋の赤い絨毯には、雪玉のような白いふわふわが、ちょこちょこと動きまわっている。いつの間にか、お手伝いモモンガたちが隠し部屋に入り込んで来たらしい。

未だに心地よさそうに寝息を立て、ソファに座るソル。柔らかな日差しのもと美青年がうたた寝する様子は、1枚の絵画のように美しく眼福だ。
だが、見るからにおかしい点が1つだけある。

ソファに座るソルの肩や頭を、白いモモンガ達が上り下りを繰り返していた。


「キュキュ!」

ローテーブルに立っているモルンが、仲間のモモンガたちに呼びかける。


「「キュ!!」」

モルンの鳴き声に答えるように、モモンガたちが短く返事をした。元気よくお返事をしたモフモフたちは、色とりどりの花を口にくわえ、ソルの身体を駆け上る。


ソルの頭の上に登った一匹のモモンガは、口にくわえていた白い小花を手に持ち変えると、少し癖のある黄金の髪にスッと挿していった。


「『ヒズミのモモンガは、芸術のセンスがあるな……。お手伝いモモンガたちも、実に楽しそうだ』」

エストは愉快だと口角を上げて、芸術作品と化したソルを見ながらクスクスと楽しげに笑った。

花を生けていったモモンガは、満足げに鼻を小刻みに動かすと、身体を降りていく。するとまた別のモモンガがやってきて、ソルの髪に花を生けていった。


優しく煌めく黄金の髪には、美しい花がこれでもかと飾り付けられている。小花から百合のように大きな花まで様々だ。しっかりとバランスも考えられているのか、花の髪飾りのようでとても美しい。


モモンガたちの共同作業で作られた、大作である。


ソルがイケメンだからなのか……。
これはこれで、デザイン性の高い人物画のように見えなくもないんだが……。うーん……。

如何せん、イタズラは良くないよな?


夏休み期間で、人が来なくなった図書館。
暇を持て余していたモモンガたちが、眠っていたソルという、新しいおもちゃを見つけて楽しんでいるようだ。これは早々に止めさせないと、ソルの頭が物理的にお花畑に変わってしまう。

大賢者は穏やかに手を降ると、俺たちに別れの挨拶を告げた。


「『……また、遊びに来てくれると嬉しい。『予言の書』があれば、私にいつでも会える』」

エストと似ている切れ長の目を柔らかく細め、星の色の瞳が優し気に輝いた。俺とエストは大賢者に別れを告げて、出口の扉を開けた。

視界が一瞬にして眩しい光に包まれ、思わず目を瞑る。


「……戻ってきたんだな……」

次の瞬間にはいつも通り、隠し部屋の落ち着いた空間が広がっていた。優しい白昼夢でも見ていたような感覚だ。

不思議な心地に包まれながら、俺とエストはソルが眠るソファへと近づいた。

その僅かな俺たちの物音に、ソルは気が付いたのだろう。歩き出した瞬間、ソファで眠っていたソルがビクッと身じろいだ。ソルの身体に乗っていたモモンガたちが、いち早く反応して一斉に逃げ出す。

突然動き出したソルに驚いたモモンガは、服にしがみついたり、コロコロとソルの身体を転がり落ちたりとプチパニックだ。慌てふためくモモンガたちをよそに、ソルは短く呻くと目を擦って身じろいだ。

寝ぼけ眼のまま、横にいる俺たちの方へと顔を向けた。


「あれ……?オレ、いつの間に眠っていたんだ……?」

どうやら、大賢者によって眠らされたことは分かっていないらしい。ソルの顔をまじまじと見ていたエストが、堪えきれないとばかりに口を手で抑えて肩を震わせている。

ソルは訝しげに目を眇めると、眉間にしわを寄せてエストを睨めつけた。


「……なんだよ。そんなに笑って、気持ち悪いな……」

「……特別に手鏡を貸してやるから、自分の目で確かめろ。……今のお前は何とも興味深いぞ?」


エストは口元を抑えたまま、胸元から片手に収まるサイズの手鏡を取り出した。ソルは尚も訝しげにしながら、エストから手鏡を受け取った。

手鏡を持ったソルは呆けた顔をすると、美しい琥珀色の瞳を確認するように何度も瞬いた。


「うわっ……。なんだこれ???」

髪の毛に飾られた花たちを見ながら、自分の髪に触れるソル。はらりと小花たちが、赤色の絨毯に落ちていく。


「お手伝いモモンガの芸術作品だ。……勿体無いからそのままにしていたらどうだ?」

エストの言葉に、ソルは周囲を見渡した。そして、正面にあるローテーブルの上で視線を止める。そこには何食わぬ顔で、くしくしと顔を搔くモルンがいる。


「……モルン、お前か……」

ソルに名前を呼ばれたが、モルンはぷいっとそっぽを向いた。その様子に、ソルがため息を一つ吐く。ソルの周囲にだけふわりとした風が起こったかと思うと、髪に飾られた花が床に散らばった。

風魔法を使って、ソルが髪についた花たちを吹き飛ばしたのだろう。もう少し、花で飾られたソルを見たかったな……。


名残惜しく思いつつ、俺はローテーブルの近くで屈み込む。知らん顔を決め込んでいるモルンと、なるべく視線を合わせるようにした。

可愛いイタズラではあったけど、ちゃんと言い聞かせないとだめだろう。俺は努めて優しく、はっきりとモルンに告げた。


「……モルン、お手伝いモモンガを集合させて?」

「キュー……」

俺が目を合わせて名前を呼んだから、さすがにモルンも知らん顔は出来なかったらしい。消え入りそうなくらい小さな鳴き声の返事が聞こえた。

小さい身体をさらに小さくして、モルンの真ん丸で潤んだ瞳が、俺を見上げる。ほんの少しプルプル震えているのなんて、イジメているようにも思えてしまうが……。


この目に免じてはいけないのだ。
イタズラは良くない。


「そんなウルウルしてもダメです。……みんな、出ておいで」

逃げていったモモンガたちが、本棚や物陰に潜んで様子を窺っていたのは、感知を使ってお見通しだった。諦めたように、トボトボトボした足取りで、物陰からお手伝いモモンガたちが出てくる。


「……全員、ここに直りなさい」

俺に言われた通り、モモンガたちがローテーブルに一列に並ぶ。こうやって並ぶと、もちっとした白い豆大福が並んでいるように見えなくもない。

背の順なのは人間に教わったからだろうか。一番端っこなんて、真ん丸で小さな子モモンガだった。ポケットに入れて帰りたいくらい、凄く可愛い。

お手伝いモモンガたちの整列に、悶絶しそうになるのを必死に堪えて、俺は本題に入ることにした。


「……皆、俺が言いたいことが分かるよな……?」

自分たちがイケナイことをしたと、モモンガたちは分かっているのだろう。皆どこかしょんぼりした様子だ。


「寝ている人に、イタズラをしてはいけません。驚かせてしまうし、さっきみたいに突然起き出して動かれたら、君たちが怪我をするかもしれないだろ?」

「キュ……」

お手伝いモモンガたちの小さな返事が聞こえた。

人間を驚かせるだけじゃなく、自分たちも怪我をすると言い聞かせることで、やってはいけないと認識してくれると良いな……。

俺の気持ちを汲んでくれたのか、モモンガたちは小さい身体を、さらに小さく丸めてしょんぼりした。どうやら、分かってくれたようだ。


「……反省したのなら、よろしい。遊びたいのなら、俺たちに直接言ってくれて。……時間が許す限りは、一緒に遊ぶから。……さあ、今日は皆で遊ぼうか?」

しっかりと反省したなら、あとは皆で遊ぼう。


「っ?!キュキュっ!!」


お手伝いモモンガたちが、大きな真ん丸の目をキラキラとさせながら、嬉しそうに甲高く鳴いた。



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