102 / 201
第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦
リュイのお姉さん、これがトラウマというやつだろうか
しおりを挟む食堂に向かうと、先ほどあった伯爵夫妻と、リュイのお兄さん、双子の兄妹に見慣れない若い女性が席に座っていた。
長い食卓テーブルの席に着いていた女性は、美しい緑色の瞳をランランと輝かせた。ハーフアップに結い上げたベージュの髪をサラリと揺らすと、興奮気味に席から立ち上がる。なぜかビクッと身体が跳ねた。
「まあ!なんてこと!……神秘的でなんて麗しい!!」
感嘆のため息を漏らした女性は、俺とソルに向けて見事に美しいカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。私はツァールトハイト家長女、ストラベスと申します。服飾デザイナーです。それにしても……」
ソルと俺を見つめたストラベス様は、ほうっともう一度息を吐くと、うっとりとしたように言葉を零した。
「想像力がこんなにも掻き立てられる方々に、久しぶりにお会いしました!お2人とも、お洋服にご興味は無い?私のお仕事を、是非手伝っていただけないかしら??」
一気にそう捲し立てたストラベス様が、俺の方へとずいっと身体を近づけようとしてくる。それを、俺はただ呆然と見ていた。
さっきから、僅かだが俺の身体がおかしい。
足が動かない。頭の中に酸素が回らない。
はくはくと口が動くのに空気がまるで吸えていなくて、段々と息苦しさに肩が動く。
それになぜか、脇腹がひどく痛む。
「ヒズミ、大丈夫」
異様な緊張感に身体と思考が支配された中、そのソルの声はしっかりと俺に届いた。はっと意識が目の前に戻る。
竦んで動かなくなった俺の前に、ソルがすっと素早く立っていた。ストラベス様の視界に俺が入らないように、大きな背中で俺を隠す。俺からもソルの背中しか見えない。そのことを確かめた俺は、忘れていた呼吸が戻ってきた。
心臓が異様な早鐘を打って落ち着かないけど、俺の左手をソルが後ろ手でぎゅっと握ってくれる。
俺たち3人にリュイが近づいて、ストラベス様の肩をぽんっと叩いた。どこか呆れたような声音で告げる。
「もう姉上、そんなに迫っては友人たちが驚きます……。それに、私たちは予定が詰まっています。お手伝いの際は事前に日程をお伝えください」
そこではっとしたように、ストラベス様が動きを止めた。そして、申し訳なさそうな顔をして俺たちに頭を下げる。
「申し訳ございません。美しさのあまり夢中になってしまいました。……もし、興味がございましたら、私の仕事も是非見学していただけると嬉しいです」
美しく微笑んだストラベス様は、さっと元の席に座った。その様子を、俺はソルの背中越しに無言で見つめていた。
「……ごめんね、ヒズミ、ソル。姉上は服のことになると、周囲が見えなくなってしまうんだ。悪い人ではないんだけど、ちょっと騒がしいのは許してほし……ヒズミ?」
リュイに名前を呼ばれた声が、遠くから聞こえる気がした。俺が返事をしないことを疑問に思ったのか、リュイが覗き込もうとしたのをソルが身体で遮った。
「伯爵、申し訳ございません。ヒズミに、ここ最近の長旅の疲れが出てしまったようです。食事にお誘い頂いて誠に恐縮ですが、今回は部屋に戻らせていただいても、よろしいでしょうか?」
……えっ?
内心でソルの言葉に疑問を持ちつつも、俺の驚きの声は音にならなかった。カラカラと唇が渇いて、喉が引きつっている。
ソルの流暢な貴族に対する会話が、他人事のように耳に入っては頭に入らないままに流れていく。握られたソルの手を、俺はぎゅっと縋るように握りしめていた。
ソルの体温だけが、頼りだと思った。
「ええ、もちろん。部屋に身体に優しい食事を用意させよう。ゆっくりお部屋でお休みなさい」
「ありがとうございます。ツァールトハイト伯爵。……ヒズミ、行こう」
「………う、…ん」
かろうじてソルに返事をして、俺はソルに手を握ってもらったまま退出した。俺の部屋まで送ってくれたソルの手を、俺は離せないままでいた。
「ヒズミ、部屋に入ってもいい?そんな状態のヒズミを1人にするのは心配だから……」
ソルに言われたそんな状態というのが、自分ではどんな状態なのか分からなかった。俺はソルの言葉に、自然と無言で頷いていた。さっきから、言葉が出ない。
俺の肩を抱きしめながら、ソルと俺は一緒に部屋に入った。ソルの体温が触れる面積が増えて、自分でも詰めていた息をそっと吐きだしたことに驚いた。
俺をソファに座らせてくれたソルは、そのまま正面で身体を屈めると俺をそっと抱きしめた。
「こんなに震えて……。大丈夫。ここはもう安全だから」
そう言われて初めて、自分の身体が小刻みに震えていることに気が付いた。
ぎゅっと背中に回されたソルの手に力が籠って、ソルの体温を身体にたくさん感じたときに、俺は自分でも縋るようにソルの背中にしがみ付いていた。
肩の強張りが抜けて行く。浅くなっていた呼吸が、ほんの少し落ち着いてきた。
しばらく、無言でソルの体温を確かめていると、ソルがそっと俺から少しだけ距離を取る。温かい手の平に両頬を包まれて、琥珀色の瞳と目が合った。
美しい蜜色の宝石には、心配げな色が宿っている。
「……ヒズミが、年上の若い女性のことを避けているのは何となく分かってたけど……。それって無意識だったんだね?」
「……え…っ……?」
131
お気に入りに追加
6,044
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
視線の先
茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。
「セーラー服着た写真撮らせて?」
……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる