俺は勇者の付添人なだけなので、皆さんお構いなく 勇者が溺愛してくるんだが……

雨月 良夜

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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

リュイのお姉さん、これがトラウマというやつだろうか

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食堂に向かうと、先ほどあった伯爵夫妻と、リュイのお兄さん、双子の兄妹に見慣れない若い女性が席に座っていた。

長い食卓テーブルの席に着いていた女性は、美しい緑色の瞳をランランと輝かせた。ハーフアップに結い上げたベージュの髪をサラリと揺らすと、興奮気味に席から立ち上がる。なぜかビクッと身体が跳ねた。


「まあ!なんてこと!……神秘的でなんて麗しい!!」

感嘆のため息を漏らした女性は、俺とソルに向けて見事に美しいカーテシーをする。


「お初にお目にかかります。私はツァールトハイト家長女、ストラベスと申します。服飾デザイナーです。それにしても……」

ソルと俺を見つめたストラベス様は、ほうっともう一度息を吐くと、うっとりとしたように言葉を零した。


「想像力がこんなにも掻き立てられる方々に、久しぶりにお会いしました!お2人とも、お洋服にご興味は無い?私のお仕事を、是非手伝っていただけないかしら??」

一気にそう捲し立てたストラベス様が、俺の方へとずいっと身体を近づけようとしてくる。それを、俺はただ呆然と見ていた。

さっきから、僅かだが俺の身体がおかしい。

足が動かない。頭の中に酸素が回らない。
はくはくと口が動くのに空気がまるで吸えていなくて、段々と息苦しさに肩が動く。

それになぜか、脇腹がひどく痛む。


「ヒズミ、大丈夫」

異様な緊張感に身体と思考が支配された中、そのソルの声はしっかりと俺に届いた。はっと意識が目の前に戻る。

竦んで動かなくなった俺の前に、ソルがすっと素早く立っていた。ストラベス様の視界に俺が入らないように、大きな背中で俺を隠す。俺からもソルの背中しか見えない。そのことを確かめた俺は、忘れていた呼吸が戻ってきた。

心臓が異様な早鐘を打って落ち着かないけど、俺の左手をソルが後ろ手でぎゅっと握ってくれる。


俺たち3人にリュイが近づいて、ストラベス様の肩をぽんっと叩いた。どこか呆れたような声音で告げる。


「もう姉上、そんなに迫っては友人たちが驚きます……。それに、私たちは予定が詰まっています。お手伝いの際は事前に日程をお伝えください」

そこではっとしたように、ストラベス様が動きを止めた。そして、申し訳なさそうな顔をして俺たちに頭を下げる。


「申し訳ございません。美しさのあまり夢中になってしまいました。……もし、興味がございましたら、私の仕事も是非見学していただけると嬉しいです」

美しく微笑んだストラベス様は、さっと元の席に座った。その様子を、俺はソルの背中越しに無言で見つめていた。


「……ごめんね、ヒズミ、ソル。姉上は服のことになると、周囲が見えなくなってしまうんだ。悪い人ではないんだけど、ちょっと騒がしいのは許してほし……ヒズミ?」

リュイに名前を呼ばれた声が、遠くから聞こえる気がした。俺が返事をしないことを疑問に思ったのか、リュイが覗き込もうとしたのをソルが身体で遮った。


「伯爵、申し訳ございません。ヒズミに、ここ最近の長旅の疲れが出てしまったようです。食事にお誘い頂いて誠に恐縮ですが、今回は部屋に戻らせていただいても、よろしいでしょうか?」


……えっ?


内心でソルの言葉に疑問を持ちつつも、俺の驚きの声は音にならなかった。カラカラと唇が渇いて、喉が引きつっている。

ソルの流暢な貴族に対する会話が、他人事のように耳に入っては頭に入らないままに流れていく。握られたソルの手を、俺はぎゅっと縋るように握りしめていた。

ソルの体温だけが、頼りだと思った。


「ええ、もちろん。部屋に身体に優しい食事を用意させよう。ゆっくりお部屋でお休みなさい」

「ありがとうございます。ツァールトハイト伯爵。……ヒズミ、行こう」

「………う、…ん」

かろうじてソルに返事をして、俺はソルに手を握ってもらったまま退出した。俺の部屋まで送ってくれたソルの手を、俺は離せないままでいた。


「ヒズミ、部屋に入ってもいい?そんな状態のヒズミを1人にするのは心配だから……」

ソルに言われたそんな状態というのが、自分ではどんな状態なのか分からなかった。俺はソルの言葉に、自然と無言で頷いていた。さっきから、言葉が出ない。


俺の肩を抱きしめながら、ソルと俺は一緒に部屋に入った。ソルの体温が触れる面積が増えて、自分でも詰めていた息をそっと吐きだしたことに驚いた。

俺をソファに座らせてくれたソルは、そのまま正面で身体を屈めると俺をそっと抱きしめた。


「こんなに震えて……。大丈夫。ここはもう安全だから」

そう言われて初めて、自分の身体が小刻みに震えていることに気が付いた。


ぎゅっと背中に回されたソルの手に力が籠って、ソルの体温を身体にたくさん感じたときに、俺は自分でも縋るようにソルの背中にしがみ付いていた。

肩の強張りが抜けて行く。浅くなっていた呼吸が、ほんの少し落ち着いてきた。


しばらく、無言でソルの体温を確かめていると、ソルがそっと俺から少しだけ距離を取る。温かい手の平に両頬を包まれて、琥珀色の瞳と目が合った。

美しい蜜色の宝石には、心配げな色が宿っている。


「……ヒズミが、年上の若い女性のことを避けているのは何となく分かってたけど……。それって無意識だったんだね?」


「……え…っ……?」




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