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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

美しき麗人の怒り(ガゼットside)

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(ガゼットside)


しんっと静まり返った1つの試験会場。誰もが、今繰り広げられた戦闘に息を飲んでいる。


……美しき黒の麗人の、静かな怒りと激しい戦いを。


「……ヒズミの実力を侮るからだよな……。」

その場外で俺はぽつりと呟いた。誰に聞かせるでもなかったが、隣にいた幼馴染みにはハッキリと聞こえたようだ。


「僕たちなら知ってるよね……。ヒズミが、魔法を使わなくても強いこと。」

リュイの言葉に、俺も同意した。毎日、俺たちはヒズミに特訓をしてもらっている。その中には、魔法を一切使わないものがあるのだ。

魔法だけに頼る戦闘をしていると、魔力枯渇や魔道具で魔法の制限をされた場合、使い物にならないからだ。


今回のヒズミの戦いは、まさにそれだろう。
魔法が使えなくなってたっぽい。

「……ヒズミは、この国の人と比べると華奢だからね。それに、あの見た目で誰が、あんな冷酷な戦闘できると思う?」

ヒズミは、顔立ちからして異国の人間だった。
鍛えて無駄のない筋肉がついているが、骨格が細い。しなやかなに伸びる手足に、引き締まった腰。

黒檀の黒髪は珍しく、それがまた神秘的で魅惑的だ。凛とした空気を纏うのに、歳相応の危うい色気がある。


そんな美しき麗人は、真っ直ぐとした芯のある性格で、時折見せる思考はどこか大人びて穏やかだった。付き合って日が浅いが、今までで一度も怒りを露にしたことなどない。


そのヒズミが、怒りを見せている。
強欲な人間に利用された、立場の弱い者を思って。


「……あいつらだろ。ヒズミを平民だからって、自分たちの配下に置こうとしたヤツ。」

ヒズミは平民だ。しかも、家族がいない天涯孤独。
それは、貴族にとっては大変都合の良い人物だった。

本人を例えどんな境遇に置いたとしても、それを訴え反発する者がいないことを意味するからだ。


都合が悪くなったり、飽きればすぐに捨てることができる。
後腐れもなく捨て置ける、美しい玩具。
いくらでも、自分の好き勝手にできる人形。


それに加えて、あの腕前に魔法、美しい容姿である。

何人もの貴族が自分たちの権力を振り翳し、妾か愛人にしようか、あるいは愛玩動物にしようかと下卑た話の話題に上っていた。

本人の耳には入らない様に、ソルが睨みをきかせていたし、ヒズミ自体も強いために屈することは決してなかったが……。


「……ヒズミは、高嶺の花なんかじゃない。それよりも更に上みたいな感じ、かな……。」

隣でリュイが呟いた言葉に、思わずクスッと笑ってしまった。バカにしたのではない。本当にそうだと、同じ気持ちになったからだ。


「……清らかな宵闇の花。」

人間というのは、実に愚かなのだろう。
自分には手が届かない存在と認め諦める人間は、まだ賢いと言える。


手に入り辛いと分かると、ますます自分の手中に収めたくなる強欲な人間もいる。それが、今回の試験妨害組だろう。


でも……。はっきり言って、俺たちのような凡人では勝負にもなっていないのだ。お前たちが望んだのは、ただの美しい花ではない。


月夜にしか咲かない、孤高で美しく咲く、幻の一輪の花。
人間が手に触れることを許されない、見ることさえも咎めるような清らかさで。
誰の色にも染まらない黒く澄んだ宵闇。


そんなものを手に入れられるのは、古から陽光だけだと相場は決まっている。


そんじょそこらの草花が騒いだところで、彼らの世界の供えものにもならないだろう。


「……かっこいいよね。」

「……すげえよな。……俺も、あんなふうに揺るがない強さが欲しい。」


自分の意志を、信念を貫き通す力を。
他者を守れる実力と知識を。


「……僕も、誰に何を言われても胸を張れるほどの、進んでいける強さが欲しい。」



赤子のころから隣にいる幼馴染と一緒に、俺たちは心の中で拳を握った。




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