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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう

学園名物、前期試験ですよ

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純白の雲が低い場所から立ち昇り、突き抜ける青空にもくもくと盛り上がる。初夏のサラリと靡く風は涼やかで、稽古で火照った身体を冷ましてくれた。

この国の夏は、日本のような猛暑ではない。息をすることさえ苦しくなる熱波とは大違いだ。


「今日はここまでにしよう。」

放課後に訓練場で汗を流した俺たち4人は、空が美しい夕焼けになった頃合いで戦闘訓練をやめた。すっかり、この4人で行動するのが日常になっていた。


夕食後に寮の談話室に4人で集まり、わいわいと会話を楽しむ。冷たいアイスティーを片手に、背の低い丸テーブルにお菓子やナッツを並べて、ぐだっとたわいもない話をしていた。


「そう言えば、2人は夏休休暇をどうやって過ごすの?」

部屋着を着てリラックスしたリュイが、アイスティーを飲みながら俺とソルに問いかける。

そう、暦は6月末。暦法はこの世界でも1年が365日。月は12か月。日本で開発されたゲームだからか、しっかりと四季が存在する。

そして、7月下旬から9月下旬の約2か月間、この学園は夏季休暇期間に突入するのだ。


「カンパーニュに戻って、その周辺で冒険者活動をするつもりでいたけど……。」

俺の言葉に、向かいに座っていたガゼットがめちゃくちゃ顔を顰めた。眉間に皺を寄せて、額に手を当てている。


「はぁああ……。2ヵ月近くもか?……学生の夏休みを魔物まみれにするつもりか!」

わざとらしく、大きなため息をつかれた。まあ、確かに学生の夏休みにしては潤いが少ないか……。でも、俺は冒険者活動も好きなんだよなー。

学園では週末にしかダンジョンに潜れないから、なかなかレベルも上がっていない。この辺りで、少しばかり依頼数を稼ぎたいと思っていた。


「……ヒズミ。さすがに僕も、それはどうかと思う……。ソルだって、魔物まみれは嫌でしょう?」

いつも優し気なリュイにも、困惑顔で言われると流石に悲しい。その言葉にソルは苦笑いをした。


「……魔物まみれか……。オレは、ヒズミと冒険するのは好きだけど……。少し休んでも良いと思う。ヒズミは冒険者活動をしていたとき、長い休みなんて取ってないだろうしね……。」


確かに、ここ数年は長期間の休みは取らなかったな……。スタンピードの阻止やら、この世界の生活に早く慣れるために精一杯だったし。


「よしっ!それならさ、2人とも俺の実家に泊まりに来いよ!前に領地を案内するって約束したしな!」

ガゼットは名案だとばかりに、膝を打って身体を前に乗り出した。


「えっ……。でも……。」

貴族の屋敷なんかに泊まった経験は無いし、むしろ平民が招待してもらって良いものなのだろうか……。この国は身分思考が根強い。


「なーに、気遣ってるんだよ。親しい友人を家に招くのは当たり前のことだろ?俺の家族も、ヒズミたちに会いたがってるよ。……それに温泉、ずっとヒズミは気になってたよな?」

ガゼットのご家族は、平民であっても差別したりはしないと、リュイが教えてくれる。


「うっ……。それはそうだけど……。」

「……僕の領地にも遊びに来てよ。結構大きな動物園と植物園があるよ。そこにはヒズミの好きなモフモフとか、可愛い動物がいっぱいいる。」


リュイとガゼットの領地は隣り合わせ。そのため行き来も簡単に出来るし、立派な街道もある。


「……モフモフ。」

どんな生き物がいるのか、是非見たい。それに触ってみたい。
リュイとガゼットの提案に、隣のソファに座っているソルも乗り気になっているようだ。


「……確か、領地の近くにはダンジョンがあると言っていたよな?冒険者活動も自由にできるし、ヒズミの好きな温泉とモフモフも楽しめる。……ヒズミ、お言葉に甘えない?」


ソルは、俺の好きなものを熟知している。こんなにも、俺に都合が良い夏休みでいいのだろうか?


「お言葉に甘えようかな……。」

「おしっ!そうと決まれば、遊びの計画を立てないとな!」


そうして、俺とソルはガゼットの領地に遊びに行くことが決まった。先にカンパーニュに帰省して、その後にガゼットの領地に向かう。そのまま、学園に戻るという計画を立てる。


「夏休み前に、前期試験があるけどね……。」

リュイがそう言いながら、がっくりとうなだれる。その言葉に、皆がうーんと頭を悩ませた。


どの世界の学生も、試験という強敵からは逃れられないようだ。今もまさに、試験勉強期間の真っただ中だ。今日は、皆で息抜きがてら集まっている。


「……試験で成績が悪いと、夏休み前半は補習になるだろ?それは何とか避けなければ!」

そう言って、ガゼットはツンツンした茶褐色の髪をガシガシと両手で掻いた。この補習がある感じは、日本での学生時代を思い出す。

俺もよく、赤点回避に必死だったもんな。補習組は夏休みに暗い顔をして学校に投降・・していた。


「ヒズミ、魔法理論が得意だったよな?……その、俺に教えてくれないか?どうにも苦手なんだ……。」

ガゼットが猫のように目つきが悪い緑の瞳で、懇願するように俺を見る。この通りだ!と言って、両手を合わせながら俺を拝んできた。

……試験勉強をするんだったら、皆で教え合ったほうが覚えも良いって聞いたことあるしな。


「……良いぞ。ちょうど、ソルにも算術を教えてほしいって言われていたから、皆で図書棟で勉強会するか。俺も、皆に苦手な教科を教えてもらいたい。」

この皆で勉強会をして試験を乗り切るの、青春って感じがしていいよな。なんとも、心がくすぐったくなる。


「キュっ。」

「あっ、ヒズミのモモンガじゃん。」

勉強会の約束をしていたところで、モルンが談話室の開きっぱなしになった窓から中に入って来る。ちょんっ、ちょんっと跳ねながら床を移動して、ナッツの置かれたテーブルへと飛び乗った。


「おっ。これ、食べてみるか?クセがあるけど、うまいぞ?」

ガゼットは緑色のナッツを一つ摘まむと、モルンへと差し出した。


モルンはガゼットの持っているナッツに、ふんふんっと鼻を近づけた。小さい手で受け取ると、小さな両手で持ってカジカジして食べる。


「キュピっ?!!!」

2口食べたところで、モルンの動きがピタリと止まった。

無言でくりっとした大きな目を見開き、ぽとっ、とナッツを手から落とす。テーブルの上には、小さな歯型がついた緑色のナッツがコロコロと転がった。


「……モルン?」

固まったまま動かないモルンが心配で、俺は名前を呼んだ。ビクッ!と身体を跳ねさせたモルンは、その後に目を潤ませる。


「キュ~~~っ!!」

何とも悲痛な声を上げながら、俺の胸元まで一直線によじ登る。胸に顔をすりすりと擦りつけて、必死に俺に何かを訴えかけてきた。


「キュゥ!キュキュっ?!!」

「……よしよし。ナッツが不味かったんだな。……この甘い実をお食べ。」

俺はモルンの肌触りの良い背中を撫でつつ、持ち歩いている木の実をモルンに近づけた。必死な様子でモルンは木の実を受け取ると、一生懸命カジカジと噛んでいる。

木の実を全部食べたところで、やっと落ち着いたようだ。


「……モモンガには、この味の良さが分からなかったか……。」

「……そのナッツ、ちょっと苦いからだろうな……。」

ひとしきり胸の中で慰めていると、満足したのかぱっと離れて行く。俺から離れてテーブルを勢いよく蹴り上げると、そのままガゼットへと跳躍した。


「へぶっ!!!!」

モルンはガゼットの左頬に、後ろ足で思いっきり飛び蹴りを喰らわせた。左頬に残った赤い足跡が、その勢いとモルンの怒りの強さを物語っていた。

効果は抜群のようだ!!


「もう!悪かったってば!!」

謝るガゼットをよそに、モルンはプイっとそっぽを向くと再び俺の胸で甘え始める。


そんな騒動の中、リュイが隣に座るソルの耳元に顔を寄せ、何やら話し込んでいるのがチラリと見えた。


「……ねぇ、僕たちも勉強会参加して良かったの?……本当はヒズミと2人きりで勉強する予定だったんでしょ?」

「……リュイとガゼットだったら別に良い。……何より、ヒズミが楽しそうだから。」

リュイはソルの呟きに、苦笑いをしているようだ。


「……僕とガゼットだったら、ね……。ヒズミは優秀だから、教えを乞おうと近づく生徒も多いはずだよ……。貴族による優秀な平民への試験妨害、結構あるって聞いてるから2人とも気を付けてね。」


「……ああ、油断はしない。」

リュイとソルの会話は、騒動の中で夏の夜へと溶けて消えていった。



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