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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです

手合わせ、学園に行くための試練

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緑風騎士団と出会った次の日の朝、ソルと冒険者ギルドを訪れた俺たちは、何時も通り木製の扉を開けた。キィーっという蝶番が軋んだ音が、やけにギルド内に響いている。


「っ?!!」

扉をあけた瞬間、バっ!と音がするくらい、勢いよく皆に振り返られた。その様子に思わずビクッ!と肩が上がる。ギルド内の全ての視線が、俺とソルに集まっているようだ。


……えっ、怖っ……。何?


いつもと室内の雰囲気が違う。

普段なら冒険者たちの声がガヤガヤと響いているのに、今は少し大人しい。……なんだろう、皆が部屋の中の音を聞き逃すまいとしているようだ。

中央の受付カウンターには、いつも通りアトリが立っていた。普段から俺が依頼を受けるときは、アトリが手続きをしてくれるのだが……。


いつもの穏やかな表情とは違って、どことなく渋っているというか、迷っているような複雑な表情をしている。アトリは水色の瞳を、カウンターを挟んだ2人の人物に向けている。


2人とも背が高く、190センチメートル以上はあるのではないだろうか?深緑色のコートを翻し、俺たちのほうへと振り返る。


「……噂をすれば、だな。おはよう、ヒズミ、ソレイユ。」

「おはよう!また会えて良かったよ。」


噂?なんの話だろうか……?
その話で、アトリがあんな顔をしているのか?


「おはようございます。ヴィンセント騎士団長。ジェイド副騎士団長。」

俺が挨拶をすると、2人は満足そうに微笑んだ。ヴィンセント騎士団長の、ふっと力を抜いた笑顔が凄くカッコイイ。大人の余裕と言うやつだろうか。

ジェイド副騎士団長は相変わらず、人懐っこそうな笑みで笑っている。


「……おはようございます。」

ソルは、相変わらず2人に素っ気ない。ぶっきらぼうに挨拶したソルの態度に、2人の騎士たちは面白そうに片側だけ口角を上げて笑った。

2人とも悪い大人の顔をしていたから、ソルが揶揄われないか心配だ……。何かあったら、俺が2人に小言を言ってやろう。


俺たちが2人に近づくと、ヴィンセント騎士団長がおもむろに口を開いた。


「昨日はありがとう。君たちのおかげで、迅速に魔物を討伐できた。……実は2人に用事があってギルドを訪ねたんだ。」

「……俺たちに用事ですか?」

一介の冒険者である俺たちに、国立騎士団の幹部が何の用事なんだろうか?全く想像ができない。俺の疑問の声に、ヴィンセント騎士団長が大きく頷いた。


「……ああ、そうだ。ヒズミ、ソレイユ、私たちと手合わせをしてみないか?」

「っ!!」

驚きとともに、俺の脳内でピンっと来るものがあった。


もしや、これはソルが学園に入学するきっかけとなる、あの出来事ではないだろうか?


俺の頭の中で、あの人を殴れる鈍器のように分厚い、乙女ゲームの攻略本を開いてペラペラと捲る。ソレイユのプロフィールが記載されたページをもう一度思い出した。

ソレイユは町を訪れていた国立騎士団隊員に、剣術の腕を見込まれる。騎士たちの推薦で、国の最高峰である国立学園に入学するのだ。

……そう。
その騎士団員こそが、目の前にいるヴィンセント騎士団長とジェイド副騎士団長なのではないのだろうか?


この国では15歳になると、貴族でも平民でも必ず何れかの学舎に通わなくてはならない。学舎の種類は様々で、専門学校のように手に職をつけるものから、高度な魔法や戦術を教わる学舎まで多岐に渡る。


そして、その学舎の国内最高峰が国立学園。
入学する者のほとんどが貴族や、商人などの富裕層の子供だ。ごくわずかだが平民も在籍している。


何故、平民が少ないのか?
それは、この学園に入るためには他人からの推薦状が必須であり、かつ難易度の高い入学試験をクリアしなければならないからだ。

貴族や富裕層の場合は、この推薦人が家庭教師だったり、親戚だったりすることが多いのだが……。平民は町長や村長、領主などから推薦してもらうことになる。


領地を納めている長など地位のある者に、まずは自分が将来有望であると、認めてもらわなければならない。

そして、さらに試験勉強をして国内でもトップクラスの最難関試験に挑むのだ。
もちろん、家庭教師なんていないため、自力で勉強する他ない。町によっては、町長が張り切って家庭教師を雇ったりするらしいが……。


騎士2人は『手合わせをしよう』と言うだけで、学園の推薦については一切口に出していない。おそらく、黙ったままにして、手合わせで俺たちの実力を見極めるつもりだろう。


この『手合わせ』1つで、
ソルが学園へ入学出来るかが決まる。


「……はい。是非よろしくお願いします。」

俺が意を決して強く頷いて答えると、隣にいたソルが訝し気に俺を見遣った。


「ヒズミ?」

学園への推薦については、今はまだソルに言わないほうが良い。変に意識して、手合わせ中に緊張したら大変だからな。


「……現役の騎士に手合わせしてもらえる機会なんて、早々ないことだ。俺たちにもきっと良い経験になる……。だから、なっ?」

不安げに揺れる琥珀色の瞳をまっすぐと見返すと、ソルはぐっと押し黙る。俺の眼差しに根負けしたのか、ふいっと視線を外して頷いた。


「……分かった……。お願いします。」

ヴィンセント騎士団長とジェイド副騎士団長にペコリと2人揃ってお辞儀をした。


「ああ。……では、アイトリア副ギルド長。ギルドの訓練場をお借りてもよろしいですか?」

俺たちの様子を見守っていたアトリに向かって、ふいにヴィンセント騎士団長が話しかけた。アトリの表情がやや強張り、ヴィンセント騎士団長をひたと見据えている。


「構いませんが、1つ条件があります。……その手合わせに、私も立ち会います。……2人はうちの大切な冒険者なので、万一怪我をしないように監督させてください。」

丁寧な言葉の端々に、どこか剣呑な雰囲気を感じたのは俺だけだろうか?……あの穏やかで知的なアトリには珍しく、なんだか警戒しているようにも思う。


「ほう……。なるほど……。分かりました。訓練場にご案内していただけますか?」

「……ええ。では、こちらです。」

俺たち4人は、アトリの案内によってギルドの奥にある訓練場へと足を進めた。


歩き出した途中で、ジェイド副団長がぼそっと独り言を呟いた。相変わらず口には笑みを浮かべていたが、翡翠色の瞳には熱を帯びているように感じた。


「なんだか、面白いことになったなー。……まさか、あの『冷厳の魔導士』も気にかけているとはねぇ……。団長も手強いし?俺も少し本気出そうかな……?」


最初のほうは聞こえなかったが、最後の「本気出そうかな……?」という不穏な言葉が、俺の耳に入った。


いや、待ってくれ。本気を出さないでくれ。


その呟きを聞いた俺は、心中で『お手柔らかにしてほしい。』と心から願った。



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