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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

スタンピード、その時がきた

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秋の冷たい夜風が、肌を刺しながら通り過ぎて行く。

いつもなら温かな明りが灯る家には、人の気配すらない。張りつめた静寂が辺りを包み込む中で、町長の屋敷近くにある細長い建物だけが煌々とした明りを窓から零していた。

建物の周りは、他の領地から応援でこの地に来てくれた騎士の人々が槍や剣を構えて守っていた。


町の周囲を囲っていた柵は以前よりも強固に補強した。より遠くを見渡せるように、石壁の上には等間隔に見晴台が設置された。町の入り口である門の外には、大勢の騎士と武装した冒険者が待ち構える。


とうとう、この日が来た。


今日はソルの14歳の誕生日だ。生誕を祝う日なのに、ソルは俺と一緒に町の門の上で武器を構えていた。町の人々や孤児院の皆は避難所で待機している。

この戦いを無事に乗り越えたら、皆でソルの誕生日会をしようと約束した。


本当は、ソルも孤児院の皆と一緒に避難所にいて欲しかった。でも、ソルには「僕は冒険者だ。ヒズミが戦うのに、オレだけ安全なところにいるなんて許せない。」と強く拒否された。

何度も宥めたけど聞いてもらえなくて、結局一緒に戦闘に参加することになったんだ。


乙女ゲームのシナリオでは、ソルは生き残ることになっているが、確実とは言えない。緊張して身体と表情が強張っているソルの左手を、俺は横から強く握った。

ソルの美しい琥珀色の瞳を、真っ直ぐに見つめた。


「……大丈夫だ。ソルは、俺が守る。」


将来の勇者を、死なせるわけにはいかない。
ここで勇者を失えば、この国の未来は絶望に染まる。

俺が、何がなんでもソルを守る。


「……オレだって、ヒズミを守る。」

ソルは俺の手を握り返し、強い眼差しで射貫いてきた。


ソルは確かに、この短期間で見違えるほどに強くなった。
今まで細かった身体も肉付きが良くなったし、いくつかの攻撃魔法も使えるようになった。

俺たちのような未成年の冒険者は、他の冒険者の後方支援に当たることになっている。もちろん、義務ではない。それでも、俺は自分に出来ることはしたかった。


俺はこの半年間、この町の冒険者の人にとても良くしてもらった。それだけじゃない、町の人達は見ず知らずの俺にも優しく声を掛けてくれた。

孤児院の子供たちとは、一緒に遊ぶほど仲良くなった。


この町は、俺にとってかけがえのない大切な場所に変わっていた。
この町を、この町に住む人々を守りたい。


魔物の襲撃を知らせる、カンカンっ!という甲高い鐘の音が町中に響き渡った。戦闘態勢に入るように、首にかけている冒険者タグから音声伝達が届く。


ドドドドッという足音が遠くから聞こえる。町に近づくにつれて、小刻みに地面を震わせていた振動が大きくなっていく。

黒色の蠢く塊の影が、一直線に押し寄せてくるのが見えた。


暗闇の中に蠢く影には、大小や形の規則性がない。様々な種類の魔物が、一動に集まって突進してきている。


「……来た!」

誰に言うでもなく、俺は自分に言い聞かせるように呟いた。

覚悟はもう出来ている。


冒険者や騎士たちの開戦の雄叫びが、秋の夜空を劈いた。


魔物たちは森のある東側から、一直線に町に向かってきている。様々な獣の濁音が混じった咆哮が空にこだました。


魔物の集団は鬱蒼とした森を抜けて、町と森の境界を越えようと駆ける。一匹の大きなトカゲに似た魔物が、森から足を出したその時だった。


ドォォォオォン!!


魔物の足が地面に着地した瞬間、大気に轟く爆音とともに地面の土が勢いよく上空へと噴射した。爆発に巻き込まれた魔物の身体が宙を舞い、深く開いた闇の穴へと落ちて行く。


それを合図にしたかのように、次々と森の境界で爆発が起こる。大地が大きく削れて、ぼっかりと穴が口を開けた。


爆風に巻き込まれた魔物たちの焦げた匂いと、ぐちゃ、どしゃっという血肉が地面へと落ちて行く音が頻繁に聞こえる。群れの勢いにスピードを緩められず、猛進してきた魔物は、ぽっかりと開いた穴に自ら突っ込んでいった。


これは、俺が提案した地雷型魔道具だ。この世界にも武器として使用する魔道具はあるが、地雷として使用する魔道具は無かった。

魔石に爆風を起こす火魔法を付与して、それが魔物の魔力を感知すると起爆するように細工をしたものだ。この辺りはアトリの得意分野だった。

俺の提案をアトリは熱心に聞いてくれた。
おかげで、魔物の数を幾分か減らせる。地雷型魔道具は森を囲うように設置したから、森の境界に深い穴が濠のように出来ていた。弱い魔物は、穴に落ちただけで命を落とす。


暗い穴からギュォオ―っ!という唸り声と一緒に、中型のサルを醜悪にしたような魔物が穴から這い出てきた。

あと少しで地上と言うところで、上から複数の火球が穴へと落とされる。


「上がらせるわけがないでしょう?」

隣にいたアトリが前方へと手を翳しながら、余裕の笑みを浮かべた。見晴台には、長距離攻撃を得意とする弓部隊と魔導士たちが集まり、一斉に攻撃魔法を放っていた。

人々の魔法の閃光が、夜闇へと火花を散らす。爆風で混乱状態の魔物の群れにさらに追い打ちをかけていった。


魔道具の爆風も避けて、器用に穴を飛び越えた狼型の魔物が、魔法攻撃を掻い潜って町付近まで近づいて来る。

その魔物の目の前では、ヒラリと深紅のマントを翻った。
鎧を着た屈強な男が、大剣をブンっ!と片手で持ち上げて、風を大きく掴んで振り下ろす。


「おりゃぁっ!!」

気合いの声とともにステルクさんが大剣を振るった。大剣からは渦を撒いた爆風が繰り出され、目の前に迫った狼型の魔物に穴をあける。

さらには後方にいた魔物も刃を向けて打ち倒していった。


「……すごい。」

他の冒険者や騎士たちも、町に近づく魔物を着実に屠っていく。その中でもステルクさんは別格だった。

身丈ほどはある大剣を片手で振り回し、爆風を起こして1人で数十体の魔物を屠っていく。


フロルさんには事前に大量のポーションを作って貰って、戦いに参戦する騎士と冒険者に配ってもらっていた。フロルさん自身は救護班に回ってくれている。

今のところ、大きな怪我をしている人はいないようでほっとした。


最初の地雷攻撃が、よほど魔物たちの意表を突いたのか、魔物の侵攻が思った以上に緩やかだ。このまま確実に魔物を減少させれば、いずれスタンピードは終わる。


……そう、このまま何事も無ければ。


俺も魔法で後方支援をしていると、ブゥンっという虫の羽音に似た電子音が頭の中に響いた。


それは乙女ゲームではなじみ深い音で、『索敵』のセンサーに何かしら引っ掛かったことを意味する。俺は闇魔法を極めたからか、この索敵の上位である『感知』を使用出来た。

その感知のセンサーに、強い反応があったのだ。


頭の中では、けたたましく警告音が鳴る。身体を焦らせるその音は、今から来るモノが明らかに規格外であることを意味していた。


感知では、反応したものの名前までも教えてくれる。その名前を見た瞬間、俺は血の気が一気に身体から引いていった。


嘘だろ……?
なぜ、この魔物がここにいる……??


深い濠で森に立ち往生していた魔物たちが、焦って逃げるように四方八方へと駆けだしていく。穴に落ちることさえも魔物の意識から忘れさせるほど、本能が逃避行動を強めたのだろう。


突如、俺たちのいる場所の気温が、息苦しさを感じるほどに熱くなる。夜闇が不自然なまでに明るくなり、赤黒い光が正面からゆらり、ぐらりと近づいてくる。

熱気のせいで、大気が蜃気楼のように揺らめく。


鬱蒼としていた森の木々が、ミシミシと激しい音を出して薙ぎ倒されていく。横倒しにされた木々は、強烈な高温に包まれて一瞬で燃え、黒色の炭と化した。


「……うそ、だろ……!」


誰もが目を疑った。
息を飲む声が、そこかしこから聞こえる。


鋭利で強固な鱗が、地面を蛇行して這う。その動きに合わせて波打つように、地層が見えるほど剥き出しになった地面。

岩にも見える鱗の隙間からは、溶岩のように赤く燃え滾る炎が垣間見える。鱗だけでも、人間の数倍はあるかと言う大きさだ。


一瞬で、この場にいる全員に緊張が走った。


ありえない。こんな地上で見るはずがない。
この魔物は、火山地帯の地底深くに潜む超大型の魔物だろ?


「……デフェールスネーク……!!」


赤黒い炎を纏った、灼熱の大蛇が悠々とこちらに近づいてきた。




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