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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します
俺の話を信じてくれた……?
しおりを挟む全身の血が、頭から下へ一気にサァァと引いて行く感覚がした。思考を言葉にしようとするのに、口が焦って動くだけで音にならない。
「……どうしたのですか?顔色が悪いですよ……?」
俺の様子が急に変わったからだろう。アトリが心配そうに俺の顔を覗きこんだ。
悩んでいる暇はない。
一刻も早く、スタンピードが半年後に起こることをアトリに知らせなければ……。
でも、どうやって?
スタンピードの兆候は、この町が襲われてから初めて解明される。それまでは調査はされていたものの、どういったときにスタンピードが起こるのか分かっていなかった。
そんな状況の中、俺が訴えて信じてもらえるのか?
俺はただの一介の冒険者にすぎない。
しかも、大人の姿ならまだしも今の俺は少年の姿だ。それに、スタンピードの発生時期が半年後と明確に分かること自体が、怪しまれてしまう気がする。
だが、俺が言わなければ確実に魔物に襲われてしまう。
俺はしばらく考え込んだ。その間にも、アトリはずっと俺の言葉を待っていてくれた。……なんて良い人なんだろう。俺は、意を決してアトリの水色の目をまっすぐに見た。
「……あの、信じてもらえるか分かりませんが……」
良い言い回しや、伝え方が思い浮かばず、語尾が自信なさげに小さくなってしまう。
「……これは、スタンピードの前触れだと思うんです……。」
子供の戯言として受け取られ、怒られてしまうかもしれないと思うとどうしても尻すぼみになってしまった。
「っ?!………どうして、そう思うんです……?」
「……俺の知っている町で、同じようなことが起こったんです。本来生息しない場所に、高レベルの魔物が生息し始める。その魔物たちは、自分たちよりも更に強い魔物から逃げていました。」
アトリは真剣な目で俺の話の続きを待つ。俺は、ゴクリと喉を鳴らしながら、言葉を続けた。
「そして、凶悪な魔物が動き出した瞬間、その邪気に当てられた魔物が狂暴化して、人間に襲い掛かる。……人間の町なんてあっという間に襲われて無くなってしまう……。」
「……その魔物に襲われた町に、今の状況が似ていると?」
アトリは察しが良い。俺はアトリの言葉にコクりと頷いた。
「……はい。……大体ですが、この状況の半年後にスタンピードが起こりました。」
俺の話を一通り聞いたアトリは、顎に拳を当てて少し考え込んだ。慎重に言葉を選んでアトリは俺に問いかけた。
「……ヒズミは、どうしてそんなことを知っているのですか?」
「……それは………。」
俺は良い言い訳が思いつかず、言葉に詰まっってしまった。口を引き結んで、膝に置いていた両拳を握りしめる。自然と変に身体に力が入って強張ってしまった。
やっぱり、考え無しに話すんじゃなかったな……。
顔を俯いてしまったから、アトリが今どんな顔をしているのか分からない。これでは、信じてくれないだろう。
どうしよう……。
「……ごめんなさい、ヒズミ。酷なことを聞きましたね……。」
そんな言葉と同時に、俺の頭にポンと温かな重みを感じた。俺が驚いて顔を上げると、アトリが苦し気な顔をしながら俺の頭に手を置いている。
そのまま、労わるように優しく俺の頭を撫でた。
「……あの……?」
しばらくの間、無言で頭を撫でられ続けた俺は、さすがに長いなと思ってアトリを見返した。アトリは、はっとしたような顔をしたあと名残惜しそうに俺の頭から手を離した。
「……ああ、ごめんなさい。つい。……このことは、私からギルド長にすぐに報告いたします。」
「っ!……信じて、くれるんですか……?」
俺の驚く様子に、アトリはしっかりと頷いてくれた。そして、俺を安心させるように優しく微笑んだ。
「あなたが、こんなにも勇気を出して報告してくれたのです。必ずギルド長に伝えると約束しましょう。……それに、用心に越したことはありません。」
なんて、人間が出来た人なのだろう。明確な理由を言えなかったのに、「ふざけるな!」と怒りもしない。それどころか、直ぐにギルド長に伝えてくれると言ってくれた。
「……ギルド長が話を聞きたいと言うかもしれないので、その時はご連絡しますね。」
連絡は、冒険者の身分証明書のタグによって行われる。このタグには冒険者と連絡を取るための魔法が組み込まれているのだ。俺はアトリにお礼を言うと、その場を後にした。
俺はギルドのカウンター横にある扉を開けると、廊下を歩いて宿泊施設であるギルドの別棟へと向かう。
当てが割れた個室は本当に簡易的なもので、日本でいるビジネスホテルに近い。ベッドに小さな机、小さなクローゼット、もう一つの扉はトイレとシャワー室だった。
俺は部屋に入ると、男性と約束したように内鍵をかける。そこでやっと、肩から力が抜けた。
今日は、色々あり過ぎて本当に疲れてしまった。同級生の女性に刺されるだけではなく、異世界転移に急な戦闘、スタンピードの阻止……。頭と体が限界だ。
ふと、部屋の隅にある壁掛けの鏡に自分の姿が映った。やはり、中学生位の自分にしか見えない。
俺はもう考えることを止めて、シャワーを浴びて眠ることにした。日本人が開発したゲームだからか、シャワーの構造も一緒で苦労することはなかった。
違うのは、シャワーからお湯を出すときに赤色の石に触れること。
これは魔石と言って、この世界の生活に欠かせないものだ。魔石はエネルギー源。魔石に魔力を流すことによって明かりをつけたり、火を起こしたりすることができる。
シャワーを浴びた俺は早々とベッドに直行し、魔石で灯ったランプを消して眠りについた。
明日からは、忙しくなりそうだ。
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