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番外編、酒飲みたちの漫遊(フレイside)

カリエンタの記憶(フレイside)

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(フレイside)



「……このダンジョン、昔と部屋の造りが変わってるけど、出てくる魔物は一緒だな。……前来た時はさ、途中で引き返したんだよ。一緒に冒険していた奴が『泳げない』って泣き言を言ってな。」

リヴァイアサンを解体し終えた俺たちは、ボス部屋の中で少し休憩していた。ボスを倒した後この空間は、攻略者が出るまでは何も出現しなくなる。ほんの少し休んでもいいだろう。

リヴァイアサンの血とかは魔法で洗浄しておいたから、今は部屋の中は空っぽだ。


床に座りながら水筒に入れた果実水を飲み、カリエンタにも手渡す。カリエンタは水筒を受け取りながら、どこか懐かしむように微笑んでいた。


「昔、お前と同じように冒険者と一緒に旅をしていたんだ。……そいつは、エルフだった。」

「ほー。……っ!エルフ?!」


俺の驚きの言葉に、カリエンタは首を縦に振った。

エルフは御伽噺の世界の住人だ。人間のような骨格だが、その姿は人間よりもはるかに美しいと言われている。魔法に長けていて、長寿であることでも有名だ。

精霊たちと気ままに、森の中で生活しているという。


カリエンタは事も無げに、今もエルフたちは存在するのだと教えてくれた。エルフだけではなく、鍛冶仕事が得意で頑丈な肉体を持つドワーフや、獣と人間の両方の特徴を併せ持つ獣人もいるのだそうだ。

これらの種族は、人間の目に触れないように、姿を隠してひっそりと生活しているらしい。


「昔はな、人間社会にそいつらも交じって、皆ごった返しで生活していたんだ。……そのエルフの男もそうだった。絵を描くのが大好きで、紙と筆さえあればメシはいらないみたいなやつだったよ。」

カリエンタはほんの暇つぶしに、人間に交じって街を散策していて、そのエルフの冒険者に出会ったのだと言う。


「そいつは森の奥で生活していたからか、こっちが心配になるくらい、おっとりしていてな。魔法は得意で実力もあったが、レベルを上げることは二の次だ。……冒険者になった理由も、『美しい景色を巡って絵にしたい』。それだけだった。」


冒険者ギルドで張り出される依頼も、最低限だけ請け負った。あとの時間は、絵を描くことに費やしていたらしい。


「……どうにも放っておけなくてな。そいつの纏う魔力が、綺麗でポヤっとしていたことも理由の一つさ。」

エルフの男の魔力は、とにかくポヤポヤしていて、いつも日向ぼっこをしている毛並みの良い老犬みたいな感じだったと。随分と面白い表現だが、なんとなく分かってしまうから面白い。

俺の魔力はカリエンタ曰く、眠れる炎の獅子だそうだ。戦闘になると牙を剥き、灼熱の炎を吐く猛獣になるとか。


「このダンジョンには、リヴァイアサンを見に来たんだよ。荒れ狂う波に巨大な海の覇者。それを壮大に描きたいってさ。……でも、そいつは泳げなかったんだよ。」

「……よくもまあ、このダンジョンに潜ったな。」

度胸が大したものだと思っていると、カリエンタは肩を竦めて『魔法でどうにかなるんじゃないかな、って思ってたらしいぜ。』と呆れた様子だった。


「やっぱり、あの貝のところで躓いてさ。その部屋入る前に、静かに扉閉めたんだわ。」

水の中での戦闘を諦めて、早々にダンジョンを脱出したそうだ。ダンジョンは各階層に脱出用の魔法陣がある。

その男は、他の階層の景色を見て大方満足したらしい。カリエンタが敵を倒している最中に、スケッチブックを取り出して絵を描き始めるなど、実にマイペースなようだった。

クスクスと思い出し笑いをするカリエンタは、やはりどこか寂し気だった。


「老いていかない俺を見て、さすがに俺が人外だと気が付いてな。……それでもあいつは、気持ち悪がりもせず、のんびりと笑っていたよ。」

エルフは、人間よりも少しだけ寿命が長かった。でも、それは人間と比べたときの話であって、精霊に比べれば圧倒的に短い。カリエンタは、エルフの寿命が尽きるまでずっと傍にいたらしい。

最期を看取ったカリエンタは、少しばかり後悔したのだという。


最期にそのエルフは、こう言ったのだそうだ。


_________________________________


ずっと美しいあなたは、僕の宝物だった。

お世話好きで、クルクル変わるその表情も、
少し口が悪いところも、大好きだった。

あなたが、尊い存在だったから黙っていたけれど。

僕は、あなたをお慕いしておりました。

_________________________________


そう言われて初めて、カリエンタはエルフに『恋情』を抱いていたことを思い知ったそうだ。しかし、その時にはもう、愛しい人は居なくなっていた。


とても切なく、胸が苦しい程に締め付けられ、初めての感情に涙が出たという。


「……他の精霊たちも、同じような思いをしているはずだ。人間の命は儚いからな。……だから、精霊王ベリルがミカゲを不老不死にしようとした気持ちも、痛いほど良く分かる。」


精霊たちの力を削いだ精霊王ベリルを、各属性の精霊たちが責めることはなかった。


それは、皆が命の尊さと、儚さ、自然の摂理の残酷さ。
そして、失う哀しさを知っていたからだ。


精霊たちは、自分たちと永遠に居てくれる存在に恋焦がれている。そして、そんな存在はいないと永遠の中で諦めている。


精霊王ベリルは、果てしない年月の中でずっと、『心』を持たずに精霊界を統べてきた。それこそ、この世界が成り立ったその日から。

精霊たちはそのことに、大いなる敬意を抱いていた。


「……1000年以上もの寂しさを一気に知ってしまえば、耐えられないだろうさ。……最初に味わった感情が『恋』なら、なおさらな。」

そう言い終わると、隣に肩を並べて座っていたカリエンタは、水筒の中の果実水を煽った。その達観したようにも見える横顔を見ながら、俺も思いを馳せる。


俺との旅も、お前の永遠の中の一部として残るのだろう。カリエンタがふと思い出した時に、俺はどんな存在になるのだろうか。


ただの酒飲み仲間として、愉快な思い出として残るのか。
楽しい時間を共にした存在として、残るのか。


それだけでは、俺は満足できそうになかった。


……初恋は、そのエルフに譲ってやる。

じゃあ俺は……。


「……俺が死んだときは、お前という存在に惚れ込んだ、不埒な男として記憶に残るだろうよ。」

「はっ?」


逃げらせないように、カリエンタのしなやかな腰に手を回して、身体を密着させる。突然何を言い出すんだと言うように、呆けたカリエンタの顎先を指で掬った。

呆けてうっすらと開けたままの無防備な唇に、そっと口付ける。


「っ?!」

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