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番外編、酒飲みたちの漫遊(フレイside)

旅は道連れ、酔い心地(フレイside)

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(フレイside)



ここは、いつ来ても夜だ。


前に理由を聞いたら、「夜のほうが、炎が綺麗に見えるだろ?」と、ニヤリと口角を上げて人懐っこそうに笑った。


付き合いが長くなると、こいつはただ気さくなだけじゃないと分かる。掴みどころがないと感じるのは、強者の威厳か。
それとも、人懐っこい笑みの合間に垣間見る、哀愁漂う大人びた表情か。


でも、笑うとチラリと顔を出す八重歯が、何気に可愛いんだよな。


もうここに来るのは、何度目だろうか。最初は数えていたが、面倒になって数えもしなくなった。


「……お前は良く、オレの好みのモノが分かるよな。相変わらず旨い。」

褐色の肌に、炎の紅い髪とルビーの切れ長な瞳。形の良い口からチラリと舌を出し、唇に零れた雫を舐めとった。雫の味にさらに満足したのか、紅玉を細め、紅く胸元辺りまでの長髪を片側にサラリと掛ける。


灼熱を思わせる美青年がご満悦な様子に、俺も内心ほくそ笑んだ。


そりゃあ、そうだろうよ。
わざわざ、あんた好みのモノを見繕ったんだから。


「……たまには、少し甘い酒もいいだろ?」

ニヤリと口角をあげた灼熱の青年は、「いいねぇ。」とご機嫌に八重歯を見せる。


石づくりの八角形の椅子に、これでもかと柔らかな布とクッションを敷き詰め、片足を上げて酒を楽しむカリエンタ。白とベージュの落ち着いた壁に、褐色のカリエンタの肌が良く映える。

だらしなく背中を背もたれに預けているが、そのゆったりとした様子がこの男には似合っていた。


今日、俺が用意した酒はブランデーだ。
本来は甘く、食後に楽しむ酒。俺の用意した酒は上質で、甘さがくどくない。果実の芳醇な香りと、樽で長年熟成された、まろやかな口当たり。


その飲みやすさに騙されて飲むと、高いアルコール度数に酔いしれる。……まあ、酒を嗜むことに慣れたカリエンタが、そんな風に悪酔いすることはねぇが。


目の前の男の完全に酔った姿を、
いつ拝むことができるのだろう。

精霊の酔った姿を見たいなんて、俺も大概罰当たりだよな。


部屋の四方にある窓から、程好く冷えた風が部屋に靡く。堀の魚がピチャンっ、と水しぶきをあげて跳ねた。魚は、また闇映す水面へと戻る。

炎の魚が水の中を泳ぐ様子は、摩訶不思議でいて、とても幻想的だ。


「色も美しい。毎回、良く見つけてくるな。……苦いチョコレートと合うなんて、不思議なもんだ。」

細身で中央の括れた、小さなガラスグラス。その柄を、しなやかな指先で摘まんで上に掲げる。モザイクランプの様々な輝きを、トロリとした色合いの酒が吸収して艶を増した。


黒色で詰襟の上着は膝上近くまでと長く、金糸で炎の模様が描かれて豪華だ。縫い付けられた小さな紅色の宝石が、動くたびに炎を宿らせる。


腰から下の切れ目から、暗い色のゆったりとしたズボンが覗く。これもまた単色の布ではなく、光の加減で幾何学模様がうっすらと見え隠れする、見事な織物だった。


「……お褒めに預かり、光栄だな。」

軽口を叩くと、カリエンタは目を細めて、ふんっと鼻で笑った。

いつも肩にかけているショールを、カリエンタは外していた。詰襟なのに、首下のひし形の窓からチラつく褐色の肌。袖も切り落とされて、無駄な筋肉の無い鍛えられた腕が覗いている。


隠したいのか、それとも見せたいのか。
実に蠱惑的な衣装だ。


「……なあ、フレイ。酒飲みの友として、一つお願いがあるんだが。」

艶のあるチョコレートを一つ摘まみ、口に放り込みながら、カリエンタはひょいっと身体を起こした。「よっこらせ!」と勢いをつけ、椅子に胡坐を掻いて居住まいを正している。


「……へえ、なんだよ。」

普段は、カリエンタに請われるままに冒険者としての話や、ヒューズたちの話をするのだが……。


カリエンタが俺にお願いをすることは、珍しい。俺が話の続きを目で促すと、カリエンタは実に楽し気に、ニヤリと口角を吊り上げた。


「……お前にやった盃があるだろう?あの杯からは、オレが飲んだことのある酒しか出ない。……お前がくれる酒は、確かに美味しい。それは良いんだがな……。」


トンっと、カリエンタがサイドテーブルに空のグラスを置く。すかさず、ブランデーの酒瓶に紅色の小さな光が集まって来た。

下級の火精霊たちだ。わらわらと集まると、赤い光が瓶底に集まり、そのまま瓶を宙へと持ち上げる。酒瓶を傾けて、カリエンタのグラスにトプトプと酒を注ぎ入れた。


ついでに、自分たち用に用意された平べったい盃にも、おかわりを注いでいる。

ちゃっかりしてんな、と思いつつ、カリエンタの話に耳を傾ける。


「オレは旨い酒も、まずい酒も、全てを愛しているんだ。……旨い酒ばかりでも、刺激が足りないだろ?」


……まあ、言わんとすることは分からんでもない。

確かに、旨い酒を飲めるに越したことはないのだが、まずい酒もそれはそれで興味深いのだ。冒険者として旅をしていれば、様々な酒場や食事処に行く。


各地の酒には、それぞれ味や製法に癖がある。訪れてみないと、味は分からない。


自分の好みに合う酒に出会えれば、儲けもの。
まずい酒に出くわしたのであれば、それもまた一興。


カリエンタは、一層楽しそうにニカッと笑った。
そして、俺に言葉を放った。


「だから、お前と一緒に新種の酒を求めて旅をしたい!」


「っ?!!」


突拍子のない言葉に、口に含んでいた酒を危うく吹き出しそうになった。




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