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番外編(武道大会の舞台裏)

試合後の話(スフェンside)

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「……ミカゲに、キスをしたい。」

鍔迫り合いをしている最中、真剣が交わるのとは対照的な。耳に低く、ミカゲの鼓膜を甘美に揺さぶるように。閨をわざと思い出すように、しっとりと妖艶に甘えた。


「っ?!?!!」

ミカゲの神秘の瞳が大きく見開かれ、桃色の唇は僅かに驚きで息を飲む。頬は一気に真っ赤に上気し、耳まで赤く染まっていた。


……可愛いな。


狼狽えたように震えたミカゲの身体から、ほんの一瞬、力が抜けた。

よしっ。


好機とばかりに、剣を握りしめていた手に力を咥える。そのまま、ミカゲの反り返る剣を力技で跳ね飛ばした。


「っ?!」

カキンッ!という甲高い音とともに、弧を描いてミカゲの長剣が宙へと投げ出される。地面にカランッと打ち付けられ、銀色の反った刃が滑っていった。

剣をはじき返された反動で、ミカゲの両手は頭上に持ち上げられたままだ。その強張りも、数秒で解ける。そうすれば反撃されかねない。


今のうちに、捕まえてしまおう。


細い手首を私の長剣の柄ごと絡め取る。身体を掬うように、ミカゲの腰にも素早く手を回して、押し倒すように力を入れた。


「あっ。」

ミカゲの口から、小さな呆けたような、間の抜けた驚きの声が聞こえる。こんな声、普段の戦闘ではめったに聞けない。良いものが聞けたな。


私とミカゲの身体が、柔らかな雪に埋まった。雪の中に埋もれたミカゲは、儚げでとても美しい。

白い髪が雪と同化するようで、そのクリーム色の肌がより一層引き立つ。極めつけは宵闇色の瞳が、私のことをきっと睨んで潤んでいる。


月の精霊も似合うが、
雪の精霊というのも、ミカゲには似合うな。


そんなことを考えつつ、私はミカゲの抵抗を馬乗りになって塞いだ。


「……捕まえた。」


自然と口元が緩んでいると、ミカゲが悔しそうに口を引き結んだ。まだ、身体を捩じって抵抗しようとするあたり、往生際が悪いな。


ミカゲの右胸にある魔石に手の平を乗せて、風魔法で魔石を砕く。あっけなく、魔石は割れた。ミカゲの身体を金色の防御結界が覆う。


「やめ!……勝者、蒼炎騎士団団長、スフェレライト、グラディウス!!」


試合終了の合図で、私はミカゲからそっと離れた。ミカゲの手を引いて抱き起す。どうやら魔法は解除したようで、闘技場は元の焦げ茶色の地面に戻っていた。


いつも通り、勝利者のコートを手で受け取りながら、ミカゲの様子を窺がう。

思わず、ぷっと、小さく噴き出してしまった。


今日は、ミカゲの色々な表情を見ているが、これは本当に珍しい。あの、凛とした静かな月を思わせる人が。


思いっきり、拗ねている。
態度でも示すくらい、露骨に拗ねていた。


私と視線が合いそうになった瞬間、顔を勢いよく背けた。そのあとに、宵闇色の瞳を眇めて、じとっと私を睨みつける。


「………ズルい。」

唇を僅かに尖らせて私を詰る姿は、年相応の幼げな青年に見える。先ほどの研ぎ澄まされた戦闘とは、全く違う様子に、周囲もクラっと、倒れ出している者がいる。見るな。


……これ以上、待てないな。


「……それじゃあ、約束な。」

「っえ?」


素早くミカゲに近づいて、その細い腰に手を回す。抵抗されないように右手に指を長い指に絡めて、がっちりと繋いだ。身体を密着させて逃がさないようにする。ダンスでも踊っているような気分だな。


驚きで宵闇色の瞳が、零れんばかりに見開かれている。吸い込ませそうになる神秘的な瞳に、私の欲望にまみれた目が映っていた。油断していたのか、ぼうっとして簡単に私に身を委ねるミカゲは、なんとも無防備だ。


そして、はたっと今の状況に気が付いたらしい。


「まっ?!…ンんっ!!!」

制止の言葉は、私の唇で塞いだ。何度味わっても、飽きることのない甘美な唇。柔らかな感触を楽しむように、唇で何度も食む。

睫毛も触れ合えるのではないかという距離で、私はミカゲと見つめ合いながら、口づけを楽しんだ。腰を抱いていた手をそっと離して、ミカゲの左耳に髪を掛ける。


そこには、私と揃いの耳飾りに、私色の宝石。この光景を撮影しているであろう魔道具に向かって、私はそれを見せつけた。そして、牽制するように、宝石と同じ色の瞳で睨みつける。


これは、私のものだ。
誰にも、渡さない。


そこかしこで、悲鳴が聞こえた。

私を目当てにしていた者からは、ミカゲという清廉潔白で、月を思わせる美しい人物に、勝ち目などないという、諦めの声。
ミカゲを目当てにしていた者は、その番が誰なのかを認識して、驚愕と落胆。


私との口づけは、大きく闘技場の画面に映し出されていることだろう。

……奥ゆかしいミカゲには言わないが……。
言ったら、一週間は口を聞いてくれないかもしれない。


再び腰を抱いて、ミカゲとのキスを味わおうとすると、腕の中のミカゲが、プルプル震え出した。羞恥のあまり顔を真っ赤にしながら、どうやら息をすることも忘れているらしい。


もう、可愛すぎるではないか!

ずっと見ていたいが、さすがに限界かと思い、唇を離す。


「ぷはっ!」

盛大に息継ぎをしたミカゲは、はぁはぁと苦し気に呼吸を繰り返す。


この国では、人前でキスをするくらい、日常茶飯事だというのに。常日頃、ミカゲには拒否される。なんでも、ミカゲの生まれた国では、恋人同士であっても、人前では手を繋ぐくらいしかしないらしい。


目元には涙が溜まって、潤んだ瞳で見上げられた。髪を切って良く見えるようになった首元まで、真っ赤に染めあがっている

恥かしさからか、僅かに身体は震えて、繋がれた私の手を無意識にキュっと握っている。


思わず、ゴクッっと喉が鳴ったのは許してほしい。


これ以上、この顔を見ていたら、私の抑えが効かない。
そして、これ以上、清廉な花が綻んでいくのを見せたくない。手に持っていた黒色のコートを、バサリとミカゲの頭から被らせる。


「……相変わらず初心で、可愛い。……でも、その顔は、皆には見せてやらない。」

そのまま、膝裏に手を回して持ち上げる。男にしては軽い身体を抱き上げると、ミカゲはなされるがまま、私に身を預けた。


ミカゲは、コートを自分に引き寄せながら、身を隠すように小さくなる。頭も胸に預けて、縋るように私の胸元の服を引っ張った。


本当に、本当に小さな、
ミカゲの声が聞こえた。


「………バカ。」

「~~~っ!!!」


もう、これは良いのではないか?

こんな最強で、最上級に可愛い嫁を、
食べないでいられる男はいるのか?


強くミカゲの身体を抱きしめながら、蒼炎騎士団の控室も通り過ぎようとした、その時だ。


『……スフェン、気持ちは分かるが、私室に連れ込むなよ?表彰式があんだろが。俺の前に連れてこい。』

アレク兄上からの伝達魔法に、私は盛大に舌打ちをした。はぁああ、と深くため息を吐く。


「………分かりました。」

『なんだその間は。当然だろうが。』

幸い、表彰式までは準備に時間がかかるから、空き部屋でミカゲの機嫌を戻そう。


それから表彰式までの間、ミカゲの頭を梳きながら宥めたのは言うまでもない。「……今度やったら、口きかない。」「本当に恥ずかしかったんだぞ。」と、ミカゲは終始不満げだった。


どうすれば、機嫌がなおってくれるだろうか。
そういえば……。


「……そういえば、ミカゲのお願いってなんだったんだ?」

試合中に問いかけてたが、そういえば有耶無耶になっていたミカゲは一体、私に何をお願いしたいのだろうか……。


そう聞くと、ミカゲはなんだか途端に狼狽えた。「…いや、その……。」と、歯切れが悪く、視線も落ち着きがない。そんな、えげつないことをお願いするつもりだったのか?


「ミカゲ……?」

私がどうしても聞きたいと、ミカゲに甘えるように頬にキスをして、次の言葉を促した。黒に近い蒼色の目は、ほんの少しだけ不安げに揺れる。


「………スフェンと………。」

「私と?」

「……スフェンと二人きりで、一日中王都を歩きたい……。」


そう言うと、ミカゲは  ポツポツと言葉を続ける。


「本当は、スフェンと同じ日に休みを貰えるように、それを褒美にしてもらおうと思っていたんだ。いつもより、一緒に居られるかなって。でも、スフェンがお願いを聞いてくれるって言うから……、その……。」


ちょっと、我儘を言おうとしたんだ、と。


「ミカゲ!」

「うわっ!」

私は居ても経ってもいられず、ミカゲに思いっきり抱きしめる。


どうしてこうも、ミカゲはいじらしいんだ。
そんな願い、我儘の内にも入らないではないか。

そう言えば、お互いに仕事が忙しいから、会えるのはいつも仕事後の夜。僅かな時間しか会えなかった。それに、毎日会えるわけではない。私の仕事が多忙ということもあってか、ミカゲが遠慮して私室に来ないこともある。


そして、邪神の討伐後もその後の処理や、武道大会などの準備もあり、思いかえせば、二人きりで出かけたことなど、ないかもしれない。……これは、私が悪い。


「そんなこと、我儘でもなんでもない。ミカゲに寂しい思いをさせていたな。今度の休みは、一緒に出かけよう。一日中、ミカゲと一緒だ。」


これまで働きづめだったのだから、王に休暇を申し出てもいいだろう。こうなったら長期休暇でも申請しようか。そこは、ヒューズとも相談だな。


ミカゲは私の言葉に、花が綻ぶように破顔した。内側から溢れる、幸せそうに笑う姿に、私は泣きそうなほどに嬉しくなった。


ああ、この愛しい人の、
この笑顔をずっと見ていたい。


ミカゲを表彰台へと連れて行き、武道大会は無事に閉幕したのだった。



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