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番外編(王立騎士・魔導士団対抗武道大会)

閉幕

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「……はあ、こうもたたみ掛けられるとは……。ミカゲは私を殺す気か?」


白と銀の渦に閉じ込めたスフェンから、ため息交じりのぼやきが聞こえる。


まあ、少しだけ、気合を入れ過ぎたのは否定しない。

……殺す気はないけど。防御結界が発動するなら、いいかなって。

少し、やり過ぎたか……?


ピリッ、ビリッという、不穏な刺激と音が、微かに伝わってくる。どうやら、心配なんてしなくても、良かったようだ。油断できない。


「ミカゲの魔法は美しく、気高い。本当に惚れ直すよ。……まあ、負けないけどな。」


太陽の光が、一線差す。金色の切っ先が、白色の渦から顔を覗かせて輝いた。俺はすかさず身構えて、攻撃に備える。


銀と白色の冷気の渦に、ゴロゴロという重く響く音と、白に近い金色の閃光が走った。やがて、その閃光は渦全体に広がり、怪しく雷音が響く。


「雷雪(らいせつ)」

「っ!」


その言葉と同時に、強風が俺の身体を襲った。剣を地面に突きたて、必死に耐える。闘技場全体に強風が吹き荒れ、土を覆っていた真っ白な雪が舞い上がる。


しんしんと降っていた雪は、風に横凪ぎにされて吹雪に変わる。視界が真っ白な冷たい霧に包まれる中、眩しい閃光が地面へ落ちた。


雷を伴った雪のことを『雷雪』という。
竜巻と共にみられる自然現象。


ドゴォオオーン!という轟音とともに、閃光は次々と闘技場の地面を突き刺した。『感知』でなんとか回避はしているものの、避けるだけで神経を使う。

視界は光の眩しさに眩んで、使い物にならない。感覚だけが頼りだった。


「っ?!!」

闘技場内を駆けまわる中、スフェンが地面にストっと降り立つ。そのまま、長剣を俺の方向に向かって、横に払う。


途端に、地面から金色の波動が扇状に広がった。俺に向かって、光の壁が押し寄せる。


「ぐっ!」

地上に居ては逃げ場がない。闘技場の壁際まで追いやられた俺は、壁を勢いよく蹴った。上空に氷で長方形の足場を作り、駆けた。


やられっぱなしなんて、嫌だ!


「氷剣!」

雷から逃げながら、周囲に氷の剣を複数作り出す。
そのまま、闘技場の真ん中にいるスフェンに向かって、一斉に切っ先を向けて放った。スフェンが光魔法で頭上に結界を張り、難なくと防いでいる。


防がれるのは承知の上だ。


俺は、氷の壁を頭上作ると、氷の土台を蹴って、くるんと宙返りをした。頭上の壁に足をトンっと付ける。そして、風魔法でブーストを掛けて、頭から一気に真下に降下した。


ヒュッという風圧に、俺の真っ白な髪が後ろへと靡いていく。風魔法で最低限の風圧を抑えつつ、日本刀を右手に握りしめた。左手を前に出し、日本刀の切っ先を目線の高さに合わせる。


キンッ。キンッ。キンッ。


魔力を一気に集中する。銀色だった日本刀の刃に、雪を思わせる白色の模様が幾重にも浮かんだ。やがて白色に鈍く光る刃に変わる。


そして、氷結晶同士が固まってできた3つの輪が、刃を囲った。地上が眼下に迫るにつれて、その輪は次第に大きくなっていく。スフェンの頭上にある防御結界に向けて。思いっきり刃を突きたてた。


「貫け!!」


パリンッ!!


「なっ?!」


スフェンの驚いた顔が、壊れた防御結界の破片越しに見えた目の前にあった金色の障壁が、ガラスのように砕けた。
防御結界に衝突した衝撃で、冷気が爆発し、先ほどよりも雪深くなった地面。地上に降り立った俺は、すぐに日本刀を振り下ろして、スフェンと剣を交えた。


驚いたスフェンに、さらに魔法を繰り出す時間を与えない。素早く腕と身体を動かす。正直もう、魔力も体力も限界に近い。俺の攻撃を受け止めたスフェンも、息が随分上がっている。


ここで、終わらせる!


スフェンは慣れない雪の足元に体勢を崩した。すかさず剣を振り下ろして、鍔迫り合いになる。ギシギシと、鍔と刃が力で擦れる音がする。

お互いの顔が近づいたときに、スフェンがぐっと歯を食いしばりながら呟いた。


「……ミカゲは、私にどんなお願いをするんだ?」

「……??」


なぜ、今その話を?
スフェンの意図が分からずに、俺はスフェンの美貌の顔を見返した。


ゆっくりと、形の良い唇が言葉を紡ぐ。


「……私の願いは、ここで……。」


ギリギリと、まだお互いに力を入れたまま、剣は交わっている。


どちらかが、力を緩めれば、
一気に勝敗が決まるような、そんな気がした。


「……ミカゲに、××××××。」


鍔迫り合いをしている最中、ギリギリと交わる真剣とは対照的な。耳に低く、甘えるように囁かれた声。


「っ?!?!!」


動揺してしまった俺は、一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、柄の握りが緩くなった。


そこを、スフェンが見逃すはずがない。

カキンッ!!

甲高く、金属の弾き飛ばされる一音が、闘技場を劈いた。じんっと、両手に重い衝撃としびれが走る。ヒュンッ!という速さで、日本刀が弧を描いて宙に投げ出される。


刀を弾き飛ばされた衝撃で、俺の両腕は頭上へと持ち上げられていた。両腕を降ろすのにも、筋肉が一瞬強張って、振り下ろせない。


そんな、数秒の刹那。


頭上に上がっていた両手首を、絡め取った大きな手。その手は、さらに後ろに力を入れて俺を押す。腰には温かな体温。身体が後ろに傾いていく。


あっ。


背中に冷たさが伝わる。雪に覆われた地面は、ぽふっと俺を包んだ。粉雪が辺りに舞って、そして俺の身体に小雨のように降ってくる。冷たい。


「……捕まえた。」

大きな手の平が、俺の右胸にトンっと置かれる。ピキピキと、何かに亀裂が走る音が聞こえた。試しに両手を少し動かして抵抗したが、スフェンの長剣の柄ごと、手首を抑え込まれている。


足には重みがのしかかる。馬乗り状態だ。くそっ。


パリンっ。


右胸に付けていた、紫色の魔石が静かに割れた。俺の身体を、温かな光の膜が覆う。


「やめ!……勝者、蒼炎騎士団団長、スフェレライト、グラディウス!!」


怒涛の魔法での戦闘に、会場は水を打ったように、シンっ、と静まり返っていた。一即置いたあと、誰かの「す、すげぇ。」という呟きが引き金になって、その後に大地を揺るがす完成が響き渡る。


「なんだ、今の戦闘は!!これが蒼炎騎士団の本来の姿か!」
「ていうか、雷落ちた!めっちゃ、近くに落ちた!怖っ。」
「氷魔法の綺麗さに、あの威力……。」

もう会場は割れんばかりの、興奮した声が響いている。


俺は魔法を解除して、白雪の地面が土に戻す。

そっとスフェンが俺の右手を引っ張って、抱き起してくれた。試合の勝者であるスフェンに、審判員が近づいて、勝者の証である黒色のコートを羽織らせようとする。それを、スフェンは手で受け取るのを、俺はぼんやりと見ていた。


日本刀を鞘に納めつつ、内心はだいぶ拗ねていた。

スフェンの顔を見るのが、少しばかり癪に触った。正面にある美貌の顔から、わざとフイっ、と顔を背ける。


「………ズルい。」


俺はエメラルドの瞳を、ジトっと睨んだ。


「いつも冷静に動揺するなと、ヒューズも言っているだろう?」

悪戯が成功したと言うように、スフェンはにっこりと笑った。
スフェンのあの言葉さえなければ、スフェンを追い詰めれたかも知れないのに……。


「……それじゃあ、約束な。」

「っえ?」


いきなり近づいてきたかと思うと、腰に手を回される。そのまま右手も長い指に取られ、指先を絡め取られた。


彫刻のような美貌が、目の前に迫る。深緑色の瞳は、美しい神秘の宝石のようで、思わず魅入ってしまった。


やっぱり、陽光の下に輝く、この色が一番綺麗だな。


……なんて、呑気に考えていた自分を、殴りたい。


「まっ?!…ンんっ!!!」


唇に柔らかな感触。目を見張っていると、金色の睫毛に縁どられたエメラルドの瞳が、楽し気に細められた。触れるだけのキス。


そこかしこで、黄色い歓声と悲鳴が聞こえる。男の雄叫びとか、悔し泣きも聞こえてくるのは、聞き間違えだろうか?


というか……、長い。


「ぷはっ!」

やっとのことで、唇が離れていく。息を止めていたようで、苦しくなって、肩ではぁはぁと息をした。


スフェンが試合中に言った言葉。それは……。


『……私の願いは、ここでミカゲに、キスをしたい。』


そんなお願いだとは、一ミリも思っていなかった。俺は、明らかに動揺してしまった。


この国は確かに、恋人同士のスキンシップも開放的だ。恋人や夫婦が路上でキスをしているのなんて、よく見かける。以前の世界で言う、外国の感覚に近い。
それよりも、もっとオープンかもしれない。


人前での、キスなんて、きっとこの世界の人にとっては軽いスキンシップなのだろう。


でも、日本生まれの俺にとっては、どうしても恥ずかしい。
恥かしくて、倒れてしまいそうだ。


「……相変わらず初心で、可愛い。……でも、その顔は、皆には見せてやらない。」


そう言って、先ほど受け取った黒色のコートを、俺の頭の上から被せてくる。俺はもう、皆にキスするのを見られたという、あまりの羞恥に顔から火が出ていた。

頭からも湯気が出ていそうで、もう動けない。


いつの間にか、身体が宙に浮いていて、俺はスフェンにお姫様抱っこをされていた。これ以上、俺に恥かしいことをしないでくれ!!


コートに俺の身体が全て隠れるように、俺は小さくなってスフェンに空き部屋へと連れ去られたのだった。


これにて、全試合が終了して表彰式が行われた。


例年通り、各部門で団長たちが圧勝。蒼炎騎士団員は、4部門で3位以内に入賞し、大健闘だった。

王様から直々に賞与を貰った。王様は意地の悪い笑顔で俺に囁いた。『見せつけてくれて、随分と面白かった。』と。恥ずかしいので、記憶から消してほしい。


そんなこんなで、武道大会は無事に閉会したのだった。



後日、俺とスフェンは、なぜか王様主催のお茶会に呼ばれた。紅茶を飲みながら、真剣な表情をした王様に、こう切り出された。


「お前たちに王命を出す。永遠に、夫婦仲良くイチャコラしろ。……夫婦喧嘩なんてされたら、国が……。いや、世界が亡びる。」


……いやいや、そんな王命、冗談ですよね?



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