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番外編(エリオットside)
不思議な猫と僕(エリオットside)
しおりを挟む窓から見える空は、今日も青くて雲一つない。暖かな日の光が部屋に入ってきて、ベッドまでほんのりと暖かくしてくれる。キャッ、キャッと小さい子たちが外で遊んでいる声が聞こえて、窓から庭を見下ろした。
小さな噴水のある庭は、花壇や畑もあるし、子供たちが走り回れるようにとても広い。孤児院の大人と交じって、年下の子たちが元気よく遊んでいた。
この孤児院に連れてこられたのは、数か月前。
火山麓にある盗賊のアジトで、僕を含めて5人の子供たちが働かされていた。
盗賊のアジトでは、たくさんの子供が働かされていたけど、皆、亡くなってしまった。もし、あのフードを被った男の人に連れ出されなかったら、僕たち5人は、遅かれ早かれ、全員死んでいた。
あんな盗賊のいる場所に客としてくる人だから、あの男の人だって悪いことをしているには違いなかった。
でも、僕たちにとっては救世主だった。
怪我をした僕たちを、あの人は治癒魔法で治療してくれた。治癒魔法をされたのは、生まれて初めてだった。あの金色の光を忘れることはない。
とても暖かくて、優しくて、綺麗な光だった。
部屋に入ってくる陽の光のように、穏やかな光に包まれたのを、今でもしっかりと覚えている。
あんなに綺麗で、優しい魔法が出来る人が、悪者だということが信じられない。会えることはきっとないけれど、もしも会えたのだとしたら、お礼を言いたい。
僕たちを救ってくれて、ありがとうって。
最初は桃色の花からできる粉を、どうして作っているのか、何に使っているのか、全然分からなかった。
僕の仕事は、桃色の花を乾燥させた後に、石臼で粉にすることだった。布で鼻と口を隠して仕事をしてみたけど、それでも舞い上がった粉を吸ってしまうことはよくあった。
桃色の花の粉を吸ってしまった年上の子供たちは、やせ細って死んでしまったのだ。
あの桃色の花は、「毒」だと分かった。
時々身体の中を、何か黒いものが蠢いて、ドロリと溶かされている感覚になる。そういうときは、息苦しくて、吐き気もして、頭が痛くなる。
色んな音とか、大人たちの罵声とか、暴力をされていた時の痛みを思い出して、頭が割れそうなほどに響いて痛む。
自分でも現実ではないって分かっている。
でも、怖かったことが一気に頭の中に押し寄せてくるから、大声を出して叫びたくなってしまう。
それを、僕はどうにかして布団に突っ伏して耐える。
夜は、一番怖い。眠ると大体、怖い夢を見て飛び起きる。
最近は夜中に何度も起きるから、寝不足になって頭がぼうっとするんだ。以前死んでいった子たちが、夜中に悲鳴を上げていたことを思い出す。
僕はもう、長くは生きられない。
亡くなった子たちと、同じような様子になっている自分。
死んでいくのかと思うとすごく怖い。やっと、こんなに優しくて、温かい場所に居られるのに。
哀しい。悔しい。怖い。
もっと、もっと、生きていたい。
でも、僕は花を粉にする係になったときから、何となく覚悟はしていたんだ。もう、死んじゃうんだろうなって。
父さんと母さんに、また会えるかなって。
今も、こんなに苦しいけど、母さんと父さんに会えるなら、もう良いかなって思うんだ。優しくて温かい両親に会いたい。ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてほしい。
僕は、貧乏だったけど、とても優しい、父さんと母さんから生まれた。今でも、父さんと母さんの笑顔と、声を思い出せる。二人の間に入って、手を繋いで家に帰った思い出もあるんだ。
僕が6歳の時に、両親は病気で亡くなった。
しばらくは一人で暮らしていたけど、家賃を払えって男の人がやって来た。払えないって言ったら、あの盗賊のアジトに連れて行かれたんだ。
そこからは、毎日がとても辛かった。
僕は、両親にこう言われて育った。
『優しさを分け与えなさい』って。
盗賊のアジトにいた子たちは、ほとんどが親の顔を知らない子や、親に捨てられた子たちが多かった。
11歳のカイとクレイ、9歳のハルバ、8歳の女の子のセリカ。
この4人も、親に捨てられたり、親を知らない子たちだった。
それなのに、こんなに過酷な場所で、休みなく働かされて……。皆が声を出さずに泣いていた。心の中も、皆がボロボロで。
辛くて、哀しくて、悲鳴を上げていたんだ。
僕は、愛情がどんなのか知っている。そして、小さい子は、大きい子が守る存在だっていうことも、両親から教わったんだ。
だから、僕はあの4人を守ると決めた。
少しだけでも、辛いのが無くなればいい。
僕では、本当に少ししか辛さは減らないだろうけど。
それに……。これは、本当に自分勝手な理由だけど。
良いことをしたら、きっと天国にいる両親も、褒めてくれるだろうって思ったんだ。
なるべく一緒にいるようにして。泣いている子がいるときは、背中を擦って一緒に眠った。
大人たちに、気分で叩かれることもあったけど、そういうときは、部屋の隅で皆で丸くなって固まった。一人でいれば、集中的に殴られてしまうから。
その日は、孤児院にお客様がたくさん来た。小さい子たちの、はしゃいでいる賑やかな声が、僕の部屋まで聞こえてきていたから。
僕の部屋にも、イフェスティアの領主様と、冒険者の人たちが来てくれた。
つい最近、この街でスタンピードがあった。僕は避難した建物の中で、冒険者の人たちの戦う姿を見ていた。剣や魔法で戦っている姿は、本当に逞しくて、カッコよかった。
自由に世界を回って、自分の好きな場所に行って、好きなモノを見る。自分のしたいことをする。そんな冒険の生活に、すごく憧れた。
僕の部屋を訪ねてくれたのは、3人の冒険者の人だった。
ヴェスターさんは、僕に治癒魔法をしてくれて、穏やかな微笑が優しそうなお兄さん。
スフェレライトさんは、王子様みたいキラキラした、カッコイイ人。
そして、ミカゲさんは、すごく綺麗で優しい。最初に見たときは、本で見る女神様に似ているなって思った。
僕が冒険の話を聞きたいと言うと、皆快く話をしてくれた。不思議なダンジョンの話や、綺麗な景色、面白い魔物の話。ずっと聞いていたいくらい、楽しかった。
話の合間に、ミカゲさんが魔物の図鑑や、ダンジョンマップを見せてくれた。手に入れたアイテムも見せてくれて、すごくわくわくしたんだ。
楽しかったのに、僕はいつの間にか疲れて眠ってしまった。もっと話を聞きたかったのにな……。
そう思っていたら、夕食の時間になっていた。僕は、皆と一緒に食堂で食べられないから、部屋にまで夕食を職員の人が運んできてくれる。夕食の乗ったワゴンを押している職員さんと一緒に、孤児院の皆が僕の様子を見に来てくれた。
毎日様子を見に来てくれるけど、今日は皆なんだかソワソワしている。
「みんな、すごく可愛いよ。お姫様みたいだ。」
薄い水色の氷でできた、お花の髪飾りを女の子たちはしていた。
すごい。氷でできた花なんて見たことが無いし、本物の花以上に輝いて綺麗だった。
皆もそれぞれが髪の毛を可愛く結って、おしゃれだ。
セリカはくるりと回って、笑顔になって僕に見せてくれた。きちんと手入れをされた髪が、ほんの少し長くなっている。
僕も、嬉しくて微笑んだ。
とっても似合っていて、素敵だよ。セリカ。
「それとねー、エリ兄にプレゼントがあるの!」
元気な女の子たちが、そう言いながら道を開ける。
カイとクレノが、左右で布を持って横に広げている。どうやら、後ろに何か隠しているようだ。
その後ろにはハルバがいて、「あっ!うごいちゃだめ!!」と、焦った声が聞こえて可笑しかった。
何をプレゼントしてくれるのだろう?
「せーの!!」
掛け声とともに、カイとクレノが布をバッ!と上に翻す。ハルバに支えられながら、孤児院で一番年下のトレノが、胸の中に一生懸命何かを抱っこしていた。
それは、白いふわふわした、不思議な猫だった。
目の色は左右で違って、左が緑色、右が水色の綺麗な目。
前足をトレノの細い腕にだらりと預けながら、お尻の部分はハルバが支えて、可愛い後ろ足を前に出している。
ゆらゆらと、白くて長い尻尾が揺れていた。
「……エリく、……ねこちゃん。」
うん。猫ちゃんだね。
でも……?普通の猫じゃない?
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