上 下
92 / 136
第九章 真相

誘惑

しおりを挟む

『そうだよ。私が邪神シユウを、この世界に招き入れたんだ。』


心地よい空間に、温かな風が吹く。
精霊王ベリルの言葉は、静寂な部屋の中にただ穏やかに響いた。

どうして。


「……なぜ…?そんなことをしたら、自分たち精霊の力も弱まるのに……。」

邪神シユウの邪気のせいで、精霊たちはとても苦しんでいた。精霊は精霊王の仲間。精霊たちの力が弱まれば、自然と精霊王であるベリルの力だって弱まってしまうのでは?

自分の力が弱まってまで、成し遂げたかったことがあるのだろうか?


「……それはね、美影に『神殺し』をしてもらうためだよ。」


少しばかり子供っぽくなった口調で、精霊王ベリルは宣った。


「……『神殺し』。」

セラフィス枢機卿も言っていた言葉だ。


「……人が『神殺し』をすると、人間ではなくなる。神域に住む者に近い存在になる。老いることも、死ぬこともない。私たちと似たような存在になるんだよ。」

神界に近い存在。不老不死の身体に、人間界をいとも簡単に操れるほどの強い力。

『神殺し』は、人間が神に成り代わるようなものだった。


「だから邪神シユウという、『神』を美影に殺してもらうことにした。美影が『神殺し』をすれば、私とずっと一緒にいられるでしょ?寿命も飢えもない。その美しい姿のまま、永遠に一緒に暮らせた。」


俺と一緒にいたい。それだけの理由のため。


「……でも、寸前で邪魔をされたね。……まさか、『神殺し』の記録を残していたなんて……。邪神シユウを消滅させたのはセラフィスだ。『神殺し』は、あの男がしたことになってしまった。」


セラフィス枢機卿は、神官という職業柄、神話や伝承に詳しかった。神殿本部の禁術書には、『神殺し』の記載がされていた本が残っていたのだろう。
だから、セラフィス枢機卿は俺に、「『神殺し』をしてはいけない。」と忠告してくれたのだ。


「こうなってしまえば、仕方がない。」

そう呟いた後、ベリルの薄緑色の瞳が俺の目を捕らえる。春の息吹を感じさせる、美しい薄緑色の瞳の奥は、なんだか暗い色をしている気がした。


「私はね。ずっと、美影の小さなころから、恋焦がれていた。例え、その瞳が私の姿を映さない様になったとしても。ずっと見守り続けていた。大好きな、愛おしい美影。」


するりと、両頬を細長く美しい手で包まれる。きめ細やかな肌は、絹のように滑らかだ。
いつもなら、その温かな体温に心が穏やかになるのに。


「ねえ、美影。私とずっと一緒に居よう。」


俺の左耳に、そっとベリルの指が伸ばされた。
そこには、いつの間にか蒼色の宝石と、銀色の装飾が施された耳飾りが付いている。
耳飾りに触れられたことで記憶が蘇る。


この耳飾りを、幼い頃は毎日眺めていた。触ると温かさを感じて、見ていると心が落ち着いた。とても綺麗で、俺のお気に入りだった。


見えなくなったのは、父が俺の力を封じたとき。
この耳飾りの記憶さえも、失っていた。


この世界に来て、記憶も力も戻ったけど、この耳飾りのことだけは、今の今まで思い出せなかった。


幼い頃に会った、一人の男の子。
すごく嫌な感じのする怪我をしていて、浄化をしたら怪我が治った。
外国人のような白銀の髪、翡翠色の瞳。
一緒に遊んで仲良くなって、この耳飾りを贈り物としてくれた、穏やかな瞳。優しい笑顔。


「愛しているよ。もう、大好きなんだ。」


それは、それは愛しそうに。
ぎゅっと、ベリルに抱き締められる。


「この領域で、一緒に暮らそう。嫌なことも、苦しいこともない。美影にはいずれ寿命がくるけど、魂だけになっても一緒にいよう。この領域の魂は、輪廻の渦に乗らない。永遠を共にしよう。」


辛い、苦しいことばかりの人間界に、
ずっといることなんてないんだよ。
ここなら、何も失わない。


それは、俺を堕落させる誘いだった。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...