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第九章 真相

セラフィス枢機卿の手記 1

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シュティレライト殿下は、地下の広間へと残り、引き続き魔法陣の調査をするそうだ。

俺たちは皇太子殿下に神殿本部を案内される。階段をいくつか昇り、今度は建物の上へと足を進めた。


「……ここは…。」

俺は見慣れた部屋のドアを見て、立ち止まる。
次に案内されたのは、セラフィス枢機卿の私室だった。部屋には鍵がかかっておらず、木製の扉を皇太子殿下が開けてくれる。


「……?ミカゲはここに入ったことがあるのか?」

俺の様子に、スフェンが疑問に思ったのだろう。神殿本部に転移させられ、最初に見たのがこの部屋だと告げると、ものすごく心配された。


「大丈夫か?何もされていないか?」

迫りくるスフェンに、俺は安心してもらえるよう微笑みながら、何もされていない旨を伝えた。
ほっと溜息をつくスフェンを見て、不謹慎にも嬉しく思ってしまう。

俺を心配してくれるスフェンの気持ちが、とても嬉しい。


室内は、以前訪れたときのまま、質素で整然としていた。
皇太子殿下は簡素な机に近づくと、一冊の本を手に取る。

神官は、日々の最後の時間に、己の行動を見直すため手記を書く習慣があるのだそうだ。セラフィス枢機卿も同様で、皇太子殿下が手に持ったのはセラフィス枢機卿の手記だった。


手記は分厚い本になっていて、金具で留められていた形跡があった。証拠資料として、無理矢理に解錠したらしい。


皇太子殿下が、俺に手記を手渡してくれた。
手記には、事細かに事の成り行きが記載されていた。


_________________________________

×××年×月×日

神殿本部からの呼び出しを受けた。

教皇の様子が、以前と全く違う。どこか邪悪で、凶悪な威圧感が漂っている。
欲にまみれただけの人が、今は別人のようだ。


教皇は私に、「我は邪神シユウである。教皇はこの世にはいない。」と宣った。
にわかには信じがたいが、別人のような姿に妙に納得した。


教皇の身体を奪った邪神シユウは、私にある提案を持ちかける。

この世を、壊してみないかと。

お前はこの世界に納得していない。それをひしひしと感じる。
ならば、私の力を使ってこの世界を壊し、理想の世界を作ろう。その力が、我にはある。


荒唐無稽な話である。しかし、ある意味、私にとっては誘惑だった。

例え、枢機卿という地位についても、現状を打破できない自分に嫌気がさしていた。

それなら、戯言でも良い。
この腐った世界を変えれるならと、縋ってしまった。


この世界について、大まかに邪神シユウに説明した。
魔物と精霊の話には、大層関心があるようだった。


邪神シユウには、ある術の知識を得た。『コドク』という恐ろしい代物だ。

教皇のタグを使用し禁術書も閲覧した。有効な禁忌魔法が見つかってしまった。


私は、これからどうなるのだろうか。


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×××年×月×日

神殿本部に、多くの神官を招集した。本来上位神官しか入れないが、下位の神官も招き入れた。

その全ての神官が、悪に手を染めている連中だ。

証拠の資料は私の部屋に揃っている。
幼気な神官見習いに、性的な関係を強要した者、人身売買した者、法外な治療費を国民から徴収した者。

神官の風上にも置けない、汚れた者たちだ。

神官たちは、教皇を見て恭しく頭を垂れた。
教皇に据え変わった邪神シユウが、『面を上げよ』と命じる。

その時、邪神シユウの目が赤黒く光ったのを、私は玉座の横で見ていた。そして、次に邪神シユウは命令をした。『殺し合え』と。


その後の光景を、私は忘れることはないだろう。地獄絵図だった。長い時間、教皇の間には血肉の裂かれる音と、骨を砕く鈍い音が響いた。


最後の一人が生き残ったとき、邪神シユウが私に指示を出す。

強制魔力付与を施した魔石を、生き残りに持たせよと。

生き残った神官に魔石を持たせる。その神官の服は、誰の血なのか分からないもので、真っ赤に染まっていた。もはや、白い布部分はなかった。


神官の全身が、砂のように消えていく。
生きながらにして魔力を吸われているのに、その神官は恍惚ともいえる顔をしていた。


透明だった魔石は、血の色をした瞳孔に似た石となる。

邪神シユウは、私にその魔石を手渡した。


『これは、そなたにやる。この石をあと6つ用意せよ。精霊とやらの棲み処に置け。……これで、世界が我らの手に墜ちる。』


石は、私の手に負える代物ではないと、すぐに分かった。ただ、これがあれば魔力に際限がない。
大量の魔力を必要とする『洗脳』も、可能になる。


私はもう、後には戻れない。


_________________________________


×××年×月×日


私は、ある神官見習いとともに、貴族の屋敷に赴いた。その名前を忘れたことなどない。

表向きは由緒正しく、真面目な貴族。裏の顔は、人身売買に麻薬の密輸、ホコリだらけの貴族だった。

『洗脳』を使って屋敷に侵入し、屋敷の全員を室内に集めて戦わせた。もちろん、元この館の子息であった神官見習いもだ。

私はわざと、神官見習いが生き残るように魔法を施した。私は生き残った彼と共に、木精霊の棲み処近くまで赴いた。

私は、彼に憎悪の念を、長年抱き続けてきた。


よくも、人々を弄んだな。
被害者の数は、数十人では足りなかった。

神殿に助けを求めた者もいたが、貴族の権力でどうにもできなかった。

年若い女性たちの葬儀を、何度私は目にしただろうか。
中には、身体に複数の痣があった女性や、美少年もいた。


その身体を持って、罪を償え。

私は初めて、自分の手で人を殺めた。
ただの殺人を犯す咎人と化した。


心臓を一突きしたが、彼には何の抵抗もされなかった。ただ虚無の瞳が生気を失くしていくのを、この目で見届けた。そして、魔石に彼を吸収させ、魔石を地面に埋めた。


近くの川で血を洗ったが、なかなか取れない。彼の血が私の手に伝ったときの感触が、こびり付いて離れない。
罪を犯した、私への呪縛だろう。


________________________________


×××年×月×日


久しぶりに王都に帰還した。
王都の神殿は嫌いだ。欲望にまみれ、吐き気がする。


会議の休憩時間に、神殿の外に出るとスフェレライト殿下とお会いできた。

立派に成長された。ヒューズとスフェレライト殿下が一緒になって、授業を抜け出したり、悪戯をされていたときのことが、懐かしい。

随分とお疲れだったから、治癒魔法をさせていただいた。相変わらず、眩しい方だ。


スフェレライト殿下は、『ミカゲ』という、それは美しく凛とした青年と一緒にいた。

『ミカゲ』を見るスフェレライト殿下が、優し気な表情をしている。
長年、人前では冷たい表情だったスフェレライト殿下にとって、とても良い変化だ。


『ミカゲ』は、今まであった誰よりも、清らかな雰囲気を纏っていた。

スフェレライト殿下に、彼にも治癒魔法をしてほしいとお願いされた。実はお願いされる前から、私は『ミカゲ』の清らかさに惹きつけられていた。


触れてみたい。
この清廉潔白な、澄み渡った美しき宝石に。


だが、私の願いは叶わなかった。『ミカゲ』に触れようとした瞬間、魔石の雷に私の身体が蝕まれた。
さらに、ミカゲに触れようとした手は、何かによって大きく弾かれた。


まるで、拒絶されたかのようだった。


『ミカゲ』も何か感じ取ったようで、お互いに後退って驚いた顔をする。


ああ、私はもう穢れた存在なのだ。

この、魂さえ真に美しい者に、触れられぬほど、
私は汚れてしまった。


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×××年×月×日


突然、スフェレライト殿下が『異端』とされた。
これは一体どういうことか。神殿本部に抗議をした。


すると、邪神シユウから伝達魔法が届いた。魔石に動く絵が送られてくる。


そこには、狂暴化した魔物と戦う、白髪の青年の姿が映しだされていた。間違いない。
王都であった『ミカゲ』ではないか。


異国の呪文を唱えたミカゲは、魔石の邪気を綺麗な空気へと『浄化』していた。


神官の『浄化』とは全く格が違う。とても清らかで、そこにあるもの全てを澄んだ風が通り抜けて行く。
ミカゲが魔物に埋め込まれた魔石を、砕く音が聞こえた。


どうやら、『ミカゲ』は敵のようだ。

そして、スフェレライト殿下は、『ミカゲ』と共に行動しているらしい。


どうして、こうも世の中は残酷なのか。

私が惹きつけられるもの、守りたいものは、
私の仇となる。


邪神シユウは、『ミカゲ』に大層執着している。
絶望を味合わせ、生け捕りにしろと。


もし、生け捕りにしてしまえば、
きっと残酷な仕打ちを受ける。

それこそ、生きていることさえ、後悔するほどの。
これは直観であり、おおむね事実だろう。


それでも、私は従うしかない。
あの清らかな青年を、邪神の毒牙に差し出さねばならない。


どうにかして、彼を異世界に還すことは、できないだろうか?


彼がこの世界からいなくなれば、問題は解決する。
異世界に帰還したとなれば、邪神シユウも手を出せない。


書庫にある禁術書を読み解いても、異世界へ還す方法が見つからない。


なにか、方法はないのか?
この世界から、ミカゲを隠す方法はないのか?


せめて彼の詳細は、邪神シユウには伝えないでおこう。


禁術の中には、相手の真名を縛って傀儡にするものがあった。


邪神シユウをこれ以上、喜ばせることは、したくない。


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手記には、各地での巡行と、魔石をいつ作ったのか等、詳細に記載されていた。その道中での、セラフィス枢機卿の感情の葛藤も。

また、俺はページをめくった。


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