89 / 136
第九章 真相
セラフィス枢機卿の手記 1
しおりを挟むシュティレライト殿下は、地下の広間へと残り、引き続き魔法陣の調査をするそうだ。
俺たちは皇太子殿下に神殿本部を案内される。階段をいくつか昇り、今度は建物の上へと足を進めた。
「……ここは…。」
俺は見慣れた部屋のドアを見て、立ち止まる。
次に案内されたのは、セラフィス枢機卿の私室だった。部屋には鍵がかかっておらず、木製の扉を皇太子殿下が開けてくれる。
「……?ミカゲはここに入ったことがあるのか?」
俺の様子に、スフェンが疑問に思ったのだろう。神殿本部に転移させられ、最初に見たのがこの部屋だと告げると、ものすごく心配された。
「大丈夫か?何もされていないか?」
迫りくるスフェンに、俺は安心してもらえるよう微笑みながら、何もされていない旨を伝えた。
ほっと溜息をつくスフェンを見て、不謹慎にも嬉しく思ってしまう。
俺を心配してくれるスフェンの気持ちが、とても嬉しい。
室内は、以前訪れたときのまま、質素で整然としていた。
皇太子殿下は簡素な机に近づくと、一冊の本を手に取る。
神官は、日々の最後の時間に、己の行動を見直すため手記を書く習慣があるのだそうだ。セラフィス枢機卿も同様で、皇太子殿下が手に持ったのはセラフィス枢機卿の手記だった。
手記は分厚い本になっていて、金具で留められていた形跡があった。証拠資料として、無理矢理に解錠したらしい。
皇太子殿下が、俺に手記を手渡してくれた。
手記には、事細かに事の成り行きが記載されていた。
_________________________________
×××年×月×日
神殿本部からの呼び出しを受けた。
教皇の様子が、以前と全く違う。どこか邪悪で、凶悪な威圧感が漂っている。
欲にまみれただけの人が、今は別人のようだ。
教皇は私に、「我は邪神シユウである。教皇はこの世にはいない。」と宣った。
にわかには信じがたいが、別人のような姿に妙に納得した。
教皇の身体を奪った邪神シユウは、私にある提案を持ちかける。
この世を、壊してみないかと。
お前はこの世界に納得していない。それをひしひしと感じる。
ならば、私の力を使ってこの世界を壊し、理想の世界を作ろう。その力が、我にはある。
荒唐無稽な話である。しかし、ある意味、私にとっては誘惑だった。
例え、枢機卿という地位についても、現状を打破できない自分に嫌気がさしていた。
それなら、戯言でも良い。
この腐った世界を変えれるならと、縋ってしまった。
この世界について、大まかに邪神シユウに説明した。
魔物と精霊の話には、大層関心があるようだった。
邪神シユウには、ある術の知識を得た。『コドク』という恐ろしい代物だ。
教皇のタグを使用し禁術書も閲覧した。有効な禁忌魔法が見つかってしまった。
私は、これからどうなるのだろうか。
_________________________________
×××年×月×日
神殿本部に、多くの神官を招集した。本来上位神官しか入れないが、下位の神官も招き入れた。
その全ての神官が、悪に手を染めている連中だ。
証拠の資料は私の部屋に揃っている。
幼気な神官見習いに、性的な関係を強要した者、人身売買した者、法外な治療費を国民から徴収した者。
神官の風上にも置けない、汚れた者たちだ。
神官たちは、教皇を見て恭しく頭を垂れた。
教皇に据え変わった邪神シユウが、『面を上げよ』と命じる。
その時、邪神シユウの目が赤黒く光ったのを、私は玉座の横で見ていた。そして、次に邪神シユウは命令をした。『殺し合え』と。
その後の光景を、私は忘れることはないだろう。地獄絵図だった。長い時間、教皇の間には血肉の裂かれる音と、骨を砕く鈍い音が響いた。
最後の一人が生き残ったとき、邪神シユウが私に指示を出す。
強制魔力付与を施した魔石を、生き残りに持たせよと。
生き残った神官に魔石を持たせる。その神官の服は、誰の血なのか分からないもので、真っ赤に染まっていた。もはや、白い布部分はなかった。
神官の全身が、砂のように消えていく。
生きながらにして魔力を吸われているのに、その神官は恍惚ともいえる顔をしていた。
透明だった魔石は、血の色をした瞳孔に似た石となる。
邪神シユウは、私にその魔石を手渡した。
『これは、そなたにやる。この石をあと6つ用意せよ。精霊とやらの棲み処に置け。……これで、世界が我らの手に墜ちる。』
石は、私の手に負える代物ではないと、すぐに分かった。ただ、これがあれば魔力に際限がない。
大量の魔力を必要とする『洗脳』も、可能になる。
私はもう、後には戻れない。
_________________________________
×××年×月×日
私は、ある神官見習いとともに、貴族の屋敷に赴いた。その名前を忘れたことなどない。
表向きは由緒正しく、真面目な貴族。裏の顔は、人身売買に麻薬の密輸、ホコリだらけの貴族だった。
『洗脳』を使って屋敷に侵入し、屋敷の全員を室内に集めて戦わせた。もちろん、元この館の子息であった神官見習いもだ。
私はわざと、神官見習いが生き残るように魔法を施した。私は生き残った彼と共に、木精霊の棲み処近くまで赴いた。
私は、彼に憎悪の念を、長年抱き続けてきた。
よくも、人々を弄んだな。
被害者の数は、数十人では足りなかった。
神殿に助けを求めた者もいたが、貴族の権力でどうにもできなかった。
年若い女性たちの葬儀を、何度私は目にしただろうか。
中には、身体に複数の痣があった女性や、美少年もいた。
その身体を持って、罪を償え。
私は初めて、自分の手で人を殺めた。
ただの殺人を犯す咎人と化した。
心臓を一突きしたが、彼には何の抵抗もされなかった。ただ虚無の瞳が生気を失くしていくのを、この目で見届けた。そして、魔石に彼を吸収させ、魔石を地面に埋めた。
近くの川で血を洗ったが、なかなか取れない。彼の血が私の手に伝ったときの感触が、こびり付いて離れない。
罪を犯した、私への呪縛だろう。
________________________________
×××年×月×日
久しぶりに王都に帰還した。
王都の神殿は嫌いだ。欲望にまみれ、吐き気がする。
会議の休憩時間に、神殿の外に出るとスフェレライト殿下とお会いできた。
立派に成長された。ヒューズとスフェレライト殿下が一緒になって、授業を抜け出したり、悪戯をされていたときのことが、懐かしい。
随分とお疲れだったから、治癒魔法をさせていただいた。相変わらず、眩しい方だ。
スフェレライト殿下は、『ミカゲ』という、それは美しく凛とした青年と一緒にいた。
『ミカゲ』を見るスフェレライト殿下が、優し気な表情をしている。
長年、人前では冷たい表情だったスフェレライト殿下にとって、とても良い変化だ。
『ミカゲ』は、今まであった誰よりも、清らかな雰囲気を纏っていた。
スフェレライト殿下に、彼にも治癒魔法をしてほしいとお願いされた。実はお願いされる前から、私は『ミカゲ』の清らかさに惹きつけられていた。
触れてみたい。
この清廉潔白な、澄み渡った美しき宝石に。
だが、私の願いは叶わなかった。『ミカゲ』に触れようとした瞬間、魔石の雷に私の身体が蝕まれた。
さらに、ミカゲに触れようとした手は、何かによって大きく弾かれた。
まるで、拒絶されたかのようだった。
『ミカゲ』も何か感じ取ったようで、お互いに後退って驚いた顔をする。
ああ、私はもう穢れた存在なのだ。
この、魂さえ真に美しい者に、触れられぬほど、
私は汚れてしまった。
________________________________
×××年×月×日
突然、スフェレライト殿下が『異端』とされた。
これは一体どういうことか。神殿本部に抗議をした。
すると、邪神シユウから伝達魔法が届いた。魔石に動く絵が送られてくる。
そこには、狂暴化した魔物と戦う、白髪の青年の姿が映しだされていた。間違いない。
王都であった『ミカゲ』ではないか。
異国の呪文を唱えたミカゲは、魔石の邪気を綺麗な空気へと『浄化』していた。
神官の『浄化』とは全く格が違う。とても清らかで、そこにあるもの全てを澄んだ風が通り抜けて行く。
ミカゲが魔物に埋め込まれた魔石を、砕く音が聞こえた。
どうやら、『ミカゲ』は敵のようだ。
そして、スフェレライト殿下は、『ミカゲ』と共に行動しているらしい。
どうして、こうも世の中は残酷なのか。
私が惹きつけられるもの、守りたいものは、
私の仇となる。
邪神シユウは、『ミカゲ』に大層執着している。
絶望を味合わせ、生け捕りにしろと。
もし、生け捕りにしてしまえば、
きっと残酷な仕打ちを受ける。
それこそ、生きていることさえ、後悔するほどの。
これは直観であり、おおむね事実だろう。
それでも、私は従うしかない。
あの清らかな青年を、邪神の毒牙に差し出さねばならない。
どうにかして、彼を異世界に還すことは、できないだろうか?
彼がこの世界からいなくなれば、問題は解決する。
異世界に帰還したとなれば、邪神シユウも手を出せない。
書庫にある禁術書を読み解いても、異世界へ還す方法が見つからない。
なにか、方法はないのか?
この世界から、ミカゲを隠す方法はないのか?
せめて彼の詳細は、邪神シユウには伝えないでおこう。
禁術の中には、相手の真名を縛って傀儡にするものがあった。
邪神シユウをこれ以上、喜ばせることは、したくない。
________________________________
手記には、各地での巡行と、魔石をいつ作ったのか等、詳細に記載されていた。その道中での、セラフィス枢機卿の感情の葛藤も。
また、俺はページをめくった。
41
お気に入りに追加
2,684
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる