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第八章 決戦
亜空間での戦闘
しおりを挟む教皇は長い階段をゆっくりと、身の丈ほどはある杖を突きながら降りてくる。杖を突く度に赤黒い魔力の魔法が放たれた。俺たちは攻撃を躱しながら、教皇に向かって地面を蹴った。
コマもヒスイも、本来の精獣の姿に戻る。騎士団員たちは各々が武器を取り、教皇に向かって遠距離魔法を放っていた。
魔法の閃光が一斉に教皇へと向けられる。騎士団員たちの集団魔法を、教皇は片手で払う。
まるで虫を払うように、邪魔だと不快感をあらわにした。
「雑魚に用はない。」
そう短く侮辱の言葉を投げかけた教皇は、石造りの階段を杖で打ち鳴らした。
足元が大きく揺れる。皇太子殿下たちと、俺たちの間を遮るように空間が軋んだのが分かった。騎士団員と皇太子殿下の姿が見えなくなる。
瞬きの間には、景色が大きく変わっていた。
先ほどまで豪華絢爛な教皇の間にいたはずなのに、今いる場所は、暗い闇。星の輝きなどはない、墨を落とした、不自然なまでに虚無な黒色。
その上空には見事な満月。
赤黒い怪しい光を放つ巨大な満月だ。
その怪しげな光で、かろうじて辺りを確認できる。
目の前には朽ちたような木製の柱が2本。
この世界では見たことはないが、俺には馴染み深く、よく知っていた。
それは、神社の鳥居だった。
鳥居は奥のほうまで、幾重にも連ねっている。異常なまでに連なるそれは、この空間の広さが尋常ではないことを物語っていた。
もはや、際限などないのだろう。
地面は水面なのだろうか?自分たちの姿が歪みながら暗く、鏡のように映し出されている。
地面からはまっすぐにすうっと伸びる茎と、細い放射線状に咲き乱れる赤い花。
日本ではなじみがある、美しくも霊的で毒を持った、彼岸花が群生している。
やはり、その花びらは鮮血のような赤。
茎は闇によって見えないため、赤い花が暗闇に浮いているようにも見える。美しくも不気味だ。
どことなく和を感じる、赤と黒に支配された世界。
ここは、世界の理から隔離された場所。
「あの世界の美は、いささか品位に欠ける。……そなたも懐かしいであろう?この雅な和の美しさよ。」
この空間にいるのは、パーティーメンバーとコマ、ヒスイだけ。
敵自らが、舞台を用意してくれたようだ。
教皇は、近くに咲いていた彼岸花を手折った。
その花に顔を近づける。うっとりとしたような目で彼岸花を見て、その花を地面に落とした。
「この赤に、そなたたちも加えてやろうぞ。血の色はどの世界でも美しいからな。」
教皇はふわりと、上空に浮いた。
黒と赤の世界に、純白の神官服の裾がふわりと舞う。その純白のなんと白々しいことだろうか。
教皇は宙に浮くと、杖をこちらに振り下ろした。それと同時に、上空からは赤黒い魔石の杭が落ちてくる。
この程度の落石など、皆簡単に避けられる。それぞれが回避をしたが、魔石は怪しくバチバチと音を立てていた。
途端に、水面の地面に赤黒い電流が走る。あたり一面が激しく光った。ただの落石攻撃ではなく、電撃を纏った攻撃だ。
気が付いたときには地面から電流が流れていた。
「……ぐ…ぅっ!」
電流の衝撃を受けながら、俺は奥歯を噛み締めた。
全員にヴェスターが、光魔法で結界を張ってくれたおかげで、直撃は免れている。
しかし、電流の威力が激しい。身体に痺れは無いが、一時的に電流の重い衝撃で身体が動かなくなる。
そこに、杖を赤黒い光の槍に変えた教皇が、上空から突進してくる。衝撃が解けた俺は、刺される寸前で右に身体を回転させて回避した。
まずは、宙に浮いている教皇の動きを封じる必要がある。
『キュイ』
ヒスイが一声で上空へと羽ばたき、口元で風の球体を作る。風を圧縮した砲弾を教皇に向けて放った。
放った砲弾は、複数に別れ、疾風のような速度と威力で教皇へ向かっていく。その砲弾を教皇は、瞬間移動するかのように、俊敏に軽々と避ける。
「おらっ!!」
教皇が避けた隙を狙い、フレイが炎を纏わせた大剣で切り掛かった。教皇は、赤黒い光の槍で、その攻撃を片手で受ける。
フレイは大剣を巧みに操りながら、教皇に切り掛かっていった。その重みのある剣戟も、やすやすと嘲笑うかのように、教皇は槍を振り回して受け止める。
教皇の槍とフレイの大剣が交わったとき、フレイの大剣から凄まじい炎が瞬時に迸った。
教皇の身体を炎が覆う。炎で一瞬だけ教皇の動きが止まる。
すかさず高く跳躍したツェルが双剣で教皇の首部分を薙ぎ払う。
「はっ!笑止!」
その短い笑いとともに、赤黒い波動が教皇から発せられる。その波動は衝撃波となって空間を震わせた。
「フレイ!ツェル!!」
二人の名前を咄嗟に呼んだが、間に合わない。
教皇の近くにいたフレイとツェルの身体が、衝撃波を食らって大きく弾かれる。
ヒューズが風魔法を発動させて、風で二人を包み込んだ。赤黒い波動は邪気を纏っていて、辺り一面が渦巻いた濃い邪気の霞みに覆われる。
この濃さはまずい。
浄化の呪文を唱えようと口を開いた。
しかし、目の前には赤黒い槍先が、ヒュンっと音を立てて迫る。
「させるわけがなかろう?」
キンッ!という音と共に、俺の日本刀と赤黒い槍が交わる。
俺は日本刀を翻して身体を滑らせながら、教皇の槍の攻撃を受け流す。
浄化をする時間さえも、敵は与えさせないようだ。
間合いを取ったのも束の間、教皇の周りには、数個の火の玉が現れた。その火の玉は、人間の頭蓋骨のような顔をしている。
俺に向かって、赤黒い頭蓋骨の鬼火が、一斉に放たれた。
俺は日本刀を構えながら、あることを思いつく。
意識を集中して魔力を練り出す。
そして、放たれた不気味な鬼火を注意深く見遣った。
「ミカゲ!」
近くにいるはずのスフェンの声が、なんだか遠くに聞こえる。
でも、それでいい。
静かに日本刀の切っ先を地面に降ろす。
降参したのではない。これは、予備動作。
深く、息を吸う。
身体は決して力まないように、自然に。
流れに任せて。
俺は、鬼火に向かって地面を蹴った。
羽風の舞。
風に関する舞の中で、この舞は剣舞である。
鳥の羽ばたきや羽によって生じる風のことを、羽風という。
その言葉の由来通り、羽根のように軽やかに身体を翻す。剣舞の動きに合わせて、着ているローブの裾と袖が翼のように舞う。
風は自然に流れるもの。だから、身体から力を抜いて柔らかく動く。
身体は鬼火の揺れる不気味な風を感じて、ヒラリとそれらを、避けて歩を進めていく。
右に、左に、時にはくるりと上に飛んで。
流れるように。
自身が身を翻して日本刀を薙ぐと、それに合わせて浄化の風が当たりに吹く。その風は、アウラドラゴンの羽ばたきのように力強い。
俺自身は力を入れていないけど、生じる風は辺りの邪気を吹き飛ばした。重かった空気が冴え冴えとした、澄んだ空気に変わる。
それは、攻撃を躱すのに利用した、
ほんの数秒の舞。
「ふんっ!小癪な!!」
醜い顔を顰めた教皇が、高く宙に飛び去って杖を頭上に抱えた。
上空に赤黒い球体が現れる。中心が黒く、赤い血のような色の魔力を帯びた球体が風を起こす。
それは、何かを吸収しようとしているような、吸い込む渦を巻いた。
「ぐっ……!魔力を持っていかれています!!」
ヴェスターが皆に結界を張ってくれていたが、その結界が脆く崩れて光の粒子になっていた。その粒子を赤黒い球体が吸い上げている。
「そんなに欲しければ、くれてやる。」
スフェンが懐から鎖の絡まった魔石を取り出す。俺は、魔石を持ったスフェンの手に自分の手を重ね、その中に浄化の力を込めた。
そして、俺とスフェンが魔石から手を離す。
魔石は赤黒い球体に吸い込まれる。球体の中で眩しい光を放ち、魔石は凄まじい勢いで爆発した。
魔力を吸収していた球体のエネルギーと絡まったのか、爆発が激しい。あたりを爆風が吹き荒れる。
その爆風には、俺の浄化の銀色の粒子が混ざっていた。
爆風が止んで辺りが静まりかえる。
上空にいる教皇の、純白の神官服は、破れて布切れと化していた。
何か、固いものに、亀裂が走ったような、パキパキという音がした。
ボロボロとレンガのように、教皇の顔面の皮膚が、剥がれていく。その剥がれた右顔面には、人間ではありえない、目が縦に2つ。
そして、左顔面の皮膚もボロボロと剥がれ落ちる。
4つの赤黒い眼球が、こちらをギョロリと見下ろした。
「……おのれ……。たかだか人間ごときが、『神』と名の付く我に、ここまで逆らうとは。無礼者が……。その身体、八つ裂きでは足りぬ。魂さえも裂いて消し去ってくれるは!」
低い、猛獣のような、凶悪のような呪詛が聞こえた。
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