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第七章 かの地に導かれて

貴重な魔道具

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「……邪神シユウは、教皇です。……教皇の間にいるはずです……。」


セラフィス枢機卿はゴホッ、と咽ながら言った言葉を聞き、スフェンが鋭い視線をセラフィス枢機卿に投げかける。


「……あなたには、まだ生きていてもらう。……色々聞かねばならないからな。」

セラフィス枢機卿の処罰は免れない。例えそれが、世界の理不尽に対する哀しみと、怒りからの行動だったとしても。


紅炎騎士団員にセラフィス枢機卿を運ぶように指示した。セラフィス枢機卿は暴れる様子もなく、ただ淡々と騎士団員たちの指示に大人しく従っている。
もはや、暴れるほどの力も残っていないようだ。


「スフェン!大丈夫か……?」

俺は、ヴェスターに手錠の拘束を解いてもらい、スフェンに駆け寄った。セラフィス枢機卿がしていたネックレスには、俺を拘束していた手錠の鍵も繋がれていた。その鍵で、ヴェスターが解錠してくれたのだ。

ネックレスを拾い上げたヴェスターが、ヒビの入った神官タグを見て、哀し気に眼を伏せていた。


スフェンはヒューズの肩から手を離すと、駆け寄った俺の背中に腕を回して抱きしめてくる。俺はスフェンの胸の中にすっぽりと収まった。


「ミカゲ、助けるのが遅くなってすまなかった……。私は大丈夫だよ。ミカゲこそ、怪我はないか?」


俺の肩口から顔を離したスフェンが、心配げに俺の瞳を覗き込んだ。


「ああ。スフェン達のおかげで無事だ。」

俺がそう答えると、スフェンはもう一度、今度は強く俺を抱き締めた。背中に回された腕に力が込められ、存在を確かめるように、ぎゅっと包まれる。

スフェンの体温は、心なしか少し冷たくなっていた。


「……無事でよかった。」

その呟きは本当に小さな声で、微かに震えていた。
短い言葉の中に、恐怖と安堵が幾重にも綯い交ぜになったような声音だった。


「……助けに来てくれてありがとう。スフェン。」

スフェンの背中にそっと手を回して、俺のほうへとスフェンの身体を引き寄せる。そこでやっと、スフェンの身体の強張りが収まった。


「……この宝石がミカゲの居場所を教えてくれた。」

胸元をおもむろに寛げたスフェンが、蒼色のペンダントを取り出す。露店商から買って、魔力を注いだ宝石だ。

スフェン曰く、皆は地下にある小部屋に魔力封じの手錠を掛けられて監禁されていた。そこに、神殿本部を爆破した皇太子殿下が助けに来たのだとか。


部屋を出てから宝石がぼんやりと輝き始めた。神殿本部内を移動していると、宝石の光に強弱があることに気が付いたらしい。
スフェンは宝石が俺の居場所を示していると直感で信じて、光が強く輝く方向へと進み、俺にたどり着いた。


「そうだ。ミカゲにもこれを渡しておこう。アレク兄上からのプレゼントだ。」


そう言ってスフェンがマジックバッグから取り出したのは、銀色の腕輪だ。細身の金属にひし形の魔石が複数個嵌めこまれたシンプルなもの。

魔石の色は水色のようにも見えるが、光を反射すると中に薄い緑色や紫の色も見える、不思議な色合いだった。


「魔力の消耗を抑える魔道具だ。これで、魔力の消耗を10分の1に抑えられる。」

そんな効果のある魔道具は、見たことも聞いたことも無い。あったとしても、とても貴重なモノだろう。

スフェンが魔石を浄化しても、倒れないでいられたのは、この魔道具のおかげだと教えてくれた。俺の左手を持ち上げると、スフェンがスルリと手首に腕輪を嵌める。


遠目で他のパーティーメンバー全員が腕輪をしているのが見えた。どうやら、皇太子殿下は俺たち全員に腕輪をプレゼントしたようだ。


遠くにいたツェルが腕輪を眺めながら、「……これって、保管倉庫にあった国宝の魔石じゃね?……もしかして、砕いたとか……??」と言っていた。

ヒューズはツェルに、こそっと「考えるな。ただ黙って受け取っとけ。」と話している。
俺も聞かなかったことにしよう。


「おう。似合ってんじゃねえか。」

スフェンの後ろから、ひょっこりと顔を出した皇太子殿下は、俺の手元を見て満足そうにふっと笑った。
そういえば、皇太子殿下に直接会うのは初めてだ。

左胸に右手を当て、俺は皇太子殿下に騎士の礼を取る。


「お初にお目にかかります。ミカゲと申します。……貴重な魔道具をくださり、ありがとうございます。」

俺の挨拶に満足したのか、皇太子殿下は鷹揚に頷いた。


「ああ、話は常々スフェンから聞いている。ナイアデス国皇太子、アレクライト・クリソン・グランディアだ。……それにしても……。」


王太子殿下は、顎に手を当ててふむふむと俺を観察する。そして、何か納得したようで、片側だけ口角を上げて意地悪気に笑った。実に愉快そうだ。


「どうりで、俺にも名前さえ、ひた隠しにするわけだ。美人で凛とした佇まい。それでいて若者の幼気さ……。清くも危険な魅力だな。」

誰に話すでもなく皇太子殿下が呟いた。
俺は意味が分からず呆けていると、突然スフェンに右肩を掴まれ引き寄せられる。


「……例え、兄上でも渡しません。」

王太子殿下に対して、唸るような声でスフェンが宣った。スフェンに威嚇された皇太子殿下は、両肩を竦めて「邪魔はしねえよ。」とぼやいている。


そんな会話を聞きながら、俺はふと自分の左手首の腕輪を見た。

そう言えば、皇太子殿下から貰ったこの腕輪は、魔力の消費を抑えられるんだよな?
だったら……。


俺はローブのフードをすぽっと被った。さすがに、こんな大勢の前では恥ずかしい。


「スフェン。」


スフェンの名前を呼ぶと、左横にいるスフェンが俺の顔を覗きこむ。
俺は覗き込んできたスフェンの両頬を、咄嗟に手で包み込み、グイっと背伸びをした。


「どうしっ?!……んぅっ!」

スフェンが何かを言い終わる前に、形の良いその柔らかな唇に、俺は自分の唇を押し当てた。


目を閉じる直前、美しいエメラルドの瞳が大きく見開かれ、驚きの表情をしているのが見えた。
恥ずかしさにぎゅっと目を瞑る。


唇を何度か甘噛みするように口付けて、舌先で唇をほんの少し舐める。スフェンは驚きで最初は反応が無かったが、俺の意図を汲み取ってくれたようだ。

唇を僅かに開けて俺の舌を招き入れてくれる。


人に自分からキスしたことは無いし、ましてや舌を絡めるディープキスなんて未知の領域だ。
いつものスフェンがしてくれる魔力譲渡を、必死に思い出す。
スフェンの舌に、おずおずと自分の舌先を触れさせた。


魔力は体液に多く含まれているため、舌を絡ませてなるべく多く唾液を流し込みたいのに、上手くできない。


スフェンがクスっと笑う気配がしたかと思うと、俺の舌を巧みに絡めとられる。
いつの間にか俺の後頭部は、スフェンの手で押さえられていた。

何度も角度を変えて、貪るように蜜を強請られた。
俺も請われるまま、スフェンに魔力を与え続ける。


唇が離れたときには、お互いの間を透明な糸が張り詰めていた。チュッと軽くキスをされて、その糸さえも舐めとられる。

俺の唇からは、はぁ、はぁと熱い吐息が漏れた。


「……ミカゲの魔力は一等甘いな。フードを被ったのは正解だ。……皆にその顔を見せたくはないからな。」

スフェンが、俺の顎先に手を掛けながら、フードに隠れた顔を覗き込んだ。俺は今一体、どんな顔をしているのだろうか。


「……ありがとう、ミカゲ。ミカゲのおかげで魔力も回復したし、元気が出た。」

俺の頬を右手の指先ですりっと人撫でされる。俺はキスの余韻と、自分からキスをしたことの羞恥で俯いたまま黙って頷いた。

しばらく、フードは取れそうにない。


魔力の消耗が少ないのであれば、俺が魔力譲渡をスフェンにしても、魔力保有量に余裕があった。

パーティーメンバーの中で、一番魔力保有量が多いのは、俺だ。だから、浄化で魔力を大量消費したスフェンに魔力譲渡した。
俺とスフェンの魔力は相性が良いし、効率的でもあったから。


「はぁ、見せつけてくれるな。全く。」

小さなため息を零しながら、皇太子殿下がぼやいた。そして、紅炎騎士団員に横抱きされていセラフィス枢機卿を振り返る。


「……さて。……教皇の間とやらに、案内してもらおうか。」




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