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第六章 最後の精霊の棲み処へ

木の実

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『もう、ラディ―スは弱り切っている。……あの村には、しばらく太陽の光は当たらず、曇天が続くだろう。夜は月も星も、隠れてしまうほどに深い闇になる。』


陰と陽。光と闇。
どちらかが欠けてしまうと、もう一方も存在できなくなる。

闇は濃くなり過ぎれば、光を消してしまう。
光が存在しなければ、闇は生まれない。


うなだれていたラディ―スは顔を上げると、ツェルとヴェスターを交互に見やった。


『二人には加護を与えよう。おいで。』

呼ばれたのはヴェスターとツェルだ。
ヴェスターはラディ―スへ、ツェルはハーミットの元に行き、床に片膝をついた。


『君の治癒魔法は美しいよ。それに、君は人を想って厳しくもできる、真に賢い人だ。僕の加護を受け取って。』

ラディ―スは片膝を着いたヴェスターの頭に、そっと手を置いた。

白色の天使の羽根が、ヴェスターにいくつも舞い落ちる。ふわり、ふわりと舞い落ちる羽根は、地面に着くと幻のように消えた。


「ありがとうございます。光精霊ラディ―ス様。」

心からの感謝を、ヴェスターは言葉にして深く頭を下げた。


『人間の卑劣さも、醜悪も知り尽くし、全て受け入れているお前の闇は、とても深い。だが、それゆえに潔く芯がある。……闇に飲まれず、使いこなしてみよ。』

片膝を床につけたツェルに、ハーミットが手を翳した。ツェルの足元から、黒色の羽根がぶわりと風と共に舞い上がった。
羽根の嵐が止むと、ツェルがハーミットに礼を述べる。


「上等です。ありがとうございます。闇精霊ハーミット。」

ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたツェルが、挑発的な物言いをする。その返事を聞いて、ハーミットは満足げに、ふんっと鼻で笑った。


俺はふと、木精霊ポムフルールから預かっている、あるものを思い出した。


「ラディ―ス。実はポムフルールから、これを預かっているんだ。……ラディ―スに渡してくれって。」


俺はマジックバッグから、木精霊ポムフルールから預かった木の実を取り出した。

見た目は果物のオレンジ。大きさは俺の頭部くらいの軽い木の実。


ラディ―スは木の実を俺から受け取ると、目をパチクリとして驚いていた。そして、ふふふっと楽し気に微笑んだ。


『ポムフルールは、優しい子だ。僕の心が少しでも軽くなるように、気遣ってくれたんだね。』

オレンジ色の木の実を持った、ラディ―スの両手が光り出す。木の実の中心に、白金色の光がぼんやりと灯った。


『この木の実を、村に埋めてほしい。木に成長するから、少し広めの場所に植えてね。……それと、あの子は元気かな……。泣き虫タンドレッス。』


タンドレッスは、ゲレルドルプ村長の息子だ。
どうやら、ラディ―スはタンドレッスのことを知っているらしい。


『小さいころは、山でよく迷子になって泣いていたよ。僕とハーミットで手を繋いで慰めたんだ。……あの子は、身を挺して僕の石像を守ろうとしてくれた。他の村人に押さえつけられて、怪我を……。』

そのときのことを思い出したのか、ラディ―スは楽し気に笑ったあとに、心配そうに顔を歪めた。


『あいつは、石像が壊されたとき、破片を拾いながら泣いていた。……泣き虫は今でも変わらないな。……そうだ。あいつに石像の破片と一緒に、その木の実を植えるように伝えろ。木の成長も早くなる。』


ハーミットにそう告げられ、俺は頷いた。
光る木の実を受け取って、マジックバッグに仕舞う。


『……僕は、しばらく休むよ。ハーミットに任せっきりになる。……皆、ハーミットをよろしくね。』



光精霊と闇精霊の棲み処は、立派な西洋の城だった。

柔らかな草原に、白い石で作られた建物。青空とのコントラストが実に見事だ。屋根は紫色のモザイク柄。

所々に銀色の装飾。城の屋根の頂点には、銀色の星と月があしらわれている。ロマンチックな、少し可愛らしいお城だ。


城の周囲にはオーロラ色のしゃぼん玉が飛んでいる。そのしゃぼん玉は、『裁決者』が筒に息を吹き込んで、ふーっと作り出していた。

気まぐれに飛んでいく透明な球体は、高い空へと消えていった。

本来の精霊の棲み処の姿を見て、俺たちはその場を後にした。



ゲレルドルプの村に帰った俺たちは、さっそく村長の家を訪れていた。

会議室に案内され、村長のセネクスさんと、息子のタンドレッスに、2人の精霊たちが村を守っていたことを話した。
そして、精霊たちの力が弱まってしまったことも。


精霊たちの話を、2人に信じてもらえるか不安だったが、村長たちは真剣に聞いてくれた。
それぐらい、この人たちは精霊たちの存在を信じ、尊んでいるのだろう。


話を聞いたセネクスさんは身体を震わせた。年老いた顔を歪ませ、哀しみと怒り、深い後悔を露わにする。


「村人は精霊の恩恵に胡坐をかいていたのだ。上手くいかないことを『裏切られた』と精霊のせいにして……。……裏切ったのは、私たち人間のほうじゃないか。なんと情けなく、醜いことか……。」

セネクスさんは、2人の精霊の力を失わせてしまったと、ひどく嘆いていた。いくら償っても足りないだろうと。


「この村には、しばらく太陽の光は当たらず、曇天が続くそうです。そして、夜は真っ暗な闇になる。……私たちは、2人の精霊からこれを預かってきました。」


説明していたスフェンに促されて、俺はマジックバッグから木の実を取り出した。
大きなオレンジ色の木の実を渡した。手に持っている今でも、中心が白金色に柔らかく光っている。


「この木の実を、石像の破片と一緒に植えてください。木に成長するので、広いところに。……それが、2人の精霊の願いです。」

俺から木の実を受け取ったタンドレッスは、両手で大切そうに包み込んだ。
そして、俺たちにまっすぐと顔を向ける。


「私と父、残る者たちでこの土地を守ります。……私は、たぶん小さいころに、山で光と闇の精霊様に会っているんです。迷子になって泣いていたのを、助けてもらった。」

その少年たちは双子で、この村では珍しい上等な服を着ていたそうだ。一人は優しく手を繋いで励ましてくれて、もう一人は『泣くな。』と手を引っ張り導いてくれた。


村の入り口に着いたら、2人の姿は忽然と消えていたそうだ。繋いだ手は温かくて、優しくて。今でも鮮明に覚えているという。


「……私は、精霊様たちに何も恩返しができなかった。この木の実は、私が育てます。例え、村に私一人だけになったとしても、この木と、2人の精霊様に祈りを捧げていきます。……それぐらいしか、私にはできないから。」

木の実は、村長の家の庭に植えられることになった。木が生えても十分な広さがあるし、土地に僅かに栄養が残っていたからだ。

穴を掘って、木の実をそっと入れた。そこに、光精霊の石像の破片も入れて、土を被せる。水を撒いた後に、皆で祈りを捧げた。


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