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第六章 最後の精霊の棲み処へ
光精霊と闇精霊
しおりを挟む俺が古びた扉を開けると、5人全員が振り返った。
どうやら、この部屋にたどり着いたのは、俺が最後だったようだ。
その部屋は、貴族の館にある客間のようだった。
艶やかなダークブラウンの壁に、上品な装飾が施された落ち着いた室内。
天井には金属製のシャンデリアが吊るされている。シャンデリアの灯り部分は、星になっていた。暖色系の明かりが優しく灯っている。
大きな窓が左右にあり、窓の外は銀と金に輝く、数多の星が散りばめられた夜空だった。
遠くには天の川のように、小さな星が線状に集まっている。目の前を流れ星が通った。
上質な深緑色の絨毯が敷かれ、足音が全くしない。
そして、部屋の中央にはアンティーク調のソファセットが置かれていた。長いローテーブルを挟んでカウチソファが一つと、大きなソファが一つ。
茶色の革製のソファは大人が6人座っても、十分な広さがある。
『やっと来れたんだね、ミカゲ。』
『遅いじゃないか。……でも、よく乗り越えたな。』
二人の少年の声が、俺を出迎えた。顔もそっくりな双子の少年たちだった。年頃は10歳くらい。
一見すると、どこかの高位貴族の御子息に見える。
『初めまして。僕は、光精霊ラディース。よろしくね。』
白金色の癖のある髪に、紫色の瞳。
黒色のワイシャツに、ダブルボタンの白いジャケットを羽織っている。ジャケットには、銀色のボタンが6つ。胸元に大きいな紫色のリボン。
ジャケットの左胸には、橙色に輝く宝石のブローチを付けている。ブローチに付いた銀色のチェーンは弧を描き、キラキラと揺れていた。
白色の半ズボンに、膝丈の黒色ブーツ。
にっこりとした少年は、陽だまりのような温かさを感じる。
『……闇精霊ハーミットだ。』
もう一人の少年は、真冬の月光のように、冴え冴えとした印象だ。
さらりと流れる黒色の髪、オレンジ色の瞳。
白色のワイシャツに、ダブルボタンの黒いジャケットを羽織っている。ジャケットには、白金色のボタンが6つ。胸元には紫色の控えめなボウタイ。
左胸には紫色の宝石のブローチで、金色のチェーンを付けている。黒色の半ズボンに、膝丈の黒色ブーツ。
上品な装飾の服を着た、対人形のようだ。
二人はスフェンたちの向かい側にある、広いカウチソファに身を寄せ合って座っていた。
何となくだが、光精霊ラディ―スの元気がない。その身体を、闇精霊ハーミットが支えているようにも見える。
『さっそくだが、浄化をお願いできないか?……見ての通り、俺たちの棲み処は邪気でダンジョンに変わってしまった。この部屋だけが、なんとか無事なんだ。』
闇精霊ハーミットにお願いされ、俺はさっそく浄化をする。右手の人差し指と中指を立て、軽く口元に当てると呪文を唱えた。
呪文を唱え終えた瞬間、ぶわっと自分を中心に風が巻き起こり、周囲に広がっていく。風の中に銀色に輝く粒子が混じる。
『そこにいるスフェンとやらが、1つ魔石を砕いた。残るはあと一つだ。』
スフェンも魔石を浄化できたと聞いて、驚いた。
確かに、魔石の反応は1つだけだ。
もう一つの魔石は、この部屋の近くにある。
俺は部屋に入って右側にある、大きなガラス戸を開いた。
そこにあったのは、白金色の金属できた小さな鳥籠。
夜空から白金色のチェーンで吊るされていた。
そして、鳥籠の金属部分に黒色の茨が絡みついている。
鳥籠の中には、邪気を纏った赤黒い魔石が入っていた。
鳥籠に向かうために、空中に氷の階段を作る。星が流れる空の中を、氷の階段で昇っていった。
小さいと思っていた鳥籠は、目の前にすると俺一人が入れるほどの大きさがあった。
闇精霊ハーミットの声が聞こえた。
『茨を解く。鳥籠に入って、魔石を壊してくれ。』
黒色の茨がシュルリと上から解かれていく。鳥籠の扉をキィっと開けて、俺は中に入った。
血の色をした魔石。鳥籠の中には、ぞくりと肌が粟立って、淀んだ泥のように纏わりつく邪気が溢れている。
俺は地面に片膝をついて、日本刀を鞘から抜く。両手で刀を持って下に降ろし、切っ先を魔石に向けた。
「苦しみが癒え、安らかに天へ還りますように。」
力を込めて刀をその禍々しい石に突き刺した。
キンッ、甲高い音が響き、石にパキっと亀裂が入る。その亀裂に刃から出る白色の光が流れ込んで、赤黒い邪気を絡めとっていく。
しばらくすると、赤黒かった石が透明に変わった。
パキンッ!という音と共に魔石が砕ける。鳥籠の中の邪気も消えていた。
俺は魔石が壊れたと同時に身体に力が入らなくなり、どさっと身体を前に倒した。
氷の階段をヴェスターが昇り、俺のことを支えて部屋に連れ戻してくれる。魔力を大量に消費し気怠い身体を、ソファに座られてくれた。
『……ミカゲ、ありがとう。身体が少し軽くなった。……このお菓子やごはんを食べるといいよ。少しは、魔力が回復するから。』
光精霊ラディースが、優しく俺に促した。
ローテーブルの上には、たくさんのお菓子と軽食が並んでいた。マカロンにクッキー、数種類のケーキ。
お皿が3段に連なった金属製のスタンドもあり、サンドイッチや小さなグラタンも載っている。
ポットには温かな紅茶が入れられ、俺の前にもティーカップが差し出される。ちょっとしたお茶会だ。
俺の隣に座ったヴェスターが、お皿に何種類かのお菓子と軽食を乗せて、俺の前に置いてくれた。
紅茶を一口飲んでいると、光精霊ラディ―スが申し訳なさそうに言葉を掛けた。
『ミカゲ、辛い思いをさせてごめんね。そのお茶は疲れた心と身体を癒すから、たくさん飲んで。』
泣きそうになりながら、俺に光精霊ラディ―スが謝っていた。そのラディ―スを、隣に座るハーミットが抱き寄せる。そして、俺に顔を向けて口を開いた。
『ミカゲ、スフェン、俺からも礼を言う。……先ほども言ったが、ここは元々ダンジョンではない。俺たちが城にしていた精霊の棲み処だ。……本来なら、皆が危険に晒されることも無かった。』
ハーミットは、眉を寄せながら話を始めた。
『ここに住んでいるのは俺たち二人。だから、魔石も2つ置いて行かれた。1か所に2つも魔石があれば、その影響は大きい。自然にあの村が、他の土地よりも被害を受けた。』
あの村とは、ゲレルドルプのことだろう。確かに、今までに行ったどの場所よりも、邪気の被害が深刻だった。その原因は、2つも魔石を置かれたからか。
『僕たちは、魔石の力を抑え込もうとした。村の土地にも精霊の力を使って、生命力を与えていた。だけど……。農作物は枯れてしまった。』
そう言ったラディ―スは、俯いてしまった。
決して、ラディ―スたちのせいで、農作物が枯れたわけではない。魔石が原因なのだ。
ラディ―スたちは、自身の力を削ってまで邪気を防ごうとしたのに……。
村人たちは、精霊のせいだと言いがかりをつけたのだ。誰よりも村のことを気にかけていた、この2人に対して。
『村人たちがラディ―スの石像を破壊した。そのせいで、ラディ―スの力が弱まったんだ。俺たちのせいと暴言を吐かれ、罵られ……。人間に裏切られた気分だった。』
ラディ―スを抱き込んでいたハーミットの腕に、力が籠る。オレンジ色の夕闇を思わせる瞳には、怒気を孕んでいた。憎々し気に、言葉を吐いた。
石像は依り代のようなものだったらしい。ラディ―スの力を石像に憑依させ、村を長年守ってきた。
「……なるほどな。あの『裏切られた王』の言葉は、そういうことか。」
スフェンが呟いた言葉に、ハーミットは頷いた。
スフェンたちのダンジョンでは、『裏切られた王』という魔物が出現したらしい。
その王は『酷薄な人間どもめ。』と恨み言を吐き、人間を嫌悪していた。魔物が言った言葉は、ハーミットの強い思いだったのだろう。
村人たちの信仰心も無くなって、精霊たちの力も弱まったため、精霊の棲み処もダンジョンと化した。
もちろん、村はより危機的な状況になり、栄養のない土地に変わった。
『石像を壊した者たちには罰を与えた。邪気を抑え込む魔力の糧にした。……それぐらい、ラディ―スの心傷と弱った身体に比べたら、本当に軽い罰だ。』
その魔力が抜ける病気は、闇精霊からの制裁だったのだ。ハーミットは人間の命が尽きるまで、魔力を吸っても良かったと言っていた。
でも、それはラディースが止めたらしい。
これ以上、村に被害を広げるなと。
『もう、ラディ―スは弱り切っている。……あの村には、しばらく太陽の光は当たらず、曇天が続くだろう。夜は月も星も、隠れてしまうほどに深い闇になる。』
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