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第六章 最後の精霊の棲み処へ

ダンジョン

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「この村は豊かな農村でした。村民は自然と共存して、自然の恵みに感謝しながら生活していました。……光精霊の恩恵を受けていた土地なのです。」

目元を哀しげに歪めて、セネクスさんは話を続けた。


「農作物が育つには、日の光はとても大事です。そして、村の近くにある山には光の精霊が棲んでいて、先祖が村を開拓する際にお世話になったと、言い伝えられています。ここは特に精霊信仰強く、広場に光精霊の石像を祀っていました。しかし……。」

農作物は天候などの自然環境に左右されやすいため、農村地帯では精霊信仰が強い。精霊に豊作を祈るのだ。


「数か月前に、農作物が全て枯れたのです。原因は分からず、土の栄養も無くなり、乾燥していきました。何度水を撒いても、別の植物を植えても育たなくなりました。牧草地の草も枯れ、家畜の餌が無くなり、果樹園も果物が実りませんでした。」

……数か月前。おそらく邪気を纏った魔石のせいだろう。
他の街でも農作物に影響はあったとされているが、全て枯れたこの村ほどではない。この村は、他の場所よりも被害が甚大だった。


「農作物が主な収入源のこの村は、大きな打撃を受けました。不作は幾度となくありましたが、原因が不明なのは初めてです。凶作だと言ってもいいでしょう。生活困窮者も出てきました。……そんな中、ある若者がこう言ったのです。」

そこで、セネクスさんは言葉を切った。


「『すぐ近くにある光精霊の山は、青々と木が茂っているのに、どうして俺たちの村だけ植物が枯れるんだ。おかしい。山に栄養が取られているんじゃないか。』と。」


会議室の窓から見える大きな山には、確かに葉を付けた木が鬱蒼とした森になっていた。すぐ近くにあるせいで、自分たちの土地と見比べてしまったのだろう。心が弱っているときは、考え方も極端になってしまう。


「明らかな言いがかりです。しかし、村人たちは精神的にとても参っていて、鬱憤も溜まっていた。年寄りは若者たちを諭しましたが、聞く耳を持ちませんでした。凶作の原因を精霊のせいだと言い、広場にある石像を壊したのです。」

その様子は本当に酷く、土を耕すはずの農耕器具を使って壊したり、石像を足蹴にしたりする者もいたそうだ。恨み言を吐いて光精霊を罵り、石像は跡形もなく壊れてしまった。


「光精霊の石像を壊すと、さらに村の環境が悪化しました。石像を壊した者たちは、魔力が抜け落ちる病にかかり、身体の一部が欠損した者もいます。その病も、この土地を離れると収まった。皆は口々に『光精霊の祟りだ。』と気味悪がり、村を出て行きました。」

身体の一部が欠損するほど、魔力を喪失したということか。セネクスさんはその病も、原因不明だと言っていた。村に残ったのは、病気になっていない家庭の者ばかりだ。


「私たちはまだ病にかかっていませんが、時間の問題かもしれません。光精霊の怒りは当然のことですから。……それでも、私たちは村に最後まで残ると決めています。村の生末を見守ることも、村長の務めですから。」

皺の多い年老いたセネクスさんの眼光は、落ち着きながらも強い意志が見えた。
ひとしきり話を終えたセネクスさんは、コップに入ったお茶を一口飲む。


「悪いことは言いません。脅したいわけでもない。……ただ、あなたたちも目的を終え、早くこの村を出なさい。病気になってはいけませんから。」

俺たちのことを心配してくれているのだろう。セネクスさんは切なそうに、申し訳なさそうにしながら、俺たちに忠告したのだった。


俺は村長の家を去るときに、疑問に思っていたことを口にする。


「ここの畑は、まだ緑が残っていますね。」

足元に広がる畑には、小さな緑の芽が出ていた。
他の家の庭は、やはり黄土色に乾燥しきっていて植物が育たない畑になっていた。村長の家の畑は、焦げ茶色で水分と栄養があるように見える。


「1日に何度も頻繁に水を与えているので、何とか保てています。それでも、発育は遅いですね……。」

畑を見ながら、タンドレッスが答える。しばらく、俯いて黙ったままだったが、徐に口を開いた。


「……私の友人も、光精霊の石像を壊すことに参加しました。友人は左腕を失い村を出て行きました。……皆を止めようと説得したけど、何もできなかった。友人一人さえ止めることができず、何と情けないんでしょう……。」

タンドレッスの瞳には、後悔と懺悔、哀しみの色が濃く現れていた。とても苦しげに表情を歪めている。


「貴方たちには、友人たちのようになって欲しくありません。どうか、早くこの村を出てください。……お願いします。」

これ以上、病で人が苦しむ姿を見たくないのだと、俺たちにタンドレッスは訴えた。俺たちはタンドレッスに見送られ、村長の家をあとにした。


村に着いたその日は、村の外れにある空き地で野宿をした。翌日の早朝、俺たちは光精霊の棲み処を目指して馬を駆けた。

精霊の棲み処を示す地図を見た俺は、やはりその表示に困惑した。


「光精霊と闇精霊の棲み処が、全く同じ場所にあるみたいなんだ。」

皆にも地図を確認してもらったが、同じ箇所に二つマーキングされ、光精霊ラディースと闇精霊ハーミットの名前が記されている。

それとなく村長たちに、闇精霊ハーミットについても尋ねたが何も情報は得られなかった。闇精霊の棲み処があること自体、知らないようだった。

「……とにかく、行ってみるしかないな。」

スフェンに促されながら、俺たちは光と闇精霊の棲み処とされる山に到着する。

地図で示された場所は、鬱蒼とした木が繁る山中。
山肌に突然として、ダークブラウンの艶がかった、木製の両開きや扉が現れる。

僅かなツタに覆われた扉は、自然のなかに溶け込むように佇んでいた。


「……これは、まさかダンジョンか?」


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