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第五章 敵の影、変化
新たな剣 (スフェンside)
しおりを挟む【スフェンside】
「次の魔力譲渡のためにも、団長は休んでください。ミカゲは私が見ています。」
ヒューズが客間の寝室のドアを開けた。長いこと、ミカゲの寝ているベッド脇の椅子に腰かけていたようだ。ミカゲの右手を握ったまま、離せないでいた。
「団長が休まなければ、ミカゲに魔力を供給できません。ミカゲのために休んでください。」
他の者でも魔力譲渡は可能だろうが、相性の良い魔力を譲渡するのが一番効率が良いのだ。それに、下手に相性が悪いと拒否反応が生じる。
ミカゲと一番相性の良いのが私の魔力。しばしの間だけ、私は休んで魔力を回復した。
スタンピートが終息して3日経っても、ミカゲは目を覚まさなかった。薬を口移しで飲ませて、一緒に魔力譲渡も行っていった。
肌の血色も良くなり、体内の魔力も順調に私の魔力と馴染んでいるのに。
今は深夜だ。皆で交代してミカゲの様子を見ているが、本当は片時もミカゲと離れたくない。
月明りが、静寂な部屋に薄く明るさを与える。
ミカゲの眠っている姿は、清らかで透明だ。
そのまま、月光に溶けて消えてしまうのではないかと感じて、ミカゲの右手を両手で包んで縋りつく。
私よりも、一まわり小さな手。華奢な手首。
年相応の、幼さの残る寝顔。
なぜ。
なぜいつも、彼だけがこんな目に合わないといけない。
もう、十分過酷すぎるではないか。
家族も、友人も、知り合いもいない異世界に、
たった一人。
自分が生きていた国ではない。
名前も知らなかった国の明暗を背負い
身体の負担となる浄化を、一身に引き受けて。
この小さな身体に、どれだけの運命を背負わせるのだ。
もう、あとどれほど、
彼は自分を犠牲にするのだろうか。
私は、こんなにも傍らにいるのに。
どうして、彼を守れない。
なんと情けない。なんと不甲斐ない。
力のない自分が、この上なく憎いことか。
風精霊の加護を与えられても、何も変わっていない。
強くなりたい。
彼を守れるほどの、揺るぎのない力を。
彼に代償を払わせなくてもいい程の、力が欲しい。
『おい、ケダモノ。』
ふと、子供のような声が聞こえて顔を上げる。視線を感じて顔を向けると、ミカゲの枕元で眠っていた黒色の子犬がこちらを睨んでいた。
パタリと意味有り気に尻尾を一振りする。
今の声は、こいつか?
『そうだ。こいつって言うなハゲ。……お前、力が欲しいのか?』
どうやら、私に向かって念話で話しかけているらしい。ミカゲはこの子犬と従魔契約をしているから、念話で会話ができる。契約していない私が、念話ができるのはなぜだろうか。
まあ、ただの魔獣ではないのだろうな。口が悪いが。
『そこらへんの魔獣と一緒にするな!……もう一度聞く。力が欲しいか?』
欲しい。
愛しいミカゲを守り抜く
誰よりも強いが欲しい。
『ふん。ミカゲのためにという想いは褒めてやる。……剣を出せ。』
やけに偉そうに言ってくる。俺は腰にいつも下げている長剣を取り出す。
私が騎士団長になった際に王家から授けられた剣。宝物庫に何本か眠っていたうちの一つだ。
切っ先に向かうほど細く、鋭くなる形。
鞘は黒色、柄が蒼色で、金色の鍔が刃体と十字に交わる。刃体は銀色。王族が持つにしては装飾もなく、割かしシンプルなデザインだ。
黒色の子犬近くに長剣の柄を差し出すと、子犬が念話で喚いた。
『むかつくけど、ミカゲのためだかんな!むかつくけど!』
鍔と刃体が交わる十字部分を黒色のモフモフが、ぽふっと短い前足で叩いた。
子犬の琥珀色の目が光り、前足からは金色の淡い光が放たれる。しばらくして光が収まると、剣を引き抜くように子犬に言われる。
言われるがまま、剣を鞘から取り出す。刃体を見て驚いた。
刃体の色が銀色から深い蒼色に変化している。
そして、物を切る刃部分は銀色。そこに細い金糸のような線でひし形の模様が描かれていた。
蒼色の刃体が光を反射すると、同じ蒼で細工された、格子状に編んだ籠の目を思わせる模様が浮かびあがる。見事な美しい長剣だ。
『お前は陽の者だ。ミカゲは陰。こちらで言うところの太陽と月。ミカゲの剣は月の精気を纏っている。お前の剣には太陽の精気を纏わせた。』
子犬がなおも言葉を紡ぐ。
『腹黒のケダモノには大層な代物だろ。……ミカゲは優しく清らかな子だ。その分、お前が強かであれ。静かなる優しい月を、苛烈な太陽が守り抜け。』
まるで詩のような、呪文のような言葉だ。
月と太陽。
「……ありがとう。」
私がお礼を言うと、フンッと鼻を鳴らして子犬がそっぽを向いた。そのまま、丸くなって眠る体勢に入る。
『ミカゲはもう少し眠るはずだ。力が戻りつつあるからな。しばし待て。……疲れたから寝る。』
そういうと、子犬は念話を辞めて寝息を立てた。その近くには丸くなって眠っているヒスイがいる。
火の精獣であるフェニは、スタンピードが終結すると山に帰っていった。
長剣を鞘に戻して腰に下げる。未だに寝ているミカゲがの前髪をそっと掻き揚げ、額に口付けた。
せめて、眠る君の夢が穏やかで、心地良いものでありますように。
その日から、毎晩深夜になるとミカゲの身体が淡く光るようになった。淡雪色の髪が、銀色の光を纏って長くなっていくのだ。『ミカゲの力が戻りつつある』と子犬が言った言葉に、関係があるのだろう。
スタンピードから一週間後、一筋の涙を流しながらミカゲが目を覚ました。
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