不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

文字の大きさ
上 下
37 / 136
第四章 火精霊の棲み処へ

露天風呂に誘われて (スフェンside)

しおりを挟む



【スフェンside】



「……スフェン、せっかくだし、一緒に風呂に入らないか?」


ミカゲにそう言われた瞬間、私は一瞬何を言われたのか分からず反応できなかった。


これは……、ミカゲに誘われているのか?
私は都合のいい夢を見ているのではないだろうか?


だが、その次のミカゲの言葉で一気に現実に引き戻された。ミカゲは「皆と一緒に入ろう。」などと言っている。
 

そんなこと、させるはずがないだろう!

 
どうもミカゲは、同性同士の恋愛事情に疎い。
そもそも、恋愛ごとに関しては驚くほど鈍感だ。

ミカゲの住んでいた世界では、同性同士の恋人や結婚は自体はあるものの、あまり一般的ではないようだった。
そのことを初めてミカゲから聞いたとき、ミカゲの同性に対する無防備さと危機感の薄さが妙に腑に落ちた。


どうりで、私が頭を撫でたり、頬を触ったりしても素直になされるがままになっているわけだ。
ミカゲは男同士の接触を友情の証という認識でいたようだった。

 
いや……。さすがにそれでも、頬を撫でたり、指を絡めて手を繋いだりするのは、不思議に思うのではないか??


今は、外を歩くときは髪色が目立つからと、ミカゲはフードを被っている。
もしも、ミカゲが本当の姿を見せたのなら、同性からも異性から、多くの者に言い寄られるだろう。


ミカゲは今までで一度も、誰かに愛を囁かれたことがないらしい。

ミカゲの世界の人間は、美醜感覚が狂っているとしか思えない。容姿だけでなく、心も清らかで優しいミカゲに、心惹かれないはずはないのに。

もし、私がミカゲともっと幼い頃に出会っていたのなら、決して離さない。
他人の入る余地などないくらいに親密になって、私以外の者の目には止まらせないように囲うだろう。

 
露天風呂の設置された脱衣所で、何のためらいもなく私の前でも裸になったミカゲに、こちらが狼狽えた。
反射的に身体ごと顔を背けて、先にミカゲを風呂に入るように促した。

 
私も服を脱いで露天風呂に向かうと、すでにミカゲが泡まみれになっていた。
この宿の石鹸は上等で、随分と泡立ちが良かったのだろう。もこもこの泡に包まれたミカゲが、なんとも可愛らしくて笑ってしまった。

 
思わず笑った私を見て、ミカゲは少しだけ頬を膨らませてプイっと拗ねた。

こんな表情をするのも珍しくて、ついつい笑みが深くなる。すると、次にミカゲがとんでもないことを言い出したではないか。

 
「……スフェン、背中流そうか?」

「っ?!」


俺は驚きのあまり声が出なかったと思う。

背中を洗い合うというのは、この世界では恋人同士がすることだ。私が驚きのあまり固まっていると、ミカゲの故郷の話をしてくれる。

 
ミカゲの世界では、親しい者同士でも背中を流し合う風習があるらしい。

私にもそれをしたいという事か。
親しく思ってくれているのは嬉しいが、やはりまだ恋愛対象までには至っていないようだ。

 
私が黙ったままでいると、身体を触られるのが嫌なのかと勘違いしたミカゲが、しょんぼりと肩を落としている。
慌ててミカゲにお願いして、背中を流してもらうことになった。


背中を洗う意味については、後でミカゲに説明しておこう。心なしか、ミカゲが少し嬉しそうだ。

 
ミカゲが俺の背後に座って、背中をタオルで擦っていく。何を思ったのか、ミカゲが私の背中を泡のついた手で撫でまわしてきた。
こらこら、そんな悪戯をするんじゃない。

くすぐったくて、思わずクスクスと笑い声が漏れる。

 
交代してミカゲの背中も流すことになった。

もともと、筋肉の付きにくい身体なのだろう。
私よりも一まわりは小さく、華奢な背中だ。

あまり見ていると、私自身が我慢できそうにない。


タオルでミカゲの背中を泡まみれにしながら、ミカゲに少し気になったことを聞いてみた。

 
「……ミカゲの国では、皆が背中を流し合うのか?」

「そうだな。親子とか、友達とか……。俺も男友達と一緒に風呂に入って、みんなで洗い合ったよ。……そういえば、肌がスベスベだって褒められたな。」


文化や常識の違いがあるものの、ミカゲのこの身体を見知らぬ男が見たというのが腹立たしい。

しかも、この滑らかな肌にも触られたという。
思わず不機嫌な声を出してしまった自分に、情けないと内心で苦言を呈した。
 

自分がこんなにも狭量だとは思わなかった。
ミカゲの肌を知っている、誰とも知らない男に嫉妬するなんて……。

 
ミカゲの身体の泡を洗い流してやり、私たちは湯舟に浸かった。

湯けむりに包まれたミカゲの身体は、神秘的でそれは美しい。

この真珠のような滑らかさに、きめ細かい肌。
肌の色は異国の情緒が漂う、真っ白ではなく柔らかなクリーム色。
今は湯で温まったのか、ほんのりと薄紅色に肌が色づいているのが、なんとも艶めかしい。


無駄な筋肉が付いていない、ほっそりと華奢な体躯。

その身体から、あの鋭い剣戟と苛烈な魔法が放たれると、誰が想像できるだろうか。
美しくも、青年と大人の刹那に垣間見える、独特の怪しい色気がある。


薄暗い光に照らされた姿は、まさに女神のようだ。
出会った頃のことを、ふと思い出す。

 
本当にミカゲは静かな夜がよく似合う。
ミカゲ自身が凛と佇む月のようで、いつまでも見ていたとさえ思ってしまう。

 
ミカゲはうっとりとして、頬を薄紅色に上気させていた。すっかり気を抜いているのか、身体も力を抜いて湯に揺蕩せている。

どこか煽情的なミカゲの姿に、ドクンっと身体から欲望が渦を巻いて上がってきた。


……ああ、ミカゲ。無防備にもほどがあるだろう。
そんな顔を、閨を連想させるような表現を、雄に見せてはいけない。


自分でも、こんなに嗜虐心があっただろうかと驚く。

文化の違いと言えど、さすがにこの美しい身体と、ミカゲの煽情的な表情を誰かが見たのだと思うと、とたんに心には黒い感情が芽生える。

 
部屋にあった観光マップを楽し気に見ているまではいい。ただ、窓から地面までの高さや、宿の動線をさりげなく確認しているのには頭を抱えた。

ミカゲは危機感を持つどころか、抜け出して温泉に行く気満々ではないか。
行きたい場所には自由に行かせてやりたいが、さすがに公衆浴場はだめだ。

こんな妖艶で潔白な女神を、他の者に見せるなんて許さない。


「……ミカゲ。」

 



 

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...