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第四章 火精霊の棲み処へ
露天風呂に誘われて (スフェンside)
しおりを挟む【スフェンside】
「……スフェン、せっかくだし、一緒に風呂に入らないか?」
ミカゲにそう言われた瞬間、私は一瞬何を言われたのか分からず反応できなかった。
これは……、ミカゲに誘われているのか?
私は都合のいい夢を見ているのではないだろうか?
だが、その次のミカゲの言葉で一気に現実に引き戻された。ミカゲは「皆と一緒に入ろう。」などと言っている。
そんなこと、させるはずがないだろう!
どうもミカゲは、同性同士の恋愛事情に疎い。
そもそも、恋愛ごとに関しては驚くほど鈍感だ。
ミカゲの住んでいた世界では、同性同士の恋人や結婚は自体はあるものの、あまり一般的ではないようだった。
そのことを初めてミカゲから聞いたとき、ミカゲの同性に対する無防備さと危機感の薄さが妙に腑に落ちた。
どうりで、私が頭を撫でたり、頬を触ったりしても素直になされるがままになっているわけだ。
ミカゲは男同士の接触を友情の証という認識でいたようだった。
いや……。さすがにそれでも、頬を撫でたり、指を絡めて手を繋いだりするのは、不思議に思うのではないか??
今は、外を歩くときは髪色が目立つからと、ミカゲはフードを被っている。
もしも、ミカゲが本当の姿を見せたのなら、同性からも異性から、多くの者に言い寄られるだろう。
ミカゲは今までで一度も、誰かに愛を囁かれたことがないらしい。
ミカゲの世界の人間は、美醜感覚が狂っているとしか思えない。容姿だけでなく、心も清らかで優しいミカゲに、心惹かれないはずはないのに。
もし、私がミカゲともっと幼い頃に出会っていたのなら、決して離さない。
他人の入る余地などないくらいに親密になって、私以外の者の目には止まらせないように囲うだろう。
露天風呂の設置された脱衣所で、何のためらいもなく私の前でも裸になったミカゲに、こちらが狼狽えた。
反射的に身体ごと顔を背けて、先にミカゲを風呂に入るように促した。
私も服を脱いで露天風呂に向かうと、すでにミカゲが泡まみれになっていた。
この宿の石鹸は上等で、随分と泡立ちが良かったのだろう。もこもこの泡に包まれたミカゲが、なんとも可愛らしくて笑ってしまった。
思わず笑った私を見て、ミカゲは少しだけ頬を膨らませてプイっと拗ねた。
こんな表情をするのも珍しくて、ついつい笑みが深くなる。すると、次にミカゲがとんでもないことを言い出したではないか。
「……スフェン、背中流そうか?」
「っ?!」
俺は驚きのあまり声が出なかったと思う。
背中を洗い合うというのは、この世界では恋人同士がすることだ。私が驚きのあまり固まっていると、ミカゲの故郷の話をしてくれる。
ミカゲの世界では、親しい者同士でも背中を流し合う風習があるらしい。
私にもそれをしたいという事か。
親しく思ってくれているのは嬉しいが、やはりまだ恋愛対象までには至っていないようだ。
私が黙ったままでいると、身体を触られるのが嫌なのかと勘違いしたミカゲが、しょんぼりと肩を落としている。
慌ててミカゲにお願いして、背中を流してもらうことになった。
背中を洗う意味については、後でミカゲに説明しておこう。心なしか、ミカゲが少し嬉しそうだ。
ミカゲが俺の背後に座って、背中をタオルで擦っていく。何を思ったのか、ミカゲが私の背中を泡のついた手で撫でまわしてきた。
こらこら、そんな悪戯をするんじゃない。
くすぐったくて、思わずクスクスと笑い声が漏れる。
交代してミカゲの背中も流すことになった。
もともと、筋肉の付きにくい身体なのだろう。
私よりも一まわりは小さく、華奢な背中だ。
あまり見ていると、私自身が我慢できそうにない。
タオルでミカゲの背中を泡まみれにしながら、ミカゲに少し気になったことを聞いてみた。
「……ミカゲの国では、皆が背中を流し合うのか?」
「そうだな。親子とか、友達とか……。俺も男友達と一緒に風呂に入って、みんなで洗い合ったよ。……そういえば、肌がスベスベだって褒められたな。」
文化や常識の違いがあるものの、ミカゲのこの身体を見知らぬ男が見たというのが腹立たしい。
しかも、この滑らかな肌にも触られたという。
思わず不機嫌な声を出してしまった自分に、情けないと内心で苦言を呈した。
自分がこんなにも狭量だとは思わなかった。
ミカゲの肌を知っている、誰とも知らない男に嫉妬するなんて……。
ミカゲの身体の泡を洗い流してやり、私たちは湯舟に浸かった。
湯けむりに包まれたミカゲの身体は、神秘的でそれは美しい。
この真珠のような滑らかさに、きめ細かい肌。
肌の色は異国の情緒が漂う、真っ白ではなく柔らかなクリーム色。
今は湯で温まったのか、ほんのりと薄紅色に肌が色づいているのが、なんとも艶めかしい。
無駄な筋肉が付いていない、ほっそりと華奢な体躯。
その身体から、あの鋭い剣戟と苛烈な魔法が放たれると、誰が想像できるだろうか。
美しくも、青年と大人の刹那に垣間見える、独特の怪しい色気がある。
薄暗い光に照らされた姿は、まさに女神のようだ。
出会った頃のことを、ふと思い出す。
本当にミカゲは静かな夜がよく似合う。
ミカゲ自身が凛と佇む月のようで、いつまでも見ていたとさえ思ってしまう。
ミカゲはうっとりとして、頬を薄紅色に上気させていた。すっかり気を抜いているのか、身体も力を抜いて湯に揺蕩せている。
どこか煽情的なミカゲの姿に、ドクンっと身体から欲望が渦を巻いて上がってきた。
……ああ、ミカゲ。無防備にもほどがあるだろう。
そんな顔を、閨を連想させるような表現を、雄に見せてはいけない。
自分でも、こんなに嗜虐心があっただろうかと驚く。
文化の違いと言えど、さすがにこの美しい身体と、ミカゲの煽情的な表情を誰かが見たのだと思うと、とたんに心には黒い感情が芽生える。
部屋にあった観光マップを楽し気に見ているまではいい。ただ、窓から地面までの高さや、宿の動線をさりげなく確認しているのには頭を抱えた。
ミカゲは危機感を持つどころか、抜け出して温泉に行く気満々ではないか。
行きたい場所には自由に行かせてやりたいが、さすがに公衆浴場はだめだ。
こんな妖艶で潔白な女神を、他の者に見せるなんて許さない。
「……ミカゲ。」
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