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第一章 始まりと出会い

騎士団長と尋問

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気が付くと、布張りの天井が見えた。


身体がふわりとした毛布に包まれていて、肌触りが良く温かい。そして、顔の左側では黒色の小さな背中が、呼吸で上下に動いていた。
クルンとした尻尾が俺の頬に当ってくすぐったい。


ふわふわな毛布の上に、これまたモフモフの黒色の物体が丸くなって寝ている。コマが心地よさそうに寝息を立てていた。

コマのどっしりとした態度とのんびりとした様子に、思わず笑みが零れてしまう。


俺はゆっくりと上半身を起こした。まだ、体力は万全ではないようで、少し気怠い感じがする。

俺が身体を動かすたびに、ギシリッと軋む音が聞こえた。どうやら、床から少し高い位置にいる俺は、ベッドで寝かされているようだ。

 
俺は改めて周囲の様子を確認した。

壁も布地で、部屋の真ん中には太い木の棒が立てられ天井を支えている。部屋には机に椅子、テーブル、という簡素な家具が置かれていた。

そして、机を挟んでもう一つ簡易ベッドが設置されている。床には分厚い絨毯が敷かれていた。


おそらく、テントの中なのだろう。
時折、外の風で布地がたわんでいる。

 
俺はルストタートルを倒して沼を浄化した後、倒れてしまったことまでは覚えている。

そのときに、誰かの声が聞こえたような……。

 
意識が遠退くときに、驚くほどのイケメンにお姫様抱っこされたような気がする。

 
……ここは一体どこだろうか?


「……ここは…?」

声が少し掠れている。かなりの時間、意識を失っていたのかもしれない。俺が呟いたとき、テントの合わせ目が一人でに開いて、光が差し込んできた。

 
「……っ!目が覚めたのか。」


昨日俺のことをお姫様抱っこした、イケメンの騎士様が、食事を乗せたお盆を手にテントに入ってきた。
食事をテーブルに置いて、俺の寝ているベッドに近づいてくる。

眩しいくらいの美貌の騎士様は、心配そうに眉を寄せて俺の様子を窺がってくる。

 
「身体は辛くないか?」

「はい、大丈夫です。助けていただき、ありがとうございます。」


初対面の人をわざわざ助けてくれるなんて、とても良い人だ。
俺は感謝を表すために、精一杯微笑みながらお礼を言った。

 
すると、イケメンの騎士様は耳まで真っ赤に染めて、ぷいっと顔を背けてしまう。「……可愛い」となにかブツブツ呟いていたが、小さな声で俺には聞こえなかった。


気を取り直したようにこちらに向き直ったイケメン騎士様は、ふわりと笑って俺の頭を優しく撫でる。
周りに花が咲き誇った背景が見えるくらい、完璧な王子様スマイルだった。


「ここは国立紅炎騎士団の駐留地だ。君のことはうちで保護するから、安心するといい。」

 
ナイアデス国には国立の騎士団が幾つか存在する。

王族の護衛を主な任務とする紫炎騎士団。
街の治安維持を主とする緑炎騎士団。
魔物討伐を主とする紅炎騎士団。


なぜ、国立騎士団がこの森に……。


頭の中で疑問を浮かべていると、目の前の騎士様が耳に心地よい甘い声音で名乗った。


「…そういえば、まだ名乗っていなかったな。私は国立紅炎騎士団団長、スフェレライト・クリソン・グランディア。スフェンと呼んでほしい。……きみは?」


騎士団長……。
なんだかとても偉い人に、俺は保護されたようだ。


着ている服装も騎士服そのもので、部屋の中には彼のものであろう剣が置かれている。


「俺はミカゲと言います。冒険者です。」

俺が自分の名前を名乗ると、スフェンは確かめるように俺の名前を繰り返し口にした。


「ミカゲ……。この辺りでは珍しい響きだな。綺麗で良い名だ。……昼食を取りながら話をしよう。」

テーブルの食事に手をつけながら、俺とスフェンは向かい合って話を進める。


「私たちはこの森に、魔物討伐のため来ていた。最近、魔物の狂暴化が原因で甚大な被害が出ていてね。魔物の出現情報をもとに訪れたんだ。」

 
スフェンは、騎士団がこの地に駐留している理由を俺に説明してくれた。
やはり、邪気の影響が各地で出てしまっているようだ。


魔物の被害があったという話を聞くと、胸が冷たい鎖で締め付けられる思いだった。


それを招いたのは、俺自身なのだから……。


「俺は倒れてから、どれくらい寝ていましたか?」

今の時間帯は昼。魔物を倒したのは夜だから、少なくとも半日は寝ていたことになる。

 
「丸一日だ。それほどまでに、体力と魔力を消費したのだろう。一週間は安静にと軍医が言っている。私たちはこれから王都に帰還する予定だ。ミカゲのことも王都まで送ろうと思っている。」

 
丸一日寝ていたということに、俺は驚いてしまった。
確かに、今までで一番魔力を消費していたし、疲労も溜まっていたのだろう。


「……休ませていただいて、もう十分回復しました。これ以上ご迷惑になるわけにはいきません。」


俺は内心、ここから早く出ようと焦っていた。
これ以上、国の中枢にいる人に関わるのは避けたい。

このスフェンは、騎士団長をしているだけあって隙がないのだ。
些細な仕草でも、俺が精霊が視えていることや、浄化について暴かれそうで怖かった。

 
「何を言っている。ミカゲは今、魔力と体力を消耗してまともに動けないはずだ。万全になるまでは安静にしていなさい。無理をするんじゃない。」

 
少し怒ったような口調で、スフェンは俺を諫めた。
その声音から、俺のことを本当に心配してくれていることが伝わってきて、少し嬉しく感じてしまった。

 
俺の身を案じてくれるスフェンには申し訳ないが、先を急いでいる。

 
「でも、俺にはやらなければならない事があるんです。」


俺の言葉を聞いたスフェンは、一口お茶を口にすると静かにカップを置いた。

カップから上げた視線は、先ほどの柔らかな様子とは打って変わり、真剣な眼差しで俺を射貫いた。

 
「……ミカゲ、君について教えてほしい。」

 
ある程度は覚悟していたが、やはり冒険者と名乗るだけでは足りなかったか……。

ソロの冒険者が、魔物を討伐後に気が抜けて意識を失ったと言えば、状況的に辻褄が合うはずだが。


「……はい。」

スフェンは俺に何を聞きたいのだろう。


「……ミカゲ、君は精霊が見えているね?」

 
その言葉に俺の心臓が跳ねて、思わず身体も反応しかけるのをグッと堪えた。


精霊が見える人はこの世界では希少。
精霊の加護が強い証拠なのだ。

精霊の加護を持つ者は、特別な力やスキルを持っているものが多い。そして、国に申告するという義務があった。


冒険者ギルドで登録を行うときも、スキルだけでなく加護も明確に登録される。


俺は『隠蔽』を使って、自分自身の情報を偽装した。
『精霊王の愛し子』なんて、それこそ騒ぎになるからだ。最悪の場合、国に囲われてしまう可能性があった。

 
「……まさか。俺には精霊なんて見えませんよ?」

俺は動揺を悟られないよう、落ち着いた様子で答える。相手の真意を探るため、まっすぐとスフェンのエメラルド色の瞳を見つめた。


「……警戒させてしまったかな。実は私も、精霊が見えるんだ。ほら、ここに飛んでいるだろ?」


スフェンが指差した場所には、確かに風精霊が浮いている。スフェンの右の人差し指に着地した精霊は、ニコニコしながらこちらに手を振っていた。

目線も、精霊たちに向いていて、スフェンは本当に精霊の姿が見えているようだ。

 
風精霊はスフェンの指先から飛んでいき、スフェンの目の前を通過して左肩に座った。動かさない様にしていた視線は、僅かに無意識で精霊の動きを追ってしまったようだ。

 目の前の騎士は、その些細な変化を見逃さなかった。


くすっとスフェンは笑うと、どこか嬉しそうに俺を見ていた。

「……その様子だと、やはりミカゲにも見えているんだな?…実は、私の周囲に精霊の見える者がいなくてね……。つい、嬉しくなってしまったんだ。」

 
スフェンは優しく微笑んだ。
俺は、なんと答えれば良いか、何も言えずに黙りこむ。

これでは、精霊が見えると肯定しているようなものだ。しかし、見えていないと否定すれば、さらに追及されて他のことも暴かれそうだ。


ここは、黙り込むしかなかった。


俺が黙ったままでいると、スフェンは話を続けた。

 
「私は、精霊たちに導かれて泉に行ったんだ。そして、ミカゲが泉で舞っているのを偶然見かけた。」

「っ?!」

まずい……。
浄化している姿を見られてしまった。
ということは……。

 
「沼での戦闘も目撃した。ミカゲが赤い石を砕くと同時に、黒い靄が晴れていくのも……。毒沼も元の美しい姿に戻っていた。」


魔石を砕く様子も目撃されていたか。

もう、全てを見られてしまっている。
しかも、国の騎士団の筆頭に。


嫌な汗が身体をひやりと伝っていった。
ここから、どうやって弁明すればいい?


「ミカゲ……。あの赤い石はなんだ?」


スフェンに問われた俺は、瞬時に『感知』を発動した。この人が信用できる人なのか、どこまで話をすればよいのか、見極めるためだ。


頭の中にはステータスが表示される。

 ・。・。・。・。・。・。・。・。・。
名前:スフェレライト・クリソン・グランディア
性別:男
年齢:23歳
体力:500/8000
魔力:1000/15000
魔法属性:風、水、光
スキル:隠蔽、鑑定、索敵、魔法付与、身体能力強化、連携魔法
称号:風精霊の加護、剣士、ナイアデス国立紅炎騎士団団長、ナイアデス国の第三王子(王位継承権は辞退。)

・。・。・。・。・。・。・。・。・。


国の第三王子だって?
選りによって王族だったのか……。


スフェンの言葉は、さらに続いた。
スフェンの話す口調は穏やかだが、俺は証拠を並べられ追及されている気分だった。


「ミカゲが倒れて寝ている間、隊員が魔物討伐に出かけた。不思議なことに昨日までいたはずの、狂暴化した魔物がいなくなっている。まるで本来の森に戻ったようだった。」

 
そこで言葉を切ると、スフェンは俺に問いかける。
俺の喉は自然と鳴り、緊張で口が渇いていく。
 

「ミカゲ。君は何者だ?一体、何をしなければならないんだ?」


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