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第一章 始まりと出会い

水月の泉と舞

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俺たちは、次の目的地である水の精霊アイルの棲み処を目指していた。木の精霊ポムフルールに貰った地図では、もうそろそろ棲み処に到着するはず……。

 
棲み処に近づくにつれて、邪気は一層濃くなってどんよりとした重いものになっていく。時々立ち止まって浄化の呪文を唱えながら進んでいた時だ。

ふよふよと水色の光が目の前を通り過ぎたかと思うと、また戻ってきて今度は俺の目の前でピタリと止まった。
 
それは、小さな精霊たちだった。子供のような見た目で、服の星型の襟部分に水色で雫型の飾りがついている。水色の光の色から考えて、水精霊たちだろう。

相変わらず楽しそうに『まいひめー』『くろわんこもいるー』とはしゃいでいる。


『くろわんこじゃないし!狼だし!』

俺の左肩に乗っていたコマは、キャンっと鳴きながら精霊たちに反論する。
一人の精霊がコマの頭の上に寝そべって『もっふもふー!きもちよいー。』と頬ずりしていた。もうやりたい放題だ。


というか、俺の肩で休んで楽してるんじゃない。
黒狼、自分で歩きなさい。


俺は小さな水精霊たちに『こっちにきてー』『アイルのおうちは、こっちだよー』と言われ、手で招かれる。精霊たちの後を追いながら、俺たちは森を進んだ。

 
突然、鬱蒼とした森が無くなり視界が広がった。

そこには、月明かりを反射し揺らめき、静かに佇んでいる泉が姿を現した。


静寂な森の中に、清らかで凛とした空気が漂う。

泉の周りには乳白色の、風船に似た膨らんだ小花を、たくさんつけた植物が咲いていた。
日本でいうところの、スズランみたいな可愛らしい花だ。ゆったりと風に靡いて、鈴のように揺れている。

水の色は美しく澄んだ水色で、泉の底が見えるほどだ。泉の中心からはコポコポと水が湧き出ていた。


幻想的な風景に思わず見惚れて、立ち尽くす。


「……綺麗だ。」

『ふふっ。ありがとう。』

ふと、頭上からクスクスと笑い声が聞こえて、驚いて声が聞こえたほうを仰ぎ見る。

光を靡かせて、泉の色と同じ水色の髪、瞳と目が合った。柔らかい布を幾重にも重ねた、長い裾は足先までも隠していた。


男がいる場所は、自分の上空。
つまり空に浮いていた。


そのまま、男は泉の水面の上にふっと降り立つ。水面に沈むことはなく立っている。男が足先で触れた水面には波紋が広がり、小さく揺らしていた。
それはとても神秘的で美しい、清らかな存在だった。

 
『初めまして、ミカゲ。私は水精霊アイル。君の踊りはとても綺麗だと聞いているよ。ねえ、ぜひ踊っていってよ。』

アイルはそう言うと、ふふっとまた微笑んだ。

先ほど俺たちを案内した水精霊たちが、わらわらとアイルの側に寄って行き、『まいひめ、つれてきたー。』『ワンコもつれてきたー』と口々に報告している。

アイルは精霊たちを褒めながら、楽しそうに微笑み俺の両手を握った。

 
『他の精霊たちが自慢してくるから、つい見たくなっちゃったんだ。だから、いいでしょ?』

見かけによらず、アイルは少し強引でマイペースな性格のようだ。口をほんの少し尖らせて、子供のように舞をせがんでくる。

 
浄化の仕方は、舞でも可能であることは実証済みだ。自分自身も、こんなに綺麗な場所で舞うことができるなんて光栄だった。

 
「分かった。」

俺は一つ頷いて、アイルに了承の意を伝える。


『やった!じゃあ、せっかくだから舞台を用意しようね。』

そういうと、アイルは俺の両手を引いて泉の中心に向かって歩き出した。俺は手を引っ張られて、片足を泉に向けて踏み出す。

俺の片足が泉の水面に触れたとき、足先から波紋が広がっていく。泉に浸ることがなかった片足は、床に足を着いたように水面に着地した。

俺が驚いて目を丸くしていると、アイルは悪戯が成功したかのように、楽しそうな笑い声をあげた。


すごい。俺たちは水面を歩いている。
俺の後ろからは、てちてちとコマがついてきていた。


月の光に照らされて静かに輝く水面を、水精霊と俺と、黒色の精獣が波紋を作りながら歩いていた。

 
『ここで踊ってほしいな。ちょうど月明かりが綺麗でしょ?』

スポットライトのように、満月の青白い光が水面に映っている。その中心に立たされ、波紋で水月が僅かに歪んだ。

コマはアイルに抱き上げられて、大人しくしている。


水の精霊にちなんで、水流の舞をしよう。
マジックバックから舞用の道具一式と取り出した。
羽織と扇子、腕輪だ。


羽織は俺専用に誂えられたもので、白地が裾に広がるにつれて、夜空を思わせる暗い紺色へ変わっていく。見事なグラデーションの染め物だ。

所々に雪や氷をを思わせる結晶が、銀糸であしらわれている。動くと光を反射して、時折キラリと輝くのが美しい。

 
扇は羽織にあわせた紺色に、雪の花と蔦模様が銀色で細やかに描かれている。

金の腕輪は小さな楕円形の薄い金属が数枚ついていて、舞で動くとシャランっと涼やかな音が鳴った。

 
舞の準備ができたところで、俺は一度深く息を吸い込んで深呼吸をした。

そして、両方の羽織の袖口を持ち上げて口元に持っていった。

これが、水流の舞を踊るときの始まりの姿勢。


水は静と動。

滝のような壮大な水流を思わせる大胆な動きと、静かな水面を思わせる滑らかな動き。

水面を蹴り上げると、水しぶきが遊び、扇からも水が弧を描くように放たれる。舞で水面に足が触れる度に、波紋状に浄化の風も広がっていった。

 
水精霊たちが舞に合わせて、淡い水色の光で、俺の周りをふわりっと飛んでいる。
その光が鏡のように水面に映って、綺麗だった。


両手を広げて、一度片足で踏み鳴らす。
舞を踊り終えて、森の静寂が戻った。

泉の水が透明な水が僅かに光っている。泉周辺の森も黒い靄が晴れている様子が分かった。今回もちゃんと浄化出来たことに安堵した。

 
そして、やはり淀んだ泥のような邪悪な魔石の気配を感知する。
肌が粟立つような、全身に悪寒が走る感覚は何時まで経っても慣れそうになかった。


「……??」


前と同じように、確かに魔石の反応がある。だけど、以前と様子が明らかに違っていた。


ドクンっ、ドクンっ。


一定箇所に留まっているが、強弱をつけながら反応しているのだ。まるで、心臓の鼓動のように脈打っていた。

何よりも、ポムフルールの時より、強く邪悪な感じがする。


俺は衣装を脱ぎながら水面から地面に降り立つと、コマとアイルと一緒に足早にその場所まで向かった。


魔石を浄化することにしか頭になかった俺は、背後を追いかけて来る一人の人間の気配に気が付かなかった。

 

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