不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第一章 始まりと出会い

精霊王ベリル

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……温かい。ぬるま湯に揺蕩っているみたいだ。

先ほどまで宝物庫の冷たい床に身体を預けていたはずなのに……。
微睡む思考が、徐々に覚醒していく。

 
「……ここは?」

白とベージュのタイルが幾何学模様を描いている床に白い壁。その広い部屋は外国の教会のような神聖な空気が漂っていた。

見上げた天井はアーチ形になっていて、濃紺色や白色のタイルで見事なモザイク模様が施されている。まるで夜空と星のようだ。
白いだけに見える壁にも、よく見るとツタのような植物のレリーフが細かく彫られている。

 
室内なのに、温かで心地よい風を感じるのが不思議だ。
全く知らない場所。でも、懐かしいような、落ち着くような気がするのはなぜだろうか。


『突然申し訳ありません。……美影。』

突然、男の声が聞こえて俺は後ろを振り返った。

全体が白銀で、毛先に向かうにつれて薄い水色に変化する長髪。
整い過ぎている容姿。

目は少し垂れぎみで優し気な印象だ。
瞳の色は春の若葉を思わせる薄い緑色。その瞳は不思議で、緑色の中に小さな光が漂っているような幻想的な瞳だった。

裾の長い白色の服を着て、幾重にも重なった薄い布はふわりと風に浮いている。


一目見て分かる。
人間ではない。


「…あなたは?」

「こんにちは、美影。私は精霊王のベリル。」

男性は眉を寄せながら、申し訳なさそうに名前を教えてくれた。


しかし、精霊と来たか……。

精霊という存在は日本にはいない。
妖や神使という精霊に近いものはいるが、そういった者たちは自分たちのことを『精霊』とは言わないのだ。

 
「……ここは、どこですか。」

日本でないのなら、俺は外国にでも来たのだろうか?

『ここは、ナイアデス国の精霊が集う場所です。』

ナイアデス国?聞いたことがない。
俺の知らない、小さな国の名前だろうか。

 
『詳しい事情を説明します。こちらに座ってください。』

示された場所にテーブルとイスが用意されている。

テーブルの上にはティーカップが二つ置かれ、中から湯気が立っていた。先ほどまでは無かったはずのそれらが突然現れる。
やはり、ここは世界の理とは隔離された場所なのだと思い知らされた。

 
俺が椅子に座ると、ベリルも椅子に座りお茶を一口飲んでから話始める。

 
『この度は、突然このような場所に呼び出して、申し訳ございません。ここは、日本ではありません。そして、あなたが住んでいた世界とは全くの異なる世界です。』


日本ではないことは薄々分かっていたが、異なる世界?
もしかして……。

俺の何か察した様子に、ベリルは一度頷いた。


『そうです。いわゆる、異世界なのです。そして、私はその異世界の精霊王をしています。』

 
まるで御伽噺のようだった。最近のライトノベルとかアニメでいう、異世界転移というものか。

にわかには信じがたいが、目の前の存在が今の状況が異世界だと物語っている。

 
「異世界の精霊王が、なぜ俺を?」

それこそ、異世界と自分にどんな繋がりがると言うのだろう。純粋に疑問に思った。

 
視線をほんの少し伏せたあと、ベリルが意を決したように話し始めた。


『…美影は、実家の神社に何が封印されていたか御存じでしたか?』

封印?
父からは神社に住む妖について聞いたことがあるが、『封印』と言う言葉は一度も聞いたことがない。
祖父も何も話していなかった。

 
「……いや。」

俺は思い当たるような記憶がなく、左右に首を振った。俺の反応を見て、ベリルはゆっくりと話を進めた。

『……実は、あの神社にはシユウという、狂暴で凶悪な邪神が封印されていました。』

 
シユウ。いくつかの古書に出てくる邪神だ。
その性格は凶悪、貪欲。そして残酷。

人間のような身体をした巨体。頭部は牛で、大きな角を頭上に2本生やしている。銅の鎧と兜を身に着け、額は皮膚が鉄のように硬いと言われている。

手は6本あり、それぞれの手には剣や棍棒、槍、盾などが握られ、足は鷲のように鋭い鉤爪を持つ。


『古に悪行の限りを尽くしたシユウは、当時の陰陽師たちが討伐しようと試みました。しかし、あまりにも強力だったために討伐は出来ず、封印にとどまったのです。そして、邪神の封印を守るため、建てられたのがあの神社です。』


神社の境内にあった宝物庫には、確かに陰陽師に関する書物がたくさんあった。そんな繋がりがあったのか。


『封印は時とともに衰えていく。神社に参拝してくれる人が多い程、神力が強まり邪気を抑えることができます。そして、シユウが封印されたのと同じ日付に、舞を奉納して封印を強固にする。……後世の神社を管理する者に代々受け継がれてきた慣習です。』

 
父が言っていた、年一回必ず俺の誕生日に舞を奉納するよう言っていたのは、このことだったのか。


『……しかし、ここ最近は神社を訪れる人々が減ってしまい、神力が弱まっていました。美影が毎日祈祷をして、年1回の舞を欠かさず行ってくれたので、何とか保てていたのです。』


話を聞いていて、俺は顔色が段々と青ざめていったと思う。
身体は冷たくなっていて、情けないことにガタガタと震えだした。

これから、言われる事実を想像すると、さぁと顔から血の気が引いていく。


『………今年は、どうしても美影は舞うことができなかった。封印に些細な綻びが出来ました。』

『その綻びから邪神シユウが逃げ出したのです。』

 
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