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僕の趣味は女の子、君の趣味も女の子

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 結局、部長に上げた書類にミスはなく、定時を少し過ぎたところで退勤することができた。柿崎部長の奢りで飲んだ缶コーヒーは、疲れた脳味噌と体にとても美味しかった。

 いつも仕事帰りにはエレベーターは使わない。エレベーターの隣のドアを開けて非常階段を使う。重力に引っ張られるようにトントン勢いよく駆け降りていくのが気持ちいい。今日もリズミカルに駆け降りて1階のドアを開けた。

「きゃっ!」

 ドアの先に飛び出した自分を避けるように動く人影と、女の人の声が聞こえた。

「あ、すみません。」

 ドアを閉めながら謝って相手を見ると、そこにいたのは齋藤さんだった。

「渡良瀬くん!」
「あ、齋藤さん。ごめんね?」
「大丈夫。」

 笑顔になった齋藤さんにホッと一安心。ドアを開ける時には気をつけなくちゃ。齋藤さんもちょうど帰るところだろう。朝と同じバッグを持っている。

「帰り?」

「うん。一緒に駅まで行かない?」

 いいよ、と言いかけて止める。さっき金井と渡辺と話した言葉が耳に残っている。金井は齋藤さんが好きなんだ。そして僕はそんな金井に告ってもいいんじゃないか、と勧めた。

「ああ、僕ちょっと本屋に寄ってから帰ろうと思ったんだよね。遠回りになるから出口までで。」

 この街1番の品揃えで有名な本屋は、ちょっとここから遠い。目の前の横断歩道を渡って細い路地を行くのが1番の近道だ。駅は会社を出て左側。道を真っ直ぐに進んだところにある。

「え、太田書店でしょ? 私も行きたい! ちょうど欲しい本が発売になった頃なの。一緒に行ってもいい?」

「あ、ああ。……いいよ。」

 他になんて言える? 金井に見られませんように、いや渡辺の方が厄介だ。あの2人に絶対に見られないようにと祈りながら、齋藤さんと会社を後にした。

「……迷惑だった?」

 暫く無言で歩き、横断歩道を渡ったところで齋藤さんが呟いた。渡辺に見られたらなんて言われるだろう? なんていうことを想像していた僕は、ハッとして現実に引き戻された。

 齋藤さんは、朝と変わらないメイクを光らせながら僕の方を上目遣いに見ていた。まつ毛が長い。そして前髪が相変わらず揺れている。

「あ、いやごめんね? 仕事のこと考えてた。齋藤さんは何を買うの?」

 僕の問いに何故か真っ赤になった齋藤さんが前を見ながら「漫画。」と答えた。なぜ真っ赤になるんだ? 6月が近づき、日が長くなった。ピンクに色づいた空を背景に、彼女の顔も同じ色に見える。

「そっか。この細道の方が近いから、こっちから行こうか。」

「うん。」

 そこからは今日の仕事はどんなものだったとか、好きな漫画が何なのかなどと話しながら歩き続けた。強くなってきた店の明かりで、齋藤さんの様子を伺いながら歩く。あの2人に見られたらということは考えないように努めた。

 

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