もこ

文字の大きさ
上 下
31 / 65
暗雲

2

しおりを挟む
 いつもより一本早い電車の中は少しだけゆとりがあった。愼セレクトの音楽を聴きながらドアの近くに陣取って立ち、流れる外を眺める。下草が枯れ始め、遠くに見える木々も茶色く色褪せてきていた。

『米田さんはきっと次の電車だろうな。』

 このまま会わなくて済むというわけにはいかない。会いたくないけど会わないようにするのではなく、自然に振る舞って、そして……バイトも辞めたことを伝えなくては。

「そのままで。」

 急に聞こえた低い男の声と、背後に人の気配を感じて体が揺れた。思いっきり振り返ると、そこには駅で別れたはずの小林さんが立っていた。帽子を被っていない。

「ど、ど、どうしたんですか?」
「前を向いて。何事もなかったように。」

 そう呟いた小林さんが少し離れていくのを感じた。と同時に愼の声が聞こえてくる。

『驚かせてすみません。優樹様、そのまま外を向いて何事もなかったように振る舞ってください。』
「何かあったの?」

 電車の中だろうがなんだろうが、そう呟かずにはいられなかった。少しだけ体が震えてくる。誰にも分からないことを祈りつつ止めようと深呼吸を繰り返した。

『半径20m以内に例の信号を捉えております。優樹様と一緒に動いていることから、電車に乗っているのは確実です。小林様が辺りを調べるはずです。降りる時には少し後方でお守りする予定です。』

 ゆっくりと首を回して辺りを見回す。殆どが自分のスマホに夢中になっている人ばかりだ。席に座って話に夢中になっているのは、中年の夫婦か? 朝早くから何処かに旅行だろうか。大きなスーツケースを前に抱えている。

 小林さんの姿はいつの間にか消えていた。違う車両に様子を見に行ったのかもしれない。あと2駅。何となくザワザワしたものを感じながら、残り10分足らずの時間をどうにかやり過ごした。

『いつも通りに。』

 愼の言葉が聞こえてくる。いつも通りって言ってもどうだったっけ? 何だか喉がカラカラだ。欅藝大前駅を降りて改札を抜ける。ゆっくりと後ろを振り返っても小林さんの姿は見えなかった。

『小林様は駅におります。チェックしていた信号がそのまま列車とともに過ぎていきましたので、戻ってもらいます。帰りはお迎えに。』

「いつまで続くんだろうな。」

 周りに人がいないことを確認して、小声で呟く。とにかく喉が乾いた。大学の学食前の自販機で、何か温かいものを買って飲もう。俺の声は、愼には届いているはずなのになかなか返事が返ってこなかった。

『…………もう少しだけご辛抱ください。』

 人の声が僅かに苦渋に満ちているように感じる。そんなに心配事なのか? 肌寒い11月の空気が余計に冷たくなったように感じて、ダウンの首元のボタンをはめ直しながら歩き続けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...