もこ

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暗雲

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「おはようございます。」

 マンションを出た所で小林さんが待っていた。一昨日と同じ白い野球帽。ジャンパーをかえて若づくりしているが、かえって怪しさ満点だ。

「よろしくお願いします。あの、もうその帽子は無くとも顔を覚えたので。」
「そうですか。」

 たぶんこの人は親父より少し下ぐらいか同じぐらいか……。体が締まっているから若く見えるけど、目尻に皺が見える。ジーンズ姿にカーキ色のゆったりとしたジャンパーを纏った小林さんを従えて駅まで歩く。

 このことが愼と昨日話し合ったこと。とりあえず冬休みに入るまでの1か月間は、学校の登下校にはこの人がボディガードになる。愼が不審に思っているのはマンションから駅までの移動の最中らしい。

 幾ら払うことになるのだろうか、という心配はしないことにした。どうせ親父も納得していることだ。そして、昨日は電話をしてバイトを辞めさせてもらった。

『ちょうどいい口実になったよな。』

 愼にかけてもらった曲を聴きながら駅を目指して歩く。紹介をしてもらった米田さんには悪いけれど、「家の都合で」と言えばそれ以上は追求されないだろう。

 今日は駅で米田さんに会うかもしれない。でも家を出る時間を少しだけ早めたからセーフか? そんなことを考えている間にあっという間に駅に着いた。

「ここまで、ですか?」
「いや、王高寺さんが改札を通るまでご一緒します。挨拶は不要です。いつも通りに。」

 エスカレーターの乗り口近くで後ろを振り返り、小林さんを見上げる。この駅はこの街のターミナル駅になる。2つの路線が入り込み、都心に出る乗り換えの人々でごった返す所だ。少し立ち止まっただけでも、後ろからどんどん人が追い抜いていってエスカレーターや階段を登っていった。

 俺もそれ以上は問わずにいつも通りに流れに入る。2階の改札口をそのまま後ろを振り返ることなく通っていった。

『行った。』

 3番線のホームに降りるエスカレーターに向かう途中で後ろを振り返ると、右手を耳の所に当てながら去っていく白帽子の人がチラッと見えた。

「愼、毎日こんな感じでいいの?」

 駅のホームに降りて、人混みから少し離れたところまで行って愼に問いかける。すぐに音楽の音量が小さくなって愼の声が聞こえた。

『はい。小林様とお話しする必要はございません。居ないもののように捉えていつも通りに。』
「分かった。」

 明日はあの白い帽子を被るのを止めるだろうか。そんなことを考えながら、電車を待つ人の列に並びに行った。

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