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愼
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しおりを挟む「ふーん、金かかってそうだな。」
俺の呟きに、及川さんは敏感に反応した。
「ま、それなりに。しかし、近くにいることのできない王高寺社長が優樹さんを心配して……。」
「別に必要ないし。」
「……。」
仕事が忙しい父親とは、物心ついた時から殆ど一緒に暮らしていない。それでも中2ぐらいまでは、毎日顔を見せに来ていたけど……。最近会ったのはいつだろ? 母親は顔も覚えていない。
「では、私はこれで。分からないことは何なりとこのホームAIにお尋ねください。私たちへの連絡も……楽なはずです。」
及川さんが席を立つ。それに合わせて俺も席を立ち、2人で玄関まで歩いて行った。玄関の鍵を開く。いつの間にか施錠されていた。
「快適に過ごすことができると思いますよ。それでは。」
「どうも。」
おざなりに頭を下げ合い、及川さんがドアの外に出た。少し躊躇ったように後ろを振り向きかけ、気を取り直して歩き始める。そのうちに見えなくなった。遠くでエレベーターの動く音がする。
よしっ、部屋の探険だ! 及川さんがいなくなって1人きりになると、片っ端から扉を開けて回った。シューズクローゼット、風呂場、トイレ、そしてリビングの扉と……ここは?
『そこは、寝室です。クローゼットにはいくつか服が入れてあります。優樹様の送った荷物は、廊下の収納スペースに。』
廊下の収納スペースなんてあったっけ? けれども、寝室のベッドの隣にある小さなテーブルに興味があるものがあった。ノートパソコン。大学のレポートを書くのに新しいのがあるといいな、親父と最後に話したときに、そんな事を言ったような気がする。
「なぁ、お前のその声変えられんの?」
パソコンを立ち上げながら、AIに話しかける。この声を四六時中聞いているぐらいだったら、パソコンにメールでも貰ってやりとりした方がマシだ。
『もちろんです。どのような声に致しますか?』
「もっと低く……。女の声は嫌だ。」
AIはすぐさま反応した。
『これでいかがですか?』
「うーん、もう少しだけ高く。」
『このような感じでしょうか。』
いい声だ。優しそうなそれでいて少し男っぽい。これならいい。少しだけ安心した。パソコンが立ち上がり、最初の画面にF.O.の文字がクルクル回っていた。……何だこれ? 今までに見たことがない。
『大丈夫そうですね。』
パソコンのスピーカーから声がしてビックリする。
「パソコンの中にまでいるのか?」
『あらゆる所に。もう既にスマートフォンにもアクセスしておりますので、外でも何かお役に立てる事と思います。』
便利なような、ウザったいような……何だか変な気分だ。文書作成ソフトを見つけて立ち上げる。
「そっか。……じゃあ、名前をつけなくちゃな。」
『名前ですか?』
「ああ、俺が呼ぶ時の名前……。何がいいかな。」
これからいつも一緒にいるとなると……呼びかける時の名前が必要だ。
「……ジン。『愼』がいい。お前の名前は愼だ。」
パソコンの画面に愼と打ち込む。名前を100ポイントまで大きくすると、その文字の色が赤、黄色、青、緑と次々に変わっていった。歓迎しているようだ。
『分かりました。』
こうして、画面の中の文字を虹色に輝かせ、『愼』との生活が始まった。
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