自分とアイツ、俺とオマエ

ー純ー

4

「そうですか。シュンさんが……。」
「…………。」

　一人で立ち寄った「Ｊ」でマスターがゆっくりと口を開いた。ウィスキーの水割りを飲み干し、ロックを注文する。今日はこれで終わる。全然足りないが、悪酔いだけはしたくない。

「まぁ、俺には見る目がないんだよな。あーー、どいつもコイツもっ！」

　知らないうちに愚痴になる。頭に持っていこうとした手がマスターの言葉でふと止まった。

「純さんは、本気で追いかけたことがあります？」

　顔を上げてマスターを見る。マスターは氷を入れたグラスに酒を注いでいた。白いワイシャツに蝶ネクタイ。黒いベストにスラックス。いつもの身なりが違うように見えた。

「ああ、すみません。……でも、幸せなカップルを見ていると結構分かるんですよ。お互いの本気度が。」

　俺の方に優しい笑顔を向けながら、コースターを取り出してグラスを置く。グラスを手に取りながら、中の氷を眺める。ゆっくりと溶け出した氷がウィスキーと溶け合うように曲線を描いていた。

　マスターの言いたいことは分かる。俺は、追いかけたことがほとんどない。いや、一度もない。初めての経験も告白されたんだっけ。気軽に声をかけて身体の関係を持つことはあるが、付き合うことになるのは全員相手から……。

「本気度か。」
　グラス越しにマスターを見る。マスターも空のグラスを手に取ってクロスで磨きながら、こちらを見ていた。手元のグラスが、天井に埋め込まれた電球色のLEDで、オレンジ色にキラキラと輝く。

「純さんが、振られたとしても忘れられずに追いかけたいと思う相手。そういう方を振り向かせることができれば、幸せになれるのかと。」

　静かに紡がれた言葉が、自然と脳裏に染み込んでくるようだった。グラスを光に当てる。大きな氷がカラカラと音を立てた。

「追いかけたい……か。」

　誰かを追いかける……誰をだ？　シュンも哉太も即座に切った。もう一度振り向かせようなどとは考えもしなかった。俺とは合わないという気持ちにはなったが、俺に合う相手なんかいるのか？

「俺が今まで、一度も本気になんてなってなかったのかもな。」

　そう言ってグラスに口をつける。何故俺が長続きしないのか、分かったような気がする。さっき飲んだ水割りとは違い、酷く苦い味がしたように感じた。