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教育実習四週目

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『今日は、まだ誰も家に帰ってないだろうな。』

 太陽が西に傾き、真っ正面から夕陽を浴びる形で家裏の河川敷を歩いていた。まだ5時過ぎだ。今までで1番早い時間に帰宅できた。教育実習終了。何だか清々しい気分。



 教育実習最終日は部活を手伝わなくても良いと話があった。6時間目が終わると、全学年の子どもたちが体育館に集められ、簡単なお別れの集会を開いてもらった。僕は事前に知らされてなくて、危うく全生徒の前で泣いてしまうところだったけれど、何とか堪えて挨拶をすることができた。

 そして子どもたちが各々部活動に散った後、職員室で先生方を前にしてお礼の挨拶をし、最後の教育実習ノートを見てもらって、その後もう帰っても良いと言われた。少しだけ名残り惜しい気がしたけれど、荷物を全部持って職員室に残っていた先生方に挨拶をし、玄関へと向かった。

『小池に手紙を渡してきた。』
 見送りに来てくれた佐々木先生に、突然話しかけられた。

『小池は泣いてなかったな。五十嵐君の手紙だと言った時にはとても驚いていた。いや、大したものだったよ。お祖父さんお祖母さんたちに囲まれながら、キチンと参列者に頭を下げていた。』

 そうか。小池はそういう奴かもしれない。変に大人びていていつも感情を隠している……。でも一度だけ小池の本音に触れたことがある。1週間前の金曜日。何だかあの体育館での出来事が遥か昔の事のように思えた。

『小池は転校が決まった。』
『えっ!?』
『さっきお祖母さんから電話があって、父方の祖父母と暮らすことになるらしい。来週のどこかで転校手続きをするそうだ。』
『そうですか……。』

 では、本当にこれで小池と会うことは無くなるわけだ。部活の大会にも……来ないだろうな。そう考えると、手紙を渡してもらえたことは本当に良かった。佐々木先生に改めてお礼を言って、靴を履き、学校を後にした。



 家の裏門を開けて敷地に入る。南側の玄関に近づいたところで物音に気づいた。

「トモさん!」
「ああ、お帰り。早かったな。」

 ドアを開けたばかりのトモと鉢合わせになった。トモはやはりネクタイとスラックスの上に作業服を身に纏っていた。僕以外の3人がたまに着ているのを見かけるベージュ色の作業着。胸ポケットに「F」のロゴが紺色に輝いている。

「トモさん、いつもこんなに早いんですか?」
「いや、今日は特別。話があると言ったろ?」

 その言葉を聞いて今朝のことを瞬時に思い出す。学校のことや小池のことで頭がいっぱいで完全に頭から抜けていた。大切な話があると言ったトモ。そして額へのキス。学校で子どもたちに質問責めにあった時の、あの気持ち。

「着替えてきて。ちょっとだけ2人で散歩に行かないか?」
「は、はい。」

 硬直していた体がトモの一言で動き出す。何かを期待している。もう既に心のどこかでは自分の気持ちは分かっている。そんな気持ちで、トモの後に続いて家の中に入った。



 手を洗ったり着替えを済ませたりしながら、言葉少なく2人で家から外へ出た。トモの後に続く形で裏門から河川敷の遊歩道へと歩き出す。3つあるアスレチックを右手に見ながら、ただ歩き続けた。

「橋の向こう側にも遊歩道が続いているんだ。行ってみよう。」

 バス停の向こう側にある遊歩道は僕も知っていた。桜の木がたくさん植えられていて、花が咲くと見物客で賑やかになるけど、普段は人が少ない場所。僕は一度も足を踏み入れたことは無かった。

 そこは、ちょっとした憩いの場になっているらしかった。遊具は1つもなかったけれど、トイレや水道があって、所々に苔むした東屋が設置されているとても静かな場所だ。

 1番奥まで歩いて行く。橋から200mほど。散歩している人も遊んでいる人も誰一人としていなくて、ただ風だけがサラサラと桜の葉を揺らしていた。1番奥の東屋まで来ると、トモが立ち止まって僕の方に体を向けた。

「俺の名前は小池智治《こいけともはる》。元は小池基治《こいけもとはる》だった。」

「えっ?」
 あまりに突然告げられた言葉に、僕はトモが何を言い出したのか分からなかった。
 

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