上 下
65 / 104
教育実習四週目

10

しおりを挟む
「どうした?」
 トモの香りが僕の全身を包み込む。夕べ一晩一緒にいたからか、何故かその香りで安心できるような気がした。

「な、何も。」
「何もなくはないだろ? 泣いてた。」

 その言葉でまた涙が溢れそうになり、慌ててトモの胸に顔を押し付けた。

「が、学校で。」
「うん。」
「僕が関わっている子どもの両親と妹が。」
「…………うん。」
「交通……事故で……亡くなったって。」

 そこまで話した時に、トモが背中と僕の頭に回した腕の力がギュッと強くなった。僕もトモの背中に腕を回す。トモの力にとても安心できるような気がして言葉を紡いだ。

「何もしてあげられない。」
「……その子はカズにとって特別なの?」

 トモの言葉に首を振る。小池が特別なわけではない。教育実習で出会った子の中の1人。でも、先週末に告白されたとで、確実に僕の心の中に入り込んできている。

「金曜日に……。」
「うん。」
「小池に好きだと言われて。」
「うん。」
「10年経ったら考える、なんて酷いことを言った。」
「それで?」

 トモの呟きはとても小さなものだったけれど、体から直接響いてくる言葉が温かすぎて、全部話してしまいたいような気がした。

「10年経ったって、小池の相手になるはずがない。今はそう分かるのに適当なことを言っちゃって。」
「うん。」
「今週はもう会えないから、弁明のしようもなくて。」
「うん。」
「きっと今頃ショックで辛いはずなのに、側に行って慰めることもできない。」

 そうなんだ。僕なんか役に立たないことは分かっている。でも側に行って慰めることぐらいしてあげたい。小池にはどう取られるかは分からないけれど、僕が、僕自身がそうしたくてたまらないんだ。ただの自己満足でしかないもしれない。だけど……。

 トモに話をしながら、気持ちが整理できたような気がした。佐々木先生が葬儀に参列する時に、手紙を持っていってもらおう。佐々木先生が渡せなかったらそれでもいい。でも、何かせずにはいられない。このまま教育実習が終わって、小池にも他の子どもたちにも会えなくなって、何事もなかったようにはもう過ごすことはできない。

 そこまで考えた時に、トモの顔が僕の肩に押し付けられた。

「大丈夫だ。絶対にその子は乗り越えられる。辛いことも切なかった気持ちも全部過去のものとなる。俺が保証する。だから、もう泣くな。」

 トモの言葉は僕が小池に言いたかったことと同じ。でもまだ14、5歳の子どもに言っても絶対に分からないだろう。そう考えれば、この状況は良かったのかもしれない。

 知らないうちに涙が止まっていた。トモに聞いてもらったことで心の整理ができた。僕は自分から体を離してトモを見上げた。

「ありがとうございます、話を聞いてくれて。もう大丈夫です。」
 ぐちゃぐちゃな顔で見上げると、トモが苦笑いを浮かべた。

「鼻水垂れてるぞ? ティシュはどこ?」

 大慌てで箱ティシュを探して、顔を拭う。本当にトモは意地悪だ。けれどその遠慮のない言葉が、今は全然嫌ではなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤独な戦い(4)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...