57 / 104
教育実習四週目
2
しおりを挟む
3年2組の教室はあまり人は残っていなかった。廊下でおしゃべりをしたり、外へ遊びに行ったり。でもその中で小池は窓際の自席に座り、その前には長内と渡邊が立っていて、2人と楽しそうに話をしていた。小池の姿を見た瞬間、ほんのちょっとだけ鳩尾の所がツキンとした。……金曜日のことは僕の夢だったのかもしれない。
「小池、帰り支度をして一緒に来い。」
背後から近づくと女の子たちは急に黙り込み、僕の声を聞いた小池が座ったままで反射的に振り向いた。
「わー先生。何かありましたか?」
「家の方から電話があったらしい。佐々木先生に頼まれた。ごめん、先生もよく分からない。ちょっとだけ急いで。」
僕の顔を喰いいるように見ていた小池が、僕から視線を外し立ち上がりながら女の子たちに話しかけた。
「ごめん。俺、帰らなっきゃみたいだ。あと頼める?」
「いいよー。あと2人でやっとく。また明日ね。」
「ああ。また明日。」
女の子たちが席を離れ、小池も後ろのロッカーへ鞄を取りに行く。手際良く机の中のものを鞄に入れる小池を見ながら、急に何か言わなくてはいけないような気がした。何を? えっ? 僕は何をコイツに言いたいんだ? 急に焦り出した自分に戸惑う。でも気持ちとは裏腹に何も口に出せないまま小池の様子をただ立って見ているだけだった。
「できました。」
「あ、ああ。行こうか。」
鞄を背負った小池とともに廊下を黙って2人で歩く。階段に来たところで小池の方に顔を向けると、眼鏡の奥から見える小池の視線とぶつかった。だからこの視線が……この視線に弱いんだって。何故か小池からこの視線を向けられると身動きが取れなくなるような気がする。
でも何も話すことなく、自分でも何か話さないとと思いながらも思いつかず、結局無言のまま職員室までたどり着いた。慌てた様子の佐々木先生に小池が隣の相談室に連れて行かれた。僕はたった今頼まれた次のクラスの自習プリントを印刷するために、事務室に向かった。
家の裏側の扉を開いて敷地に入る。金曜日にトモとここをくぐり抜けた時、扉の開閉がスムーズにいくことに気づいた。また、リョウが直したのだろうか? 結局、今日の3時間目は僕が3年1組の自習を見守り、佐々木先生がやってきたのは授業が終わる頃だった。
話を聞くと、小池の両親が朝、幼い妹とともに交通事故に遭ったらしい。病院へ駆けつけた祖父母のうち、お祖父さんが小池を迎えにきた。そう佐々木先生から聞いた。何もできることはない。でも、今現在小池がどんな気持ちでいるのかと思うと、少しだけ心が痛んだ。
放課後の部活は体育館が使えないこともあって急遽中止になり、指導案もオーケーをもらってすることがなくなった僕は、久しぶりに5時台のバスに乗って帰ってきた。教育実習最初の日以来だ。
『灯りが点いている?』
そういえば、今日はトモが具合が悪いと朝から自室に閉じこもっていた。仕事は休んだのだろうか? 自分のことばかりで、何も考えずに出かけてきてしまった。リョウもユウも普段通りだったから尚更。
『トモの様子をみて、またうどんでも作ってあげようかな?』
もしかしたら、僕と同じように仕事終わりが早かっただけかもしれない。家にいるのがトモだとも限らない。でも何故かトモがそこにいるような気がした。
「ただいま帰りました。」
玄関には靴が一足、やはりトモだ。熱でもあるのだろうか? 玄関から上がってトモの靴の隣に自分のものを揃える。と同時にリビングのドアが開く音がした。立ち上がって振り向いた途端、そこにいたトモにギュッと抱きしめられた。
「…………お帰り。」
僕の肩に顔を埋めたトモが呟く声が耳に聞こえた。途端に心臓が肋骨を叩き出す。えっ? トモ……どうしたの?
でもトモが呟いた一言が何故か重く響いてきて、しばらく何もできずにそのままでいた。
「小池、帰り支度をして一緒に来い。」
背後から近づくと女の子たちは急に黙り込み、僕の声を聞いた小池が座ったままで反射的に振り向いた。
「わー先生。何かありましたか?」
「家の方から電話があったらしい。佐々木先生に頼まれた。ごめん、先生もよく分からない。ちょっとだけ急いで。」
僕の顔を喰いいるように見ていた小池が、僕から視線を外し立ち上がりながら女の子たちに話しかけた。
「ごめん。俺、帰らなっきゃみたいだ。あと頼める?」
「いいよー。あと2人でやっとく。また明日ね。」
「ああ。また明日。」
女の子たちが席を離れ、小池も後ろのロッカーへ鞄を取りに行く。手際良く机の中のものを鞄に入れる小池を見ながら、急に何か言わなくてはいけないような気がした。何を? えっ? 僕は何をコイツに言いたいんだ? 急に焦り出した自分に戸惑う。でも気持ちとは裏腹に何も口に出せないまま小池の様子をただ立って見ているだけだった。
「できました。」
「あ、ああ。行こうか。」
鞄を背負った小池とともに廊下を黙って2人で歩く。階段に来たところで小池の方に顔を向けると、眼鏡の奥から見える小池の視線とぶつかった。だからこの視線が……この視線に弱いんだって。何故か小池からこの視線を向けられると身動きが取れなくなるような気がする。
でも何も話すことなく、自分でも何か話さないとと思いながらも思いつかず、結局無言のまま職員室までたどり着いた。慌てた様子の佐々木先生に小池が隣の相談室に連れて行かれた。僕はたった今頼まれた次のクラスの自習プリントを印刷するために、事務室に向かった。
家の裏側の扉を開いて敷地に入る。金曜日にトモとここをくぐり抜けた時、扉の開閉がスムーズにいくことに気づいた。また、リョウが直したのだろうか? 結局、今日の3時間目は僕が3年1組の自習を見守り、佐々木先生がやってきたのは授業が終わる頃だった。
話を聞くと、小池の両親が朝、幼い妹とともに交通事故に遭ったらしい。病院へ駆けつけた祖父母のうち、お祖父さんが小池を迎えにきた。そう佐々木先生から聞いた。何もできることはない。でも、今現在小池がどんな気持ちでいるのかと思うと、少しだけ心が痛んだ。
放課後の部活は体育館が使えないこともあって急遽中止になり、指導案もオーケーをもらってすることがなくなった僕は、久しぶりに5時台のバスに乗って帰ってきた。教育実習最初の日以来だ。
『灯りが点いている?』
そういえば、今日はトモが具合が悪いと朝から自室に閉じこもっていた。仕事は休んだのだろうか? 自分のことばかりで、何も考えずに出かけてきてしまった。リョウもユウも普段通りだったから尚更。
『トモの様子をみて、またうどんでも作ってあげようかな?』
もしかしたら、僕と同じように仕事終わりが早かっただけかもしれない。家にいるのがトモだとも限らない。でも何故かトモがそこにいるような気がした。
「ただいま帰りました。」
玄関には靴が一足、やはりトモだ。熱でもあるのだろうか? 玄関から上がってトモの靴の隣に自分のものを揃える。と同時にリビングのドアが開く音がした。立ち上がって振り向いた途端、そこにいたトモにギュッと抱きしめられた。
「…………お帰り。」
僕の肩に顔を埋めたトモが呟く声が耳に聞こえた。途端に心臓が肋骨を叩き出す。えっ? トモ……どうしたの?
でもトモが呟いた一言が何故か重く響いてきて、しばらく何もできずにそのままでいた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる