無添加ラブ

もこ

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この8月までに、こういちさんにも数回会った。けれど、誘ったのは一回だけ。アイツは無言で反応する。誘えば乗る、誘わなければウィスキーを2,3杯飲んで帰るだけ。

この前は僕も、もうあの人を忘れたいと思って誘った。けど、こういちさんに貫かれると、やっぱりあの人じゃないことに失望していた。

お盆は明けたばかりだが、僕の夏季休暇は明日から始まる。かと言って母親の元に行ってみるか、なんて思ってもいないし、祖父母の家なんてものも生まれてから一度も行ったことがなかった。僕は、今この瞬間、1人だった。

『今日なら、こういちさん来たら誘っちゃうかもしれないな。』
ギムレットを飲み干して、グラスを眺める。いや、やっぱり誘わないか……。お互いに何かを求めて肌を重ねても、虚しくなるだけだ。マスターがカウンターに戻ってきて、酒を準備し始めた。

チリンチリン

「今晩は。」
このバーにそぐわないような明るい声がした。ふとドアの方を振り返る。
「!……生田くん?」
慌てて前を向き、酔ったふりをして右を向き、カウンターに置いた腕に頭を乗せた。

「いらっしゃいませ。お一人で?」
「ええ。」
確実にこの声は生田くんだ。何故ここにいるんだ? 誰かと待ち合わせ?

「お一人ですか? こちらにどうぞ。」
マスターの穏やかな声が聞こえた。

『マスター! ここに呼ぶなっ! 』
「あれ? アキラさん? ふふ、すみません。こちら常連さんなんですが、寝ちゃったみたいで。」
この時ほど、アキラと名乗っていて良かったと思ったことはなかった。

「いいっスよ。」
『だから、『ス』はやめろよ。本当に……。』
心の中で突っ込みながらもドキドキしているのを止められなかった。

ここ最近ずっと「OHTA」に行くのは避けていた。こっちの店でも似たような人を見かけると、自然とバックヤードに逃げ込む癖までついた。会いたくなかった。会ったら、何か自分の中でとんでもないことが起こりそうな気がしてしょうがなかった。

「よっこらしょ。」
僕の左側に座ったのがわかる。多分すぐ隣の席だ。

『よっこらしょ、って何だ? どこの方言?』
年寄りが使うような言い方に思わず肩が震えた。笑っているのを気づかれないように抑え込む。その時、ふと気づいた。

『……ほら、家どこだ? よっこらしょ。』

確かあの人も……。いや、まさか、記憶違いだ。

「お名前は?」
「俺? 生田、生田裕一郎。」
本名を名乗らなくても……。しかもフルネーム。バカだなと思うと同時に、何にも怖れないその若さが羨ましく感じた。僕とは違う。僕は、知り合いに見つかるのを恐れて、こんな髪型までして……。髪の毛を手で撫でつけようとして腕がピクッと動いた。

『僕は寝てるんだったら。』

「おいくつか聞いてもいいですか? 成人しています?」
自分に言い聞かせていると、マスターの問いかけが聞こえた。



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