未来も過去も

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未来も過去も

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午前の業務を終えて、生田と昼休憩をとった。今朝洸一が作ってくれたフレンチトーストをたくさん食べたのに、味噌ラーメンがペロリと入った。ベルトがきつい。このままじゃ俺の体重はヤバイことになるかも…。

「小野寺君、ちょっといい?」
経理部に戻ると、杉崎課長が待ち構えていた。課長と一緒に隣の小会議室に入る。
「何かありましたか?」
配達?10回目の?でも、巌城さんの家への配達はもう終わりだよな?

「明後日配達に出てもらうよ。」
やはり用事は配達だった。
「はあ…。巌城さんの家への配達は終わったと思いますが、他に…?」
「ああ。詳しくは所長に聞いてくれ。」

『はあぁ?所長?…って誰だっけ?』

今更所長って誰でしたっけ?なんて聞けない。
「所長ですか…。」
「所長室。地下は初めてだろう。俺が案内するよ。」
戸惑っているのが分かったからか、課長が案内役を引き受けてくれて、1時半に約束をしているという所長に会いに出かけた。

エレベーターで一階まで降りてバックヤードを移動する。ここにはいくつかの商品の搬入口があり、外の業者と会うことも多い。店のスタッフもあちらこちらで見かける。上の階と比べるととても賑やかだ。しかし、誰とも会話することなく、俺たちは端までやって来た。

『この感じだと…ここの上には俺の居住スペースがあるな…。』
もう一年近くここに住んでいるから、建物の構造は予想がつくが、一階のここから先は初めて入る場所だった。

『関係者以外立ち入り禁止』
大きく書かれたドアを課長がシーリングキーで開け、中に入る。目の前がすぐ壁に見えたが、そこは左右に広がる細い通路で俺たちは左に移動した。
「今日は特別に俺たちの手紋もシステムに入っている。」
そういうと課長は、行き止まりに見えた壁に手を合わせ、奥の部屋へ入っていった。

後に続いて入ったそこは、エレベーターホールだった。
ちょうど開いていたエレベーターに乗り込む。一か所にしか止まらないらしく、階の表示がなかった。

「ここは初めてだろ?」
動き出したエレベーターにバランスをとりながら、課長に聞かれて正直に答えた。
「はい。何だかドキドキします。」
「下は主に開発部と技術部、企画営業部が占めてる。俺も技術部には一度しか入ったことないけど、ちょっとした工場だよ。」
課長の話が終わると同時に、エレベーターの扉が開いた。

目の前に開かれた場所はとても広い空間で、大勢の人が働いていた。ザワザワとたくさんの声が溢れて活気があった。ざっと30人といったところか。机が3カ所でシマを作っていた。みな忙しいのか見知らぬ客は日常茶飯事なのか、俺たちには無関心だ。向かいの壁には大きな窓が並び、海の景色が広がっていた。

「あれ?ここ地下ですよね?」
…しかも海はないだろ!しかし、窓の外には散歩をしている人や、打ち寄せる波の様子がリアルに映し出されていた。
「ま、詳しくは後で。こっちだよ。」
課長に促されて、窓とは反対側の1番奥の壁に向かって歩いていった。

『所長室』

小さく描かれたプレートがこの奥に部屋があることを物語っている。 
「さあ、行ってきなさい。」
課長は行かないの?ちょっぴり心細くなりながら、俺はプレートの下で手紋を合わせた。



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