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巌城という男

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『水…飲みたい。』

俺は頷き、身体を起こそうとしたが力が入らなかった。背中と太ももに痛みを感じる。肩や手足の関節もギシギシ鳴った。
…コウイチが背中に手を回して起こしてくれた。

「ほら、飲むんだ。体がまだ熱い。少しでも水分を摂れ。」
医者が置いていったOSをコップに注ぎ、コウイチが口元に持ってくる。飲もうと口を開いた途端、ヤニ臭い香りが口の中から鼻へ抜けていった。

「お、お、おぇっ。」

昼間のことが鮮明に思い出され、吐き気が訪れた。
「と、と、トイレ…」
やっとのことで口に出すと、コウイチが俺の膝と脇に手を入れて部屋の外へ運びだしてくれた。

「ほら、全部吐き出せ。」
トイレに向かって何度も吐くが、空っぽの胃からは少量の胃液しか出てこない。座り込み、はあ、はあ、と肩で息をする。
「気持ち悪いか?口を濯ぐ?歯を磨くか?」

「は、歯を磨いて…濯ぎたい。」
俺の言葉に、コウイチは新しい歯ブラシと歯磨き粉を持ってきてくれた。
その場で歯を磨き、コウイチに支えられて洗面所に移動する。口を濯ぎ、うがいをすると、先ほどまでの嫌な臭いが消え、だいぶ楽になった。

「もう、だいじょ…ぶ。ありがとう。」
コウイチがまた俺を抱き上げ、ベッドまで運んでくれた。自分の脚が目に入る。いつの間にかグレーのスエットを身につけていた。上は、同じ色のトレーナー…。有名メーカーのロゴが付いている。新しい物ではなさそうだが、あつらえたように俺にピッタリだった。

「水、飲めるか?」

俺は頷いた。とにかく、何か飲みたかった。朝、巌城さんの家で朝食を摂ってから何も口にしていない。おまけに熱を出した。今が何時か分からないが、ここで水分を補給しなくては身体がどうにかなってしまうであろうことは容易に想像できた。

「ほら。少しずつ。」

コウイチが片手で俺を支え、コップを口に近づけてくる。飲もうと口をつけた途端、さっきの臭いが漂ってくる気がした。

「う、う…。」
口を固く閉ざす。飲みたいのに、脳が拒否する。どうしたらいいのか分からなかった。
「吐きたい?」
コウイチの問いに、首を横に振る。
吐きたいわけじゃないんだ。飲みたい。でも飲めない…。



「……くそっ!」

しばらく何か考えていたコウイチがいきなりそう呟くと、自分でコップに口をつけ、俺の顎を持ち上げて口づけてきた。

あっという間の出来事に俺は口を半開きにして目を見開いた。抵抗する間もなかった。OSが喉を通る。久しぶりの水分が飲んだそばから身体に染み渡る気がした。

『…美味しい…』

俺が呆然としている間に、飲み込んだことに気付いたコウイチが、それから何度か口移しでOSを飲ませてきた。俺は深く考えることなくそれを享受した。

「少し、眠れ…。」

どこか甘いコウイチの声に俺は安心のため息をつき、再び眠りについた…。




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