未来も過去も

もこ

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14年前

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外に出る。冬の冷たい風が肌を突き刺す。
「…さむ…。」
寒さに気を取られたのは一瞬。俺は違和感に気付いた。後ろを振り返る。今まで廃墟のようだった喫茶店が3階建ての小さなビルになっていた。一階は和菓子屋。今、俺は和菓子屋の入り口から出てきた。道路を渡って全体を見渡す。ビルの右手に階段があり、二階に進むようになっている。

『こっちだろうな。』

メガネのスイッチを入れて、俺は迷わずその階段に向かった。
『IWAKI』
階段下に設置されポストには、目的地がここだという目印がはっきりと描かれていた。俺はニヤッと笑って階段を登った。

「こんにちは。FO配達です。」
ガラス製の扉を開けるとすぐにカウンターが設置され、小柄な女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。」
温かな笑顔で出迎えた女性に巌城さんがいるか訊ねると、「少々お待ち下さい。」と言って奥の部屋へ入って行った。

室内を見渡す。まだ新しいオフィスは綺麗に整えられている。カウンターの後ろには事務机が3つ置かれている。机にノートパソコンが置かれているが、閉じられていて使っている形跡はない。反対の広い空間には、立派な応接セットが置いてある。そちらに行くべきかな?
「いらっしゃい!待ってました。」
奥の部屋の扉が開くと、ニコニコ笑った巌城さんが作業着姿で現れた。

ソファまで誘導された俺は、早速鞄から取り出した荷物を差し出した。今日も書類だけだ。ここ何回か続いている。
「いやー、小野寺さんの来る予定がわかってから、随分気分が楽になりました。」
そう、4回目の配達の時に運んできた書類と一緒に、俺の今後の予定一覧が付いていたのだ。俺は見せてもらってないけど。

受付の女性がお茶を運んできた。
「はあ、何よりです。」
女性に礼をしてからお茶を受け取ると、巌城さんがさらに言葉を続けた。
「今日も洸は、絶対自分が帰るまで引き留めておくように煩くて。泊まるんだろうと何度も何度も聞いてきました。」

「そうですか。」
こう君の顔を思い浮かべると、自然に笑顔になる。
「こう君は学校ですか?」
「いや、部活です。今日は土曜日ですよ。」
巌城さんがクスッと笑った。

あ、やらかした。日にちはチェックするが、いつも曜日が疎かになる。巌城さんはまたそんな俺を見て、ニコニコ笑った。
「じゃあ行きますか。ちょっと待ってて下さいね。」
巌城さんが書類を持って立ち上がる。俺は慌てた。
「え、どこに?」
「洸、今日練習試合してるんです。観に行きましょう。」

「小池さん、今日はこれで帰るよ。乾さんから電話があったらよろしく伝えて。他に何かあったら携帯に。小池さんも定時には上がってね。」

受付にいた女性に勤務終了だと言い渡し、俺たちはビルを後にした。



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