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*1:綺麗なアイツと平凡な俺
しおりを挟むふと重い瞼を押しあげれば見慣れた天井が視界に入る。自分の部屋の天井とは明らかに違うそれを、もう何度見ただろうか。
寝返りを打とうとすると下半身が鈍く傷んだ。そういえば昨日、と起き抜け特有のふわふわとした頭で必死に考えて、自分が此処にいる理由を漸く理解した。
枕元に置いてあるだろう携帯電話を手にとって時間を確認するとまだ午前五時を過ぎたところだ。部屋の窓は全て遮光カーテンで仕切られているため外の暗さはわからないが、微かに聞こえた窓を打つ水音に恐らくはまだ暗いだろうことが予想出来た。
身体を上向きに戻してベッドに深く沈み込むと、異様に下半身が重く感じる。腕を持ち上げて目元を隠すように下ろし、ふうと小さく息を吐いた。
「ん……さとる……?」
「ごめん、起こした?」
「ううん……ちょっと前から、起きてた」
呻くような声が聞こえた方へと顔を向けると、へらりとした笑みを浮かべた甘く蕩けそうな瞳と目が合った。
こいつは鈴木真央、俺の恋人だ。
見た目だけでいえば、顔の造形が整ったさらさらで艶のある栗色の髪を持つ爽やか美少年だが、俺からすれば甘えた子犬のようだと思う。この顔が羨ましい、いや憎たらしいと何度思ったことか。
「……聡?」
いつの間にかぼんやりとしていたらしい俺の顔を覗くように、少し起き上がって真上から見下ろしていた真央と目が合った。
本当に綺麗な顔だと思う。多分俺が今まで見てきた誰よりも、真央は綺麗な顔だと思ってしまうほどに整った造形をしている。それに対して俺の顔は平凡の中の平凡、目立った特徴もなくモブとしてどこにでもいそうな平凡な顏だ。
「え、なに?俺の顔じっと見て……まさか」
きゃっ、なんて可愛らしく言う真央に苛ついてしまったのは仕方ないことなのかもしれない。あからさまに溜息を吐いた俺を見た真央は何を思ったのか、身体を起き上がらせて俺の上に覆いかぶさるように跨ってきた。
まさか、と思って抗議の意味を込めて軽く睨むが、真央は一人でにこにこと楽しそうに笑っている。
「……なに」
「え?なにって……お前、顔真っ赤じゃん」
そう言ってするりと頬を撫でられて背筋がぞくりと泡立ち、昨日暴かれ続けた下半身がずくりと疼いて思わず頬が引きつった。全身の血液が顔に集まっているのかと思えるほどに顔が熱い。
「そんな可愛い顔して……襲っちゃうぞ」
ぺろりと舌舐めずりをするように唇を舐める仕草が、腹が立つほどに似合っている。これが顔面偏差値が高い奴の威力なのだろうか。俺だってこんな造形が整った顔に生まれたかった。
おもむろに首元に顔を埋めてきた真央に慌てて身体を押し返そうとするが、逆にその手を捕らえられてしまった。掴まれた両手首は布団に押し付けられ、身動きが取れない。れろ、と首筋をゆっくりと焦らすように一舐めされ、俺は漏れそうになる声を我慢するように唇を噛み締めた。
「……ん、っ」
「……聡、そんなに噛んだら血が出ちゃうよ」
「じゃあやめ……ッ」
言葉を押し込めるようにぺろりと唇を舐められた。驚いて思わず目をぎゅっと瞑る。ふふっと笑い声が頭上から落ち、その声に反応するように見上げると唇を塞がれた。
せめてもの抵抗で歯を立てないように口をきつく閉じようとしたが、それよりも早く薄く開いた唇から熱い舌先が口内へと侵入する。口内で一番敏感で弱い上顎のざらざらした部分を舌先で何度も優しく撫でられ、上擦った声が隙間から漏れ出た。
「んっ、ふ……」
早朝から何盛っているんだと抵抗しようにも、未だに両手は真央に掴まれたままなので大した抵抗にもならない。寧ろ抵抗する事で真央を喜ばせているのではないかと思うほど、すればするほど執拗に上顎を責めてくるように感じる。
真央の舌が上顎から離れたので少し身体から力を抜こうとしたら次は舌を絡め取られ、じゅるじゅると音を立てて吸い上げられた。真央の熱い舌が奥へと逃げようとする俺の舌を絡め取る。角度を何度も変えながら貪られる唇からはいやらしい水音が漏れ、思わず耳を塞ぎたくなった。
「……ふ、ぅっ……んん……ッ」
「……すっごいエロい顔」
やっと離された俺の唇と真央の唇の間には名残惜しそうにきらきらと光る唾液の糸が伸び、ぷつりと切れた。上がる息を整えながら目の前にいる真央を見上げると、満足そうに自分の唇を舐める彼と視線が合う。まるで肉食獣が獲物を見つけた時のような鋭い目をしながらも嬉しそうに妖艶に笑う真央は、もう一度軽く触れるだけのキスを降らせた。
全てを貪られるような口付けに俺は酸欠状態になっているのか、頭はぼんやりと霞が掛かっているようだった。それでも頭の片隅ではこいつの顔は綺麗だなという感想だけは抱く余裕があったのかもしれない。
足の間に入れられた真央の膝が俺の大事なところをすりすりと掠め、びくりと身体が跳ねた。それににやりと笑みを浮かべた真央は甘えるように俺の首元に顔を埋め、まるで内緒の話でもするように耳元に口を近づける。
「そんな食べてくださいって言ってるような目で見るなって。……我慢、出来なくなるよ?」
「……っ」
声を潜めて囁かれた声に下半身が熱を帯びる。綺麗な顔な上に声まで良いというのは些か不公平なのではないだろうか。そんな理不尽な神様への不満を心の中で呟いた瞬間、ちりっとした痛みを首元に感じて内心溜息をついた。
(ああもう……また制服を第一ボタンまで閉めないといけなくなったじゃないか)
真央は事あるごとに俺に『印(しるし)』を付けたがる癖があった。それは付き合い始めてすぐから兆しはあったように思うが、顕著になり始めたのはこうして身体を重ねるようになってからだ。
真央はおどけた様子で『聡は俺のものという所有印のようなもの』だと冗談のように言っていたが、俺はそんなことをしなくてもお前の物なのにとずっと思っている。本人には絶対に言わないけれど。
「好き、大好き……愛してるよ聡」
何度も何度も触れるだけの口付けを交わしながら恍惚な笑みを浮かべて言う真央に、恥ずかしさでそっぽを向きながら「俺もだよ」とだけ言う。
正直好きと言う感情をはっきりと相手に伝える行為は恥ずかしくて中々言葉に出せない。その点真央は恥ずかしげもなく真っ直ぐに俺に愛を伝えてくるので、いつも俺の心の中には恥ずかしさで伝えられないもどかしさと、それをやってのける真央への羨望があった。
それをわかっているのか否か、真央は事あるごとにこうして何度も何度も好きだ、愛してると伝えてくれる。いつもなら俺が少し言葉を濁したところで何も言ってこないのだが、今日は逃がしてはくれないようで獰猛な獣のようなぎらりとした視線が俺を捉えて離さない。
「ちゃんと言ってよ聡。俺、聡の口から聞きたいな」
こいつのこの目鼻顔立ちが整ったまるで人形のように綺麗な顔は、こういうとき本当に反則だと思う。こんなふうに言われてしまったら俺じゃなくても皆顔を真っ赤にして好きだと言ってしまう事だろう。本当、つくづく俺はこいつのこの笑顔には逆らえないらしい。
「……俺も、好きだよ……真央」
ぼそぼそと呟いた声は無事真央にも届いたらしい。俺を見下ろす真央の顔がみるみるうちに真っ赤になり、恋する乙女のような反応をしていたのだから、たまには頑張って言ってみるのもありなのかもしれない。
俺はまだ赤い顔をしている真央を見上げながら、しみじみとそう思ったのだった。
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