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第六章
百四十一話 御守り 中編
しおりを挟む社務所には大小様々なお守りが木の枠の中に並べられていた。よく見る一般的な形の御守りから一見御守りには見えないようなキーホルダーなどの飾りのような御守りまで沢山の種類がある。どうやら最近はこちらの方を求める人が多いのか、数も形も様々だった。
俺は綺麗に並べられた御守り達を眺めながらちらりと横に目を向けてみる。すると隣では俺と同じように壱弦も悩んでいるのか、真剣な様子で御守り達を見つめていた。
俺もどうしようかと視線を戻した時、背後からチリリンという涼やかな音が聞こえてきた。聞き覚えのあるその音に振り返ると、どうやらすぐ後ろを通ろうとしていた親子から聞こえてきたらしい。親子のうちその子どもの方――小学生くらいの男の子が嬉しそうに掲げているその鈴には見覚えがあった。
(そういえばあの鈴もここで……)
澄んだ音色を響かせる壱弦とお揃いの金色の鈴。探すことは愚か、未だに坂薙の家にすら行くことができていないため今もまだ俺の手元には戻ってきていないそれを思い出し、そっと目を伏せる。
いつかまた、夢で見たあの鈴と会えるだろうか。
もし見つけ出したとしてもそれで過去を思い出せる保証もないけれど、それでも俺が忘れてしまったまだ幸せだっただろう頃の思い出を一つでもこの手に納めておきたいと思う。でもまあ残念ながら当分は無理だろうなぁ……なんて苦笑がこぼれた。
「――よし……じゃあ俺は、これ」
物思いに耽っていた俺の思考を現実に引き戻したのはそんな呟きだった。考え事をしているうちにいつの間にか俯いていたらしい頭を上げて横を見れば、壱弦の不思議そうな目と視線がかち合った。
「ん?……どうした?」
「あ……」
首を傾げる壱弦になんでもないと曖昧に笑いながら、そっと視線をずらしていく。不自然に宙を彷徨っていた手の甲を見つめながら手を僅かに開閉していると、つられて視線を下げた壱弦が何持っていない俺の手を見て「ああ」と納得し、思わずといった様子で眉尻を下げて困ったような笑みをこぼした。
「いっぱいあるから迷うよなぁ」
御守りの奥にいる白と赤の和装をした巫女から御守りの入った紙袋を受け取りながらそう笑う壱弦に、そうだねと頷く。壱弦はどれにしたのと聞いてみたいけれど、それを聞いてみてもいいものなのかわからなくて薄く開いた口をそっと閉じた。
その後も少し悩んで、俺は紺色よりも少し鮮やかな青色とベージュのような白色とを組み合わせた組紐のようなストラップ型の御守りを一つ選んだ。これなら律樹さんの黒色の仕事鞄に付けたとしても違和感はないだろう。先程の壱弦と同じように巫女の方から紙袋を受け取り、抱えるように両手で持った。
正直な話、今の状態の律樹さんに渡したとしても少し前までのように喜んでくれる可能性は低いだろう。でも、それでもいい。今まで沢山のモノを律樹さんから貰ってきたのだから、もう十分だ。寧ろこれからは貰うだけじゃなくて少しでも与える側になれたらいいなぁ、なんて思う。
俺は両手で抱えた御守りの入った紙袋を見つめながら、これからの律樹さんがずっと幸せでありますようにと願った。
手に持っていた御守り入りの紙袋を持ってきていたバッグの中へと入れ、再び参道に戻る。時刻はもうすぐお昼と言ったところだ。何かご飯を食べようという壱弦の提案に、俺たちは駅の方へと戻るために来た道を帰ることにした。身体の怠さは少し増しているような気もするが、まだ大丈夫だろう。
来た時にも見たあの大きな大きな鳥居の足元に立ち、入る時と同じように一礼をする。そして鳥居を潜ってからもう一度振り返り、身納めるように上を見上げた。
「あ……」
鳥居の上、一羽の鳥がそこに止まった。あの真っ黒な少し大きめの鳥は恐らくカラスだろう。太陽の光に照らされたその黒い身体は艶やかに輝いており、どことなく神秘的に感じられた。そういえばカラスも神の使いなんだよって誰かが言っていたっけ。
そう思いながらぼんやりと見上げていると、不意にそのカラスと目があったような気がした。遠過ぎて目なんて見えるはずがないのに、どうしてかぱちりと視線がかち合ったような気がしたんだ。
「どうかした……カラス?」
「ん」
隣にいた壱弦の言葉に上を見上げながら小さく頷く。ざり、と砂利を踏む音が聞こえたと同時に、鳥居にいたカラスが嘴を開くのがわかった。
カア、カアと二度、カラスが大きく鳴いた。ずっと高い位置にいて距離も離れているはずなのに、その鳴き声は不思議とよく聞こえた。そして鳴き終わるとすぐにバサバサと羽を羽ばたかせながらどこかへと飛んでいってしまった。
「カラスの声って大きいんだな」
「うん……」
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
カラスが飛んでいった方を呆然と見つめていた俺の手に何かが触れた。上を見上げていた視線を下げると、そこにあったのは壱弦の手。
「……手、寒そうだから」
そう言って壱弦が俺の手に触れた。恐る恐ると言った感じで触れられた指先は冷たく、そして小さく震えている。俺なんかよりも寧ろ壱弦の方が寒そうなんじゃ……と思って顔を上げると、そこには顔を赤く色付かせた彼がいた。
「……っ!」
耳まで赤いその様子を見て何も気付かないほど俺も馬鹿じゃない。……いや、少し前までの俺なら気付かなかっただろうけれど、壱弦の気持ちを知った今では彼が今どういう気持ちなのかくらいはわかる。
「……行こうか」
「……うん」
きっと壱弦の気持ちを考えるなら、俺は拒否をしなければならなかったのだと思う。下手に希望を抱かせることがどれほど相手を傷つける行為なのか、俺は知っているはずなのに。なのにそれでも、壱弦を拒否をすることなんてことは俺にはできなかった。
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