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第四章

八十九話 あまくてあまい

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 湯船の中で達し、その上出してしまうという失態を犯した後、俺たちはもう一度頭の先から足の先まで綺麗に洗い直し、お風呂を終えた。律樹さんは、俺も悪かったから謝らなくていいよなんて言って笑ってくれた。けれどやっぱりそれじゃあ俺の気が済まなくて、彼の静止を振り切りごめんなさいと頭を下げた。
 
 身体が熱い。いつもより長い時間お湯に浸かっていたせいもあるだろうが、先程の行為による熱の方が大きいような気がする。心臓もまだまだばくばくとうるさくて、俺は頭から湿ったバスタオルを被りながら脱衣所に敷かれた足拭きマットの上にしゃがみ込んだ。
 
 一足早くお風呂を出た俺とは違い、律樹さんは今お風呂の掃除をしてくれている。俺がしてしまった失態の尻拭いをしてくれているのである。本当なら俺がしないといけないのに、俺の顔が赤かったことを心配した律樹さんが先に出してくれたのだ。

(はあぁ……それにしても、俺なんで胸で……っ)

 俺も、まさか胸でイくなんて思わなかった。
 寧ろ自分でもほとんど触れたことのないそこ――そもそも自慰すらもほとんどしたことがない――を律樹さんに触れられるという羞恥はあったが、気持ちがいいとはまた違った感覚だったように思う。なんというか、むずむずするというか、背筋がぞくぞくするというか、そんな感覚だった。

「――どうかした?」
「……っ!」

 頭を抱えながらお風呂の中でのことを考えていると、突然がらがらとお風呂の扉が開き、律樹さんの不思議そうな声が降ってきた。ばっと振り向いた先、俺の目の前には立派な律樹さんのものが律樹さんの動きに合わせて僅かに揺れている。
 やっぱり大きいなぁ……とぼんやりしていると、くすくすと笑う声が上から降ってきた。

「……あんまり見られると恥ずかしいかな」
「……‼︎」

 そう言われると同時に我にかえった。そうだよなと思うよりも前に反射的にばっと顔を逸らしたが、目に焼きついた先程までの光景に顔だけじゃなく全身の体温が一気に上がる。
 脳裏に残るその映像を振り切るようにふるふると頭を振れば、急に激しく動かしたせいなのか頭がくらりと揺れた。咄嗟に床に膝をついたことで倒れることはなかったが、正直危なかったかもしれない。俺は安堵にほっと息を吐き、頭から被っていたバスタオルをぎゅっと握りしめた。、

「あ、そうだ」
「?」

 いつの間にか部屋着を着終わっていた律樹さんが声を上げた。その声にバスタオルを頭から被った状態のまま顔を上げて首を傾げる。
 
「こっちにおいで。首輪カラーつけてあげる」

 そう言う律樹さんの手にはさっきもらったばかりの黒色のカラーがあった。そういえばお風呂に入るときに濡らしたくなくて外したんだったか。濡れても大丈夫な素材で作られているらしく、本当はつけたままお風呂に入ることも可能なんだそうだが、初めのうちは綺麗に使いたいからと一度外したのだ。

 俺は緩む頬を押さえながら、羽織っていたバスタオルを床に落として律樹さんの方へと歩いていった。さっきまでふらついていたとは思えないほどの足取りの軽さに、どれだけ嬉しいんだと心の中で笑う。
 彼の前に辿り着くと同時に、つけやすいようにと顎を上げて目を瞑った。いいこだねという律樹さんの声が聞こえ、思わず頬が緩んだ。
 首筋に律樹さんの手が触れる。続いてひやりとした硬い感触が首に回り、かちりと音が鳴った。

「……ん、出来たよ」

 律樹さんの声を合図に目を開く。そして首元に手をやれば、さっきまではなかった硬い感触が指先に触れた。
 ありがとうと頬を緩めると、彼もまた満足そうな笑みを浮かべながら俺の頭を撫でた。その優しい手つきに目を細めると、唇に柔らかな感触が合わさった。

「ん……あんまり可愛かったから、つい」
「……!」

 さっきも思ったけれど、律樹さんの態度や言葉がプロポーズの後から甘い気がする。……いや、今までも十分甘かったと言われればそうなのかもしれないけれど、今はそれ以上だ。
 もしかしたら俺が知らないだけで、世の恋人というのは皆こんな感じなのかもしれないが、ほんの少し照れ臭くて恥ずかしい。

「ほら、早く服を着ないと風邪ひいちゃうよ」

 身体が火照っていたせいで今の今まで寒さなんて感じなかったけれど、言われてみればほんの少し涼しい気がした。風邪をひいたら大変だと、用意していた部屋着をいそいそと着ていく。肌触りの良いこの部屋着は俺の一番のお気に入りだった。

 それからドライヤーで髪を乾かし、歯を磨いてから俺と律樹さんは一緒に寝室へと向かった。恋人としていちゃいちゃするためである。
 律樹さんはプレイは今日の夜にすると言っていた。本当なら今頃は限界を迎えている欲求は、何故か今はなりを潜めている。まあふとした瞬間に身体の奥底からどうしようもないほどの欲求が湧き上がってくることはあるが、それでも貰ったカラーに指先を触れれば、どういう原理なのかはわからないけれど驚くほど簡単にすうっとおさまっていくのだ。

 寝室のベッドの上で二人並びながらスマホで会話をする。会話とはいっても俺がスマホで律樹さんは口頭とスマホの両方なので、側から見れば不思議な光景だろう。でも俺たちにとってはこれが普通であり、日常だった。

 俺が打ち込んだ内容に、律樹さんがくすりと笑う。何かおかしいことでもあった?と首を傾げれば、彼は何も言わずに俺の頭をその大きくてゴツゴツした手で撫でた。

『りつきさんって俺の頭撫でるの好きだよね』
「うん、好きだよ」

 律樹さんは事あるごとに俺の頭を撫でる。俺の頭を撫でて楽しい事なんてあるはずがないのに、今も今で幸せそうな表情で撫でてくるものだから冗談混じりに言ってみただけだった。けれど返ってきたのは真っ直ぐな瞳と言葉。「好きだよ」――その言葉に、おさまったばかりの心臓がまたうるさく鳴り始めた。
 
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