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第三章

五十八話 ほんとうは

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 再びシャワーを浴び、綺麗になった体でベッドに横たわる。しっとりと汗ばんでいた髪はしっかりと洗って乾かしたお陰で、今はさらさらとしていて気持ちがよかった。

「弓月ここ、Roll横になって
「……?」

 律樹さんがプレイ以外でコマンドを使うことはほとんどない。珍しいなと思いつつも、体はコマンド通りに動く。
 ここと叩き示された場所は膝だった。膝に頭を置いて横たわるこれは所謂膝枕というやつではないだろうか。テレビや漫画で見たことがある。重くないのかなと見上げると、目を細めて微笑む琥珀色と視線があった。

「うん、Goodboyいい子

 大きくて温かな手が頭を撫でる。前髪を掻き分け、露わになった額を包み込むように手が置かれた。
 なんだろう、すごく落ち着く。ほのかに香る柔軟剤に混じって彼の匂いが鼻を掠めた。俺の大好きな匂いだ。

「……ごめんね、文化祭のこと言わなくて」

 ぽつりと降ってきた言葉に俺は閉じかけていた目を開いた。ふわりとした栗色の髪が彼の顔に影を作っている。

「弓月を誘わなかったのは人が多いからで……来てほしくなかったわけじゃないんだ。……こんなことなら俺の方から誘えばよかった」

 お風呂に入る前は何の話だろうなんて思っていたけど、なるほど、今日の文化祭の話か。
 律樹さんは申し訳なさそうな表情で俺を見下ろしているけれど、どちらかといえば寧ろ謝るのは俺の方だろう。だってまず約束をいくつか破ってるし、内緒にしていたし、行って結局体調悪くなってるし……うん、やっぱり俺の悪いところしか見つからない。
 
 俺はきょろきょろと目を動かし、ベッドサイドにあるスマホに手を伸ばした。どうやら律樹さんが充電をしてくれていたらしい。お陰で十パーセント程しか残っていなかった電池が三十パーセントくらいまで回復していた。

『りつきさんは悪くないよ。俺、今日いくつも約束破っちゃったし、むしろ秘密にしててごめんなさい』
「……どうせ姉さん辺りが秘密にしようとか言ったんでしょ?」
「……!」

 スマホから視線を外し、律樹さんを見上げた。何でわかったのと目を瞬かせる俺に彼は苦笑する。

「わかるよ。あの人が言いそうなことくらい」

 やっぱり仲が良いんだなぁ……俺、あの兄が言いそうな言葉なんて暴言以外に知らないや。

「でも……今度からは言ってね」

 そう言って律樹さんの手が俺の髪を優しく撫でた。ちらりと見えた表情が少し寂しそうで、胸がきゅっと締め付けられる。

「あのさ、弓月」
「?」
「明日、文化祭に来た時……教師も一応持ち回りで休憩するんだけど……その、一緒に回る?」
「……!」

 あまりにも言いにくそうに言葉を紡ぎ始めたものだから、やっぱり来てほしくないとか言われるのかと覚悟していたけれど、どうやらそうではないらしい。
 ずっと、律樹さんは仕事で学校にいるんだから一緒に回りたいなんて我儘を言えば絶対に迷惑になるし、なんなら嫌がられると思っていた。あの両親や兄みたいに、俺がSubだから外に出て欲しくないと思われているのかとも考えないことはなかった。

 そう思っていたのに、他でもない本人からのお誘いに胸が高鳴る。
 
 すぐに頷きかけて……やめた。
 幾ら律樹さん本人からのお誘いであっても、やっぱりすぐには不安は拭えないみたいだ。無理してるんじゃないかとか、俺と一緒にいたら悪評が立つのではとか。今日の昼間だって少し一緒にベンチに座っていただけなのに――まあちょっと手を握ったりしたけれど――彼女かどうか話している人がいた。きっと悪意もなくただの興味だったんだろうけれど、それでも律樹さんのことが好きだから律樹さんの迷惑になることはしたくない。
 
 誘ってくれたこと自体は本当に嬉しいのに、それよりもまず尻込みしてしまう自分に自嘲が溢れる。

「……俺の仕事の邪魔にならないかなって思ってる?」
「……!」
「弓月の考えてることくらいわかるよ」

 答えを渋る俺に気がついた律樹さんがそう言って笑う。仕事の邪魔になんてならないし、なるなら最初から一緒に回ろうなんて誘わないと言われ、確かにと眉尻を下げた。

 頭に乗ったままの彼の手を取り、ぎゅっと握りしめながら俺は琥珀色の瞳を見つめながら「行きたい」と口にした。相変わらず声は出ていなかったから、口をその形に動かしたと言った方が正しいかもしれない。
 律樹さんの頬が薄く色づき、花が綻んだような笑みを浮かべる。これは俺が律樹さんの恋人になったからなのかはわからないが、微笑む彼の周りには花が飛んでいるように見えた。

「そういえばもう一つ、弓月に言っておかないといけないことがあるんだったよ」

 俺に言っておかないといけないこと?
 少し考えてみてもこれ以外に俺が何かした記憶がなくて首を傾げると、律樹さんはふっと口角を上げた。何だろうとじっと見つめていると不意に律樹さんの顔が近づいてきていることに気がついた。状況が飲み込めずにフリーズする俺の唇に柔らかい感触が触れる。

 すぐに離れていったそれをぼんやりとしながら目で追っていく。そして我に返った瞬間全身が一気に熱を帯びた。

「……?!」
「ふふっ、顔真っ赤だね」

 いやいや、いきなりキスなんてされたら真っ赤にもなるって!当たり前だろ!
 そう言いたいが残念ながら全て音にならなかった。代わりにはくはくと開閉する口からは息が溢れるだけだ。

「好きだよ、弓月。……俺のこと、忘れないでね」

 さっきまで嬉しそうにしていた律樹さんの表情が少し切なそうなものに変わる。眉尻を下げながら微笑む彼の姿に俺は内心首を傾げながらも、こくりと頷いた。

 
 
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