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第三章
五十七話 約束の口付け※
しおりを挟む俺の精液に汚れた腹部を見てみると、まだ少し固さの残る俺の陰茎の真横で大きく聳え立っているモノが苦しそうに先端をふるふると震わせていた。そっと手を伸ばそうとして、ふと思い出す。そういえば律樹さんが了承しない限りは手で触っちゃいけないんだった、と。
中途半端な位置で止まった手に視線を落とす。そしてすぐに顔を上げて困惑気に彼の目を見上げると、彼はただ一言「いいよ」と言った。
まるで雲の上を歩いているかのような心地だった。律樹さんの発した肯定に、二つの陰茎を同時に手の中に包み込もうと手を伸ばす。けれど律樹さんの陰茎は俺よりも大分大きいため二本を一緒に包み込むには片手では難しくて、そっと両手で包み込んだ。
ぬるぬるとした透明な液体が先端から先走っている。それを塗り広げていくように上下に優しく扱くと、さらに先端から溢れ出して俺の手を汚していった。
律樹さんが突然はっと我に返ったように目を見開きながらぴくりと身体を跳ねさせた。さっきまでのぎらぎらとした光が消え、代わりに戸惑いを含んだ瞳が俺を見る。その間にもぐちっ、ぐちゅんと卑猥な水音が立つ。上下に扱く手を徐々に速めていくと、生まれた快感にびくびくと体が小刻みに震えて腰が動き出した。
「う、く……っ」
ぬるぬるとした液体のお陰で手の滑りがとても良い。亀頭同士が触れ合い、竿が擦れ合う。俺の手の中でお互いのものが質量を増した。
「……っ」
「んっ……弓月、Look」
ゆっくりと顔をあげ、快楽に滲む視界に琥珀色を映した。視線が重なり、ふわりと笑む。
「とろとろになった弓月も、可愛い」
頬に手を添えられ、唇が重なる。さっきの律樹さんの真似をして彼の唇を舌先でつんつんと突くと、少し隙間ができた。その隙間を縫うようにぬるりと滑らせて中に入っていく。合わさった隙間からこぼれた飲み込みきれなかった唾液が、上下に動く手の上にぽとりと落ちた。
ぎこちない動きで口の中を彷徨っていると、彼の唇が急に閉じて俺の舌が挟み込まれた。軽く歯が辺り、じゅっと音を立てて吸い上げられる。背筋に甘い痺れが走って扱く手が止まった。
「ねぇ、弓月」
唇が遠ざかっていくと、名残惜しそうに垂れ下がりながらも繋がっていた透明な糸がぷつりと切れた。淡く色づいた薄い唇が唾液でてらてらと光っている。俺はぼんやりと律樹さんを見つめながら言葉の続きを待った。
「今度どこかに行く時は、必ず俺に言って。今回は偶々何もなかったかもしれないけれど……でも、何かあってからじゃ遅いんだから」
「……」
「……ね?……玄関も勝手に開けちゃ駄目だよ」
心配なんだと言う律樹さんの手が俺の頬に触れた。髪を耳に掛ける指が耳の裏をなぞっていくのが擽ったい。首の筋に沿うようにつぅと動く指先にぞくぞくとした。
俺を見つめる律樹さんの表情と言葉があまりにも真剣に見えて、俺はいつの間にかぼんやりとした思考のままこくりと頷いていた。
「……ん、じゃあ約束」
そう言って差し出された小指に自分の右手の小指を絡めようとして、止まった。今の今まで俺と律樹さん二人分の陰茎を掴んでべたべたになった手を見つめながらへにゃりと眉尻を下げる。流石にこのまま触れるのは駄目だよなぁ。どうしようと律樹さんを見れば、彼は困ったように微笑みながら「じゃあ」と言葉を続けた。
「指切りの代わり」
「……?」
頬を挟んでいた手に力が込められ、ぐいっと引き寄せられたかと思った時にはもうくっついていた。視界いっぱいに広がる律樹さんの顔。さっきまでの濃厚なキスとはまた違い、呼吸を奪うような深い口付けに息が止まった。目を閉じ、与えられる口付けを享受する。
頭がくらくらする。それが大好きな香りが鼻を掠めたからなのか、それとも単に酸欠になりかけているからなのか。ただ一つ言えるのは、今俺は幸せに満たされているということだけ。
リップ音と共に離れていく唇を追いかけるように瞼を開く。ぼんやりとする視界の中、律樹さんの琥珀色の瞳が揺れた。
「今度は俺が触るね」
「――……ッ!」
彼の手が腹部を通って反り勃つ局部へと降りていく。互いのモノ一纏めにして律樹さんの手が優しく包み込んだ。瞬間、雷にでも打たれたかのような鋭い刺激が背中を走り、背筋が弓形に反った。
「……ッ!……ッ!!」
絶妙な力加減と速さで彼の手が上下に動く。自分でするのとは全く違う刺激に、ビクビクと身体が小刻みに跳ねるのを止められない。先端から溢れ出る液体が潤滑油となり、互いのモノが擦り合う度にぐちゅん、ぐちゅんと卑猥な水音が鳴り響く。気持ちが良い。断続的に襲いくる快感により上へ上へと上り詰めていく。
目に生理的な涙が浮かび、目尻から零れ落ちる。幾筋もの透明な雫は頬を伝って顎を通り、そして手の甲へとぽとりと落ちた。
「っ、は……ゆづき、っ」
「……、……っ!」
「――Cum」
手の動きが徐々に速度と強さを増していく。もう限界だと思った瞬間、俺は耳元で囁かれたコマンドの合図で全身を大きく振るわせながら吐精した。熱がびゅっと腹部に跳ねる。数秒の痙攣の後、力の抜けた俺の身体を律樹さんが優しく抱き留めてくれた。
「Goodboy」
律樹さんの手が髪をすくように撫でていく。それが気持ち良くて俺が目を細めると、彼も同じように細めたのが見えた。
額に指先が触れる。汗ばんだ肌に張り付いた前髪を彼の細く長い指が掻き分けていく。
「好き……愛してる」
そう紡いだ唇が、露わになった額に触れた。
ああ、なんで幸せなんだろうと思う。もうずっとふわふわとした心地の中にいるというのに、さらに胸が温かいものに満たされていく。
同じ思いを言葉を返そうとした口が無意識に開いた。しかしその口からは熱いと息が溢れるだけで声帯は全く震えていない。幸せな心地の中に翳りが指す。お腹の奥の奥、俺の中の深いところから重くどろりとした気配がした。雲の上を歩いているような感覚が全身を包んでいるのに、そこだけが重く苦しい。
はふ、と呼吸をすると、眩しいものを見るかのように目を細めた彼がくすりと笑った。そして親指で俺の目元をなぞり、頬に手を添える。
「……っ」
柔らかな感触が唇に触れた。僅かに反った喉元がくんっと鳴る。さっきまでとは違い、ただ触れるだけの優しい口付けは不思議なことに俺の中に生まれたどろりとした何かを溶かしていった。
「もう一回シャワー浴びようか。……その後、少しだけ話をしよう」
話ってなんだろうと見上げるが、律樹さんはそんな俺に微笑むだけでなにも答えなかった。
お尻と背中に腕が差し込まれる。律樹さんが立ち上がると同時に襲ってきた浮遊感に、思わず首元にしがみついた。
「そんなにしがみつかなくても落とさないよ。大丈夫、安心して」
律樹さんがくすくすと笑うとその振動で俺も一緒に揺れる。もう一度囁かれた大丈夫という言葉に、俺はぎゅっと首にしがみついたまま小さく頷いた。
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