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第二章
三十七話 お出掛け 前編
しおりを挟む待ちに待ったお出掛けの日がやって来た。
元々先週の日曜日に行くつもりだったのだが、色々あって今日行くことになったのだ。
律樹さんは兎も角、俺にとっては久しぶりのお出掛けとなるわけなのだが、正直少し複雑な気持ちを抱えていた。簡潔に表すなら楽しみ半分気まずさ半分といったところだろうか。
本当は昨日のうちにじっくりと話し合って解決しておくべきだったんだろうなとは思う。けれども昨日はお互いに運が悪かったのか、それともタイミングが悪かったのか、全てにおいて俺たちはすれ違っていた。
俺が起きる頃には既に律樹さんは出勤していたし、夜は頑張って起きていたにも関わらず彼が帰宅する少し前に寝落ちしていて会えなかった。今日の朝だって俺の起床が遅かったせいでほとんど話なんて出来なかったし……あれ?このすれ違いの原因ってほとんど俺では……?と気付いてしまった事実にショックを受けながら、俺は原因となった自分の失態に溜息を吐いた。
ふと隣の運転席に座っている律樹さんをちらりと盗み見た。運転中の真剣な表情に胸が高鳴る。元々整っていて綺麗な顔なのだが、真剣な表情というのはそれだけでも魅力が三割増しで格好良く感じた。
(律樹さん……かっこいいなぁ……)
そう思いながら律樹さんの顔から腕、そしてハンドルを握る手に視線を移したと同時に、俺の脳裏に一昨日のプレイの情景が思い浮かぶ。あの指が俺のモノを、なんて思い出した瞬間、全身がまるで沸騰したかのように一気に熱を帯びた。
火照った両頬に少し冷たい両の手のひらを当てながらきゅっと目を閉じる。さっきまでなんともなかったというのになんでいきなりと思いつつも、沸き立つ心臓をなんとか抑えようと心の中で数を数えていく。こういう時は素数を数えるんだってどこかで聞いた気がするけれど、素数なんて十個程しか言えなさそうだったので無難に一から数えていった。
「――き……弓月?」
「……っ!?」
無心で数を数えていると不意に律樹さんが呼ぶ声が聞こえ、俺の身体は驚きでビクッと跳ね上がる。どっどっと激しく鼓動する心臓に手を当てながら振り返ると、不安そうに揺れる琥珀色と視線がかち合った。
「もしかして、体調悪い?」
そう聞かれ、俺はぱちぱちと瞬きをしつつ首を横に振った。眉尻の下がった表情と優しい声色で、彼が本当に俺のことを心配してくれているのがわかる。それなのに俺は何かを誤魔化すようにへらりと笑いながら、大丈夫だと口を動かした。
「……辛くなったら直ぐに言ってね?」
その言葉にこくりと頷く。
本当に体調は悪くないんだというふうに笑うと、ちらりとこっちに視線を向けた彼の表情から少しだけ強張りが解けたような気がした。停止した車の中、律樹さんの何か言いたげな視線が俺に刺さっている。少しの居心地の悪さを感じて足をモゾモゾと動かしながら、頭を横に倒してどうかしたのかと尋ねた。
前をちらりと見ると、まだ信号は赤だった。
「……あの、さ……確認したいことが、あるんだけど」
「?」
「俺のこと好きって……本当?」
「……!」
歯切れ悪くそう紡ぐ律樹さんの視線が俺を射抜いた。その真剣な眼差しと声色に、とくんとくんと鼓動が大きくなっていく。
これは……どう答えるのが正解なんだろう。
プレイ中のことだから気にしないでくださいって誤魔化せばいいのか、それともそうですって素直に肯定すればいいのか。
きっとどんな答えでも彼は納得してくれるだろうとは思う。けれどどうしても否定だけはしたくなくて口を噤んだ。否定をすればあのこと自体が無かったことになるような気がして、俺はそれだけは嫌だなぁなんて思った。
真っ直ぐに見つめてくる琥珀色の瞳から視線を下に逸らしつつ、俺は躊躇いがちに小さく首肯する。
「……そっか」
「……っ」
車内に沈黙が降り、あまりの気まずさに俯いた顔が上げられない。お互い黙り込んでいるうちに信号が再び青になったのか、エンジン音が聞こえて直ぐに車体が動き始めた。
今の反応はなんだったんだろうと疑問に思わなくもない。もしかして「あれはプレイ中だけの気持ちだよね」とか「やっぱり俺も好きっていったけれど勘違いだった」とかそういうことなんだろうか。いや優しい律樹さんに限ってそんなこと……なんて自問自答を繰り返しながら、さっきまで熱かったはずの身体が急激に冷えていくのを感じてぶるりと体を震わせた。
一気にネガティブな方向へと突き進んでいく思考を止めるように、俺は深く息を吐き出した。それが合図になったのか、律樹さんが再び口を開く。
「それは……家族愛、みたいな感じ?それとも……恋愛の意味、なのかな?」
「……ッ!」
「もし……もしも家族愛のような好きだったら俺の腕を一回叩いて。恋愛だったら……二回、叩いてほしい」
その言葉に俺はどうしようと胸を押さえた。
理性がある程度吹っ飛んだプレイ中ならばきっと素直に反応出来ただろうが、今はしっかりと理性が働いているのだ。もし下手なことを言えば、途端に俺たちの関係は呆気なく崩壊することだろう。
どうしようどうしようと内心冷や汗を流しているうちに目的地に着いたようで、車が止まりエンジンが停止した。
「弓月」
不安そうな声が名前を呼ぶ。俯いたままの俺には律樹さんがどんな表情で俺を呼んだのかはわからないが、きっと声色と同じ不安そうなのだろう。
「弓月……?」
微かに震えている呼び声に、そっと視線を動かした。彷徨わせながら上にあげていった先、そこにあった表情に思わず顔を上げる。
不安そうな顔をしているだろうなとは思っていた。それがまさか不安ではなく羞恥に塗れた表情だとは思わなかったのだ。彼の琥珀色の瞳に映る俺は、まさにぽかんと擬音がつきそうな表情をしている。
「弓月、本当に大丈夫?」
「……っ」
額に少し冷たい指先が触れる。優しく前髪を掻き分けていくその指先を止めるように、俺は無意識にその手に自分の手を重ねていた。そしてその掴んだ手に指先を押し当て、とんとんと二回ゆっくりと叩いた。
「そっか…………そっかぁ……」
ゴンッと鈍い音を立てながら律樹さんが車のハンドル部分上部に額を押し当てている。ハンドルの上部を掴んでいる大きな手のせいで彼の顔の大半は隠れて見えなかったが、僅かに見える耳が赤くなっていることに気がついて俺の顔も熱を帯びていくのがわかる。
「俺も……弓月のことそういう意味で……好き、だよ」
「……!!」
律樹さんがハンドルに額を押し当てたまま顔をこちらに向ける。その顔は耳なんか比べ物にならないくらいに赤かった。
「……俺の、恋人になってください」
ハンドルから額と手を離し、俺の方に向き直った彼が真剣な眼差しでそう言った。冗談でも揶揄っているわけでもない、その真剣さに俺の心臓はもう壊れてしまいそうだった。
心臓がうるさい。そんなに急かさなくたってもう答えは決まってるんだから少しくらい静かにしてくれよ、なんて心の中で呟く。
俺の返事はもちろん、肯定だ。
俺は静かに首肯し、彼の膝の上に置かれた大きな手に自分の手を重ねた。
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