声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第二章

三十六話 やってしまった(律樹視点)

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※この話は閑話ではなく本編ですが、律樹視点です。



 腕の中で眠る愛しい人。
 もう十八だというのに幼さの残るあどけない表情が俺の胸を打つ。すーすーと規則正しい寝息を立てながら眠る弓月の額に唇を軽く押し当てると、声もないままに細い身体が軽く身じろぎした。

 二人分の体液が付いている自分の手を見ると、先ほどまでの光景が鮮明に脳裏に浮かんだ。しかし同時に今すぐにでも頭を抱えて大声で叫び出したい気分に駆られる。
 やってしまったとか、俺はなんてことをしてしまったんだろうとか、今更ながらに後悔も湧き起こっていた。

「弓月……」

 俺がずっと片思いしていた少し歳の離れた同性の従兄弟。そんな子からプレイ中とはいえ『すき』だと伝えられて喜ばない奴がいるだろうか。少なくとも俺の場合はなけなしの理性が吹っ飛んでしまうほどだった。

 手を出す気はなかったし、寧ろ想いを伝えることすらもする気はなかった。勿論、性的なことだってする気もなかったんだ。

 十八という年齢でありながら、弓月にほとんどそういった知識がないのは見たらわかる。他の部分ではどうかはわからないが、こと恋愛に関しては特に無知で無垢な真っ白な子どものようだと感じていた。
 
 いつまでも幼い子供のままだと思っていたのに、いつの間にか大きく育っていたんだなとぼんやりと思う。今日なんて、まさか自分からキスや触れられることを望むとは思わなかった。予想外過ぎて、俺のなけなしの理性はすぐにどこかに消え去ってしまったのだ。

「はぁ……」

 感じている時の弓月はとても可愛かった。顔を真っ赤にしながら必死に刺激に耐えながらも受け入れようとする姿は、本当に可愛くて愛おしい。俺が発するコマンドや言葉に必死に応えようとする姿も可愛くて仕方がない。
 でもそれと同時に湧き上がる感情に戸惑いもする。プレイ中、Subである弓月を前にするとDom本来の相手を支配したいという欲求がむくむくと湧き上がってくるのである。酷くするつもりは勿論ない。寧ろどろどろに溶かしてしまうくらい甘く優しく接したいと思っている。なのに今日の俺は……やっぱりやり過ぎだったかもしれない。

 俺は疲れて眠る弓月を抱いたまま立ち上がり、寝室へと向かう。いつも二人で寝ている俺のベッドに彼を寝かせ、俺は一人で洗面台に向かった。洗い立てのタオルと熱いくらいのお湯を風呂で使っている白い洗面器に入れ、寝室へと戻る。そしてベッドサイドに置いているテーブルの上に持ってきたそれらを置いた。
 
 ベッドの上で眠る弓月の身体を少し起こし、多少なりとも汚れてしまっている服を全て脱がせる。白く滑らかな肌が顕になり、俺の喉はごくりと音を立てた。
 肉付きが決していいとは言えない薄いお腹が、弓月が呼吸をするたびに上下する。それを見ているとまた自身に熱が集まるような気がして、俺は慌てて視線を彼の身体から逸らした。

 お湯の中から取り出したタオルを洗面器の上で固く絞った。静まり返った部屋に少し大きな水の音が響き渡る。
 ほかほかとした湯気の立った濡れたタオルを弓月の身体にそっとのせると、突然の刺激に驚いたのか彼の身体がぴくりと小さく跳ねた。一瞬起きたのかとも思ったが、視線をずらした先には先ほどと変わらない穏やかな寝顔があって、俺は息を吐き出した。
 唾液やら精液やらで汚れた部分を濡れたタオルで丁寧に拭きあげていく。拭いてはお湯の張った洗面器に入れて洗い、また絞って拭いていく行程を何度も繰り返す。そのうち綺麗になったのを確認して、取り出してきた新しい部屋着を着せて最後に布団を被せた。

 僅かに濁ったお湯の入った洗面器とタオルを持ち、俺は再び洗面台へと向かった。お湯を流し、軽く絞ったタオルを洗濯機に入れてから風呂に入る。熱いシャワーを頭から浴びると同時に再びプレイ中の弓月の姿が脳裏に浮かび、俺は壁に頭を軽く当てた。

「俺、なにやってるんだろ……」

 世間一般で言えば二十三という歳はいい大人の部類に入るのだろうが、果たして本当にそうなのだろうか。
 少なくともここにいるのは、好きな子一人に対して一喜一憂して、大人の余裕すらも持てないただの男だ。
 初恋と片思いを拗らせ続けた結果、俺は弓月に対して臆病になってしまっているらしい。嫌われたくない、好かれたい、格好良く見られたい、頼られたい。いろんな思いがあるのに、いざ彼と接するとそれがうまくいかなかった。

 壁に額を押し当てたまま、そっと唇に触れる。柔らかかったなぁ……なんて思いながら自分の唇を撫でると、途端に俺の下半身が反応を示した。弓月の可愛い姿を思い出しながら自分のそれに手を添えて扱いていく。さっき抜いたばかりだというのにもうそこは固く、腹につく程に聳え立っていた。
 何度か上下に擦るうちに静かに絶頂を迎え、俺は大きく息を吐き出した。またやってしまったと後悔する気持ちも大いにあるが、それでも欲を吐き出した身体はすっきりとしている。

「……夢、じゃないよな?」

 頬を思い切り摘んでみたところ痛みはあったのでどうやら現実らしい。聞き間違い――いや見間違いだった可能性はと考えたが、それにしては俺が「好き」という度に嬉しそうに笑って頷いていたなと思い返し、俺はその場にしゃがみ込んだ。
 
 頭上から降り注ぐ熱めのシャワーが全身を濡らしていく。きっと顔が熱いのはシャワーのお湯が熱いせいだと自分自身に言い聞かせながら、俺は膝を抱えながら深く深く息を吐き出した。
 
 
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