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第一章
二十一話 チョコレート事件のその後
しおりを挟むあの後、律樹さんが教えてくれた。
俺がお風呂で律樹さんに勃ち上がった自分のモノを押し付けたりした痴態の原因は、俺が間違えて律樹さんの晩酌用のアルコール入りチョコレートを食べてしまったことと発熱が原因だったのだろうって。確かにあの時は頭も体もふわふわとして燃えるように熱かった。あれはアルコールと熱のせいだったのかと思って納得して忘れようともしたが、そうはいっても自分のあんな痴態は中々忘れられるものではない。
原因があることに安堵すると同時に、でも本当にそれだけだったのかなって思う。今だって同じベッドで眠っているが、背中に触れる律樹さんの温もりに心臓が高鳴っている。あの時みたいな激しさはないけれど、それでも普段の鼓動から考えれば大きくて速い。
「ん……」
「……!」
背後で律樹さんが寝返りを打ったようで、声が聞こえると同時に衣擦れの音が聞こえてきた。その声が妙に色っぽく聞こえて、俺の心臓はより速くなっていく。けれどとくんとくんと穏やかな鼓動に嫌悪は感じなかった。
ぽふんという音と共に身体に重みが掛かる。えっと驚いて首を動かすと、どうやら寝返りを打った律樹さんの腕が俺の腕に乗ったらしい。背中全体に律樹さんの温もりを感じ、胸はとくとくとさらに速度を上げていく。
耳元ですんと音が鳴る。続いてはぁと耳に温かな吐息が掛かった。顔が熱い、心臓が痛いほど煩い。
「……っ」
やっぱり俺の身体はおかしくなってしまったのかもしれない。前までは安心するなっていうだけだったのに、今ではドキドキしっぱなしだ。ふわりと香る俺の大好きな律樹さんの優しい香りですら、安心と緊張の相反した気持ちを抱かせる。
確かにあの痴態自体は酔いと熱のせいだったかもしれない。けれどもしかすると――
「……ゆづき」
「……っ!」
耳元で低い声が囁く。少し前なら落ち着くだけだったのにどうしてこんなにも心臓が煩いんだろう。
本当、俺の体……どうしちゃったんだろう。
律樹さんの腕が俺の前に回って優しく包み込むように抱き締められる。律樹さんの柔らかな栗色の髪が首筋を擽り、思わず身を捩った。
「ん……ゆづ……?」
寝起き特有の低い声で名前を囁かれ、俺の身体がぴくりと跳ねる。
「ゆづき……いいにおいがする」
「……っ!?」
首に息がかかる。すん、と小さく鼻が鳴る音がした。
(あ、だめだ……また俺……っ)
体の中心に熱が集まっていくのがわかる。ずっと体自体が栄養不足だったせいか朝起きてもあの生理現象は起こっていなかったが、最近は身体が健康に近づいてきたのかたまにアレが起こることがあった。それが今まさに違う意味で起ころうとしている。
やばいと思う。今もし勃ってしまえば、アルコールや発熱でああなったと言い訳すらもできない。今度こそ引かれる可能性もある。
叫ぶ声はないけれど、内心ではこれでもかというほど叫んでいた。
この優しい温もりから離れるのは名残惜しいが、仕方がない。俺は律樹さんの腕の中から這い出ようとベッドの淵に手を掛けた、その時だった。
「んん……」
「……っ!!」
律樹さんの腕がお腹に回り、さらに強く俺を抱き締めてきたのだ。口から心臓が飛び出るかと思った。どっどっと鼓動が速い。それに、今ので完全に勃った気がする。
(……終わった)
俺は静かに両手で顔を覆った。
顔も体も何もかもが熱い。無意識に足がもじもじと動いてしまう。
「……?」
そこで何か違和感を感じて俺は動きを止めた。
俺のお尻に何か固いものが当たっている気がする。固くて太くて長くて――そこまで考えて、俺は頭を抱えた。
そりゃ朝だもんね、律樹さんだって俺と同じ男なんだからその生理現象は起こるよね、当たり前だ。
本当に最近の俺は一体どうしてしまったんだろう。こんなことなら一緒のベッドで寝ずに、俺用に用意してくれた部屋で寝た方がいいんだろうか。きっとその方がお互いにいいはずだ。それはわかっているのに、俺の心はもやもやとしていた。
さっきまで主張を続けていた心臓の位置に手を当てる。とくとくとまだ速いながらも少しだけ落ち着いてきた鼓動が手のひらに伝わってきた。背中に伝わる律樹さんの心臓の鼓動よりもそのテンポは速くて、なんでだろうななんて思う。
(律樹さんは……別々のベッドで寝たいって思ってるのかな……)
――そうだったら、嫌だな。
ふとそう思った自分がいた。今は一人で眠れない俺が律樹さんのベッドに押しかけている状態なのだから、俺が嫌だとか思う権利なんてないはずなのに、離れた時のことを考えると胸がつきりと痛む。自分勝手にも程があるだろうと思わないでもない。やっぱりこれって欲が出てきたってことなのでは、と頭の端で考えていると、低い声が俺の名前を呼んだ。
「おきてる……?」
「……!」
小さくこくりと頷くと、律樹さんの腕にほんの少し力が入ってより背中が密着した。
「おはよ……ゆづき」
寝起きの舌足らずな感じに胸が高鳴る。
おはようと言えない代わりに、俺はお腹に回った律樹さんの腕に指を滑らせた。おはようと一文字ずつゆっくりと書いていく。
「ん……おはよ」
優しい声色がまた俺を呼ぶ。それが堪らなく嬉しくて、幸せな気持ちになる。日々のケアという名の軽いプレイとは違う、幸せな気持ち。
「よし……そろそろ起きようか」
後ろを振り返ると、思った以上に近くに律樹さんの琥珀色の瞳があって身体が跳ねた。そんな俺の様子に律樹さんは目を細めて笑う。
あの時からは考えられない幸せな朝だななんて思う。
今は朝が来ることに絶望することもない。また律樹さんと一日が始められるというわくわくとした気持ちだけがそこにあった。
────────────
明日から新章に入ります。
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