クリスタルの封印

大林 朔也

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 アーロンは首からかけていた羅針盤をゆっくりとはずした。

「この羅針盤は、僕の手元にあってはいけません。
 どうか受け取って下さい。
 そして、クリスタルの側に置いてください。子供たちも…そう願っているでしょう。
 自由になれるかもしれない…いえ、きっと恐ろしい闇の魔法の呪縛から解かれるでしょう。
 苦しみのない世界にいける。そう…リアムのように…」
 と、アーロンは悲しい瞳をしながら言った。

 黄金の羅針盤には宝石が贅沢に散りばめられ強欲な輝きを放っていた。その輝きは、多くの生命を犠牲にして生まれたものである。
 恐ろしいものであるからこそ、重たくてケバケバしいほどに派手であり、その正体が暴かれないように見てくれだけを異様なほどに飾っていたのだった。

 アンセルは羅針盤を受け取ると、悲しみのあまりにぎゅっと握り締めた。羅針盤からは、心臓の鼓動がしているように思えた。ここに在り続けることで、苦しみには終わりはなかった。


「このような事は、2度と繰り返しません」
 と、アーロンは言った。

「魔法使いの子供たちを、ユリウスの側にいさせてやりたい」
 アンセルも羅針盤を見つめながら呟くように言った。

 アーロンはアンセルの手の中にある羅針盤を見つめた。
 ケダモノのような人間によって弄ばれた生命は、人間によってケダモノだといわれている者の手の中にあって、ようやく救われたように思えた。

「貴方たちは魔物ではありません。
 僕たち人間よりも、よっぽど人間のようです」
 と、アーロンは言った。
 
 アンセルはアーロンが何を言うとしているのか分かってはいたが、その言葉だけは明確に否定しなければならないと思った。

「俺たちは、魔物だ」
 と、アンセルは厳しい表情で言った。

「俺たちは、魔物であることに誇りを持っている。
 もしも俺たちを人間というのであれば、それは魔物よりも人間の方が優位であるということにとれないか?
 まるで人間が上位種であり、魔物が劣等種のように聞こえる。その言葉を受け入れれば、俺たちが人間のようになりたいと望んでいるかのようだ。
 人間のようだと言われても嬉しくはない。人間になりたいと思ったことはない。
 そして、これからも思わない。
 自らの種族に対して、誇りを持っている。
 その発言は、不愉快だ」
 と、アンセルは厳しい声で言った。

「すみません。大変失礼な言い方をしました。
 僕が間違っていました。
 まさに傲慢な発言です」
 と、アーロンは言った。

 アンセルは深々と頭を下げるアーロンを見ながら心を決めると、また羅針盤を握り締めた。
 そこに絆があろうとも、彼等が安全ではない以上、見ているだけではいられなかった。

「ダンジョンの封印を解除した魔法使いたちは、本当に疲れているだろう。魔力がもとに戻るには、相当な時間がかかる。
 そのような状態で国に帰るのは、心身共にしんどいだろう。彼等の心の中には、どれほどの不安と恐怖が渦巻いているのだろうか。また絶望の中に閉じ込められてしまうのだから。
 辛い場所で頑張り続けるということが、頑張るということじゃない。それは牢獄だ。牢獄からは出さねばならない。
 そこでだ。俺は考えた。
 彼等が疲れを癒やし元気になるまで、このダンジョンで過ごしたらどうかと思う」
 アンセルがそう言うと、アーロンは驚いた顔をした。

「望みを果たすには、時間がかかるだろう?」
 と、アンセルは付け加えた。


「ルークとマーニャを、ダンジョンにおいていけということですね…」
 と、アーロンは力なく言った。ここにいる方が遥かに安全だと知っているエマとフィオンは黙しながら、アンセルを見つめるばかりだった。

「そうだ。
 魔法使いたちが人間から酷い事をされていると知った時から、俺に出来る事はないだろうかとずっと考えていた。
 虐げられているのだから、放っておけないんだ。あんな辛い思いは、これ以上はさせたくない。
 このダンジョンには暴力を振るう奴はいない。もしいたとしても皆んなが止める。皆んなで暴力を振るう奴を止める。そして何より、俺が許さない。
 それが、このダンジョンだ。
 マーティスがいる18階層で、彼等を保護したい。魔法と魔術は違うが、彼等が本来の力を取り戻せるように教えられることもあるだろう。
 望みを果たすことができたのなら、ルークとマーニャを迎えに来ればいい。
 きっと陸橋は受け入れる。
 お前ならば、ここに辿り着けるだろう。
 その右腕が、手綱を引いてくれる。自らを作りし、主人のもとに」
 アンセルはそう言いながら、アーロンの右腕の印を指さした。

「アンセル殿、それは出来ません。
 僕は最期まで彼等を守ると約束したのです。
 途中で投げ出し、彼等をおいて帰還するなど約束を自ら破るようなものです」  
 と、アーロンは言った。

「投げ出してはいない。
 少しの間、ここに身を寄せるだけだ。
 それに俺は迎えに来いと言っている」
 と、アンセルは言った。

 アーロンが苦しい顔をしていると、アンセルはまた口を開いた。

「連れて帰ったとして、どうするつもりだ?
 今までのように側で守ってやることが出来るのか?
 お前たちは、いろいろと準備があるし、騎士としての仕事もあるだろう。
 どうなんだ?出来るのか?
 答えは、聞くまでもない。不可能だ。
 魔法使いたちを苦しみから救うとしても、それまで一体どれくらいの時間がかかる?
 それに何かを知ったかもしれない魔法使いを、国王が放っておくだろうか?
 国民から褒め称えられる英雄は、お前たちだけだ。
 ダンジョンの封印の魔法を解いた魔法使いのことなど、今の人間の世では誰も気にもとめない」
 と、アンセルは言った。 

 国に帰るよりもダンジョンに残る方が、よっぽど安全なのだからアーロンは反論しなかった。
 
「これは俺の提案だ。
 決断をするのは、俺でもお前でもない。
 騎士の側にいたいか、それともダンジョンに留まるか、彼等に選んでもらおう。
 ユリウスは絶大な魔法を使った。
 何者の力であるか、魔法使いならば分かるだろう。ここでユリウスが生きていると、彼等は感じたはずだ。
 恐ろしいダンジョンで暮らすと思わないだろう。
 きっと、安心できるだろう。
 彼等に選ばせよう」
 と、アンセルは言った。

 アーロンは剣を握り締めた。
 先程までユリウスが握っていた剣から絶大な魔法使いの力を感じ取ると、否定の言葉は口に出来なくなった。

「自らがどう生きるのか、彼等自身が決めなければならないことだ。
 それを選ぶのは、俺たちじゃない」
 と、アンセルは言った。

「分かりました。ルークとマーニャには選ぶ権利があります。
 僕が決めることではありません。
 僕が願うのは、彼等の幸せですから」 
 と、アーロンは微笑みながら言った。


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