クリスタルの封印

大林 朔也

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光 3

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 広場の天井からも、明滅する白い光が降り注いでいた。
 白い光の粒が体に降り注ぐと、アンセルとアーロンの体から流れ続けている血が止まり傷口が癒えていった。
 体はあたたかくなり穏やかな気持ちにもなったが、痛みは残り続けて斬られた傷跡は消えることはなかった。

「不思議な光によって…血が止まり傷口も塞がった。外の世界にも…同じような光が降り注いでいた。
 一体…何が…」
 アーロンが途切れ途切れに言うと、降り注ぐ光を見つめていたマーティスが口を開いた。


「降り注いだ光は、ユリウス様の癒しの魔法です。
 統べる者でもあるユリウス様が剣を鞘に納められたことで、世界を喰らう水蛇が世界を救う美しい鳥へと姿を変え、リアムが施した闇の魔法陣を破壊しました。
 光の魔法が世界に降り注いだのです。 
 聖なる泉は美しい色を取り戻し、疫病にかかった人々も治癒され、神々しい光を見た人々は希望の力を感じたことでしょう」

 
 その言葉を聞いた勇者は世界の異変がおさまり、元に戻ったことを安堵した。
 エマの右手首にトグロを巻いていた蛇も消え、アーロンの右腕でうようよと動いていた黒い蛇のような生き物も消えていたが、互いに交わした印として勇者の体にくっきりと刻み込まれていた。

 その様子を見たアンセルも安心して息を吐いた。
 ユリウスはクリスタルの封印の中に戻り、人間の世界は絶望に覆われることなく、槍の勇者も自分を取り戻した。
 3つの国を救う英雄となる勇者は、ここに存在している。世界に、希望が残されたのだ。


 一方、フィオンはうつ伏せで倒れていた。
 ピクリとも動かなかったが、体が軽く痙攣すると、手をつきながらゆっくりと顔を上げた。
 表情は憔悴しきっていたが、自らを取り戻したフィオンであった。体には傷一つなかったが、右目の色は本来の茶色から色を濃くしたような黒色になっていた。
 先程まで彼を埋め尽くしていた暗闇も絶望も狂気も感じられなかった。
 フィオンは仲間の姿を見ると、腕に力を入れて立ち上がり歩いて行こうとしたが、まだ自由に体を動かすことが出来ずに仰向けに寝転んだ。


 アーロンは友のもとにゆっくりと歩いていった。腹部には深い傷跡が生々しく残り血でまみれていた。

「フィオン、大丈夫か?」
 と、アーロンは座りながら言った。

「あぁ…やけに体が重いがな」
 と、フィオンは言った。その声は、紛れもなく友の声だった。

「信じていた…君は約束を守る男だから。良かった。戻ってきてくれて…良かった」
 アーロンは友の瞳を見つめながら言った。

「お前の声が…届いてた。お前が俺に約束を守らせてくれたんだ。俺の方こそ、ありがとう
 それにしても…お前、ボロボロだな」
 フィオンがそう言うと、アーロンも笑顔をみせた。

「あぁ、君にやられたよ。やはり、君の強さは凄かった」
 アーロンがそう言うと、フィオンもようやく笑ったのだった。

「本当に良かったわ」
 エマもそう言うと、アーロンの隣に座った。

 それぞれの国の勇者が揃うと、降り注いでいる白い光の粒が弓柄を明るく輝かせた。弓の弦も月から流れ落ちた糸のような美しさになり、弓には不思議な文字が刻まれていた。

「何なのかしら…傷でもないし…」
 エマは驚き、アーロンとフィオンに弓を見せた。
 
「俺の…槍もだ…」
 フィオンは肘をついて起き上がりながら言うと、右腕を伸ばして自らの槍を取った。

 槍はより太く頑丈になり、どのようなものでも貫けるほどの鋭さと、輝く穂先は燃え盛る炎のような強さを放っていた。
 一振りしただけで全てを薙ぎ倒せるほどの稲妻のような力を宿した槍を持つと、新たな戦いへの情熱に燃えあがった。
 しかし槍に寄り添うように置かれていたリアムの杖が目に入ると、その瞳は深い悲しみの色に染まった。

 左手で杖を握ると、槍に比べて、杖はあまりにも細かった。
 その細い杖を持ちながら旅に出たリアムの悲しみを感じ取ると、リアムの叫びが聞こえたような気がした。
 その叫びは、生涯忘れることはないだろう。
 少年の思いを胸に刻みながら槍に刻まれた文字を眺めると、右目の黒色がさらに色濃くなった。
 フィオンは右手で勇者の槍をしっかりと握ると、軽く空を斬ってみせた。槍の穂先が煌めきを放ち、凄まじい力が血管を駆け巡っていった。

「前よりも…格段に力を感じる。
 リアム…俺が成し遂げてみせるよ。世界を救い、子供たちを助けだす。室の扉は、俺が開けてみせる。
 そして、共に、風に吹かれながら日の光の下を歩こう」
 フィオンは杖を胸の前に置くと、目を閉じて、リアムの為に祈りを捧げた。

 アーロンとエマもリアムの為に祈りを捧げると、その場は静まり返った。



「リアム、ありがとう」
 フィオンは深い声でそう言うと、目を開けた。

「この文字は、なんだろうな?」
 と、フィオンは言った。

「英雄となるに相応しい力が武器に与えられました。
 ユリウス様が勇者の武器を握り、真の名の刻印を刻み込まれたのです。困難にぶつかり迷われた時にも、進むべき道を武器が教えてくれるでしょう」
 と、マーティスが言った。

 フィオンとエマが驚いて武器を見ると、その言葉が真実であるというように武器は神々しい輝きを放った。

 マーティスは広場の中央に真っ直ぐに突き刺さり、白い光が降り注いでいる長い剣の方に顔を向けた。
 その剣は持ち主を選び、選ばれたる者以外が握れば、剣の重みによって押し潰されてしまうだろう。鞘は神々しい光を放ちながら、選ばれし者を呼んでいるかのようだった。
 

「剣の勇者、アーロン。
 新たなる戦いの為に、勇者の剣を引き抜いてください。
 友情の証でもあり、この先で必要となる大いなる力が宿っています」
 と、マーティスは言った。


 アーロンは光を放つ剣の元まで歩いて行った。
 その光を見つめながら柄に触れると、体に刻まれた傷が熱く燃え上がった。この剣を掲げながら国王を打ち滅ぼさなければならないという闘志に燃えると、剣は鞘に納められているにも関わらず、その力が溢れんばかりに燦然と輝きを放った。
 柄を握る手に力が入ると、右腕に刻まれた印が「この者こそ、汝の新たな主人である」と告げるかのようにドクンと動いた。
 アーロンが雄叫びを上げながら力強く剣を鞘から引き抜くと、剣身には閃光が走り、刻まれた文字が炎のように燃え上がった。  

「凄まじいほどの力を感じました。
 この体に刻まれた傷も共鳴し、凄まじいほどの力がみなぎったのです」
 と、アーロンは言った。

「刻まれたのは、印です。
 貴方たちは卓絶した勇気を持って交わされたのです。  
 ユリウス様が体に刻まれた印は消えることはないでしょう。
 生涯を通じて、英雄の名に相応しい振る舞いをしなければなりません。特別な力を与えられたのですから。
 何があっても破ることはなりません。
 僕から言えるのは、これだけです」
 と、マーティスは言った。

 勇者たちがそれぞれの武器を手にすると、降り注いでいた白い光の粒が止み、彼等の注意を集めようとするかのように水晶玉が白い光りを放った。
 広場にいる全員が水晶玉を見ると、そこにはユリウスとかつての勇者が旅に出てからの光景が映し出された。  
 勇者たちは黙ったまま、水晶玉を見つめた。

 かつての勇者の真実を見た。
 ユリウスが望む勇者にはなり得なかったこと、かつての決戦の真実、フレデリックがオラリオンから去った理由、唱えさせられている忘却の魔法…その全ての真実を知ったのだった。



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